牧場主、第一歩を踏み出す

『従業員募集!

 当リザルド牧場では一緒に働いてくれる正規従業員を募集しています。

 体力はたくさん使いますが、リザルドに毎日触れ合える素敵な職場です。

 牧場も牧場主も今年から始まった新米ですが、その分、一緒に働いてくれる方の意見を尊重し全てを実現していきたいと考えています。

 皆さま、どうぞ気兼ねなく応募してください。直接牧場の者に声掛けしていただいて結構です。

 ドラグニドゥス・メタリザルディア地方支部牧場主 ステラ・オリヴィス・ドラグニドゥス』


 よし! 真新しい木の香り立つ看板、ここがわたしの牧場だと大きく示している文字の横に張り紙をして、まずは一仕事を終えた。

 王都でリザルド牧場を経営しているお父さんが、地方にも拠点を作ると言い出したのが去年の暮れ、年越しのご馳走をかき集めている頃だった。

 そこからすぐにこのメタリザルディア伯爵領に土地を探し出して牧場の建設を始めて、ギルドに申告やら伯爵様に許可取りやらを進めるのに丸一年。

 さぁ、誰にこの新しい牧場を任せるかとなったところで、三人の兄弟を押し退け、古株の従業員を睨み付けて辞退させて勝ち取ったのが、わたくし、そう、このわたくし、ステラ・オリヴィス・ドラグニドゥスなのよ!

 成って見たかったんだよね、一国一城の主! あ、いや、国は言い過ぎだけど。国家転覆は狙ってませんて。

 ただわたしは、わたしの育てたリザルドが必要な人の元へ渡って、それでみんなが喜んでくれる、自分の牧場が欲しかっただけ。お父さんにも実績を出せば独立していいって約束も取り付けてある。

 王都の本家本元、お父さんの経営するドラグニドゥス牧場からリザルドが到着するのが、今日の午後。わたしの牧場が本格始動して夢へと向かう大事な第一歩ってわけね。

 ゴリ押ししたせいで一緒に来てくれる従業員はいない訳だけど、地方だから王都とはお土地柄も違うだろうし、現地でいい人見付けた方がいいよね。いいことにしよう!

 それに資金も用意して貰ったし、リザルドも初めから五頭も寄越してくれるんだからお父さんも娘に甘いっていうか太っ腹っていうか。いえ、すっごいありがたいから悪く言うつもりはないんだけどさ。

「さて、午前のうちにギルドに顔出ししておこっと」

 まだリザルドが来てなくて手が空いてるから、今のうちにやれることをやっておかないと。

 昨日までは引っ越しだの、片付けだの、戸籍の異動だので、肝心のリザルドギルドの支部に行けなかった。

 メタリザルディア伯爵家は貴族の中でもリザルド産業を代々担っている三つの家柄の一つ、特に鉱石によって進化したリザルドの生産に力を入れていらっしゃる。そんな伯爵家の納める領地だからリザルドギルドの支部も王都と遜色なく大きい。

 でも門がデカくて重たくっても、リザルド牧場の関係者が入るのは何の問題もないのは知っているもの。王都の本部も実家の使い走りで良く通ってたんだから。

 正面のデカい門の前にいる守衛さんににこやかに声を掛ければすぐ入れて貰えるはず。

「こんにちは。新しくこの地方に支部牧場を始めるドラグニドゥスです。ギルドにご挨拶に来ました」

「ん、ドラグニドゥス、だな。少し待ちなさい」

 はいはい、大人しく待ちますとも。

 二人一組の守衛さんは、一人がわたしの目の前に残って見張りをして、一人がデカい正門の横にある普通の扉を使って中に入って行く。

 ええ、このドデカい城かっていうような門は貴族が正式訪問する時しか使われないやつです。普段の出入りはギルドのお偉いさんだって、守衛さんが入っていった通用口を使ってる……はず? 少なくとも王都のギルドはそうだったから、支部の方が大袈裟ってことはないでしょう。ないよね?

 見張り役の守衛さんの顔とか体付きとか革鎧とかを眺めてしばらく時間を