幼馴染がツンデレなので、ヤンデレに育てようと思う

消灯

第1話 ヤンデレを求めて

 俺の名前は雨衣あまい 遊夜ゆうや、ヤンデレが大好きな健全極まる男子高生だ。

 好きなジャンルはヤンデレ、好みのタイプもヤンデレ、特技はヤンデレーダー、趣味はヤンデレ探し。


 おそらく、世界的に見ても、上位1は堅い。

 そう断言できるほど、俺はヤンデレが好きだ。


 そんな俺だが、最近悩んでいる事がある。

 それは——


「あら、こんなところで会うなんて奇遇ね。どうしてもって言うなら、一緒にとととと登校してもいいわよ」


 ———まわりにヤンデレがいないことである。


 この挙動の怪しい人物は、幼馴染の緋月ひづきだ。

 スラブ系とのハーフで、プラチナブロンドの艷やかな髪をツインテールにした金色の虹彩を持つ美少女。

 顔は、日本人どころか人間離れした美貌を誇っており、その天使のような顔は、いまはムッとした表情だが、それでも並のモデルよりよほど絵になる。

 その顔を、じっと見つめる。


「違うの、何を勘違いしているの? 私はただ、友達が一人もいなくて可哀想だから、同情心で言ってあげてるだけよ。キモい勘違いしないでよね」


 そのまま緋月を見ながら、強く、とても強く思う。

 ——緋月がヤンデレだったらなぁ。

 ツンデレじゃなくて。


「な、なによ? ……ッ! 言いたいことがあるなら言いなさいよ!」


 緋月の顔が、みるみる赤くなる。


「はぁ……」

「なぁッ!? ちょっと、人の顔を見てため息とはどういうことよ!? あ、待ちなさい! 質問に答え——」


 先に歩き出す。

 たしかにこれはこれで可愛い。

 だが、違う。

 違うのだ。

 俺の求めるものじゃない。

 顔だけなら滅茶苦茶好みなのに……。


 締まらないスタートを切り、学園ヤンデレを探すための舞台が、今日も始まる。



 ◇◇◇



ーキーンカーン


 居眠り常習犯のひるは早い。


 一日ごごは、チャイムという、ついでに授業の終了まで教えてくれる画期的な目覚ましに始まる。


 バッキバキに固まった背中を伸ばし、血流が良くなる快楽に酔い痴れるのも程々に、2つ上の階の生徒会室に向かう。


 寝起きの軽い運動は体に良いらしい。


 両開きの、無駄に洒落た西洋風の扉を叩く。


「入り給え」


 返事が返ってくる。


「失礼します」


 扉を開くと、それに合わせて作られた、まるで近世貴族の書斎のような机に肘をつき、口の前で手を組み、気難しそうな雰囲気を醸し出すウルフの美女が見える。

 生徒会長だ。

 ちなみに、それ以外の生徒会役員はいない。


「よく来たな。まあ、座ってくれ」


 書斎の前の、小さなテーブルを挟んだ一対のソファの内左の方に座る。


 生徒会長は、態態降りてきて態態俺の隣に座る。


「それで、今日は何に影響を受けたんだ?」

「生命」


 生命?

 ……ああ、生命エヴァということか。

 回りくどい。

 だから友達ができないんだ。


 弁当を取り出す。

 緋月に作ってもらったやつだ。

 いつも、登校時に渡してくる。


「まぁたコレかい? はぁ、まったく、ボクという女を前にいい度胸だねぇ。君にはほとほと愛想が尽きるよ」

「だったら呼ぶなよ」


 小指を立てて、俺の肩に腕を回しながらジト目で俺の目を見つめてくる。

 今度は893か?


 俺は毎週ここに来るように言われているが、そのたびに、こうして漫画や小説、アニメの影響を受けた花音に絡まれるのだ。


「いや、そういうわけにはイカない。下手くそだ、童貞よ」


 童貞じゃねぇし。


「失礼だな」

「ボクはただ事実を言ったまでさ。そして、ボクもまた処女! ヴァージン! 処女厨の君になら、この良さがわかるだろう?」

「馬鹿め、それ以前にお前がわかっていない。処女とは、もっと処女っぽい処女であるべきなんだ。処女ビッチは駄目。嗚呼、本当にわかってないな、背信者めが」

「処女ビッチは駄目、だと……!?」


 目を見開く生徒会長。

 今更だが、生徒会長の名前は桃柳ももやなぎ 花音かのんで、圧倒的優秀さで1年生にして生徒会長に登り詰めた天才。

 他に役員がいないのも、花音が不要と言って雇わなかったからだ。

 うちの学校は、生徒会、特に生徒会長の権限が非常に強い。


「くく、甘い。甘いぞ雨衣 遊夜! 雨衣だけにぃ! 背信者は君だ! 処女ビッチこそ至極、何者もそれに敵わない!!」

「それは違う!」

「なにが違うというのだ!」

「それより上がある」

「なんだと……?」

「処女よりも処女ビッチよりも遥か上の存在。それは」

「……っ。それは……?」

「——ヤンデレだ」

「……ハッ、なにを言い出すかと思えば。またそれか。君も飽きないねぇ! いいか、至極は処女ビッチだ! ヤンデレではない。まあ、次点くらいにはヤンデレが来てもいいが……至極は処女ビッチ! ここは譲れない!」


 確信犯め。

 本当に信じてやがる。

 洗脳済みってやつか?

 いつかこいつが目を覚ますときも来るのだろうか。


「はぁ。馬鹿め、いいか、前にも言ったが——」



 そうして昼休みを過ごし、例の目覚ましのおまけを活用して授業前には教室へと戻り、授業中は寝る。

 何もない日常だが、同時に、かけがえもない。

 俺は、こんな日々が永遠に続くと思っていた。

 あんなことが起こるまでは——。



 ◇◆◇



「か、金を出せ! レジにある金、全部だ!」


 それは、思いの外早く訪れた。

 ——コンビニ強盗だ。


 全身を黒い服で覆い隠していて、無精髭が黒いマスクからチクチク飛び出している。

 唯一出ている目は血走っていて、その下には、黒いくまがくっきりと浮かんでいた。


 ナイフで撫子美少女の店員を脅している。


「や、やめてください……っ」

「うるせぇ! さっさとしろ! 俺は気が短いんだ!」


 が、ナイフの先が情けなく震えている上に、金をバッグに詰める手際も、決して鮮やかとは言えない。

 素人だ。


 撫子美少女には同情はするが、まぁ、コンビニで働いてたらそういうこともよくあるでしょ。


 軽く通り過ぎようとする。


ークシャ


「あ」


 しかし、なぜか落ちていたグミの袋を踏んでしまい、音が出る。


「!?!?!?」


 驚いた強盗が飛び跳ね、こちらを向く。

 バレたか。

 バレてしまったなら仕方ない。


「いや、その、今急いでて……」

「うるせぇ! 死ねてぇのか!? 死にたくなかったら、お前もあっちで這いつくばってろ!」


 強盗が指した方を見る。

 すると、そこには、うつ伏せになって無念そうに呻く老人がいた。

 あれは……店長?

 なぜ屈してしまうのだ!


 目が合う。


「(すみません、お客様……!)」


 店長は、目で訴えかけてくる。


「ああ、俺は間違ってねぇ。ナイフがないなら作ればいいし、金がないなら盗めばいい。当然の権利だ!」


 おいおい、なんて横暴な理論だ。

 金がなくても盗むなよ。

 それは違う、だ……ろ?


「……ん?」

「ああ!? まだ立ってやがったか!」


 強盗が俺の腹にナイフを突き立てる。

 だが、893ものの影響を受けた花音にコミックブックを仕込まれていたので、俺は無傷だ。

 そして、凄まじい発想インスピレーションが衝動となり、俺の体を動かす。

 拳が強盗にヒット。


「そうか!」

「ぐはぁっ!?!? どへっ、ぶへぁっ!?」


 そのまま強盗を殴りながら、考える。

 そうだ、その手があったじゃないか。

 ナイフがなければ作る。

 金がないのならば盗む。


 そう、つまり——


———ヤンデレがいないなら、作ればいいんだ。


「ありがとうおっさん! お陰で名案が思いついた!」

「ヴボッ、グへッ、ぐはっああ!」


 強盗をケーオーし、走って帰る。


「あ、待って——」


 どうして今まで思いつかなかったんだ!


 ああ、そうだ、アーメン。


 ヤンデレがいないなら、作ればいいじゃないか!


 輝かしい未来に向かって、俺は走り出した。





————————————————————————


受けがよかったら続きも書こうと思います。

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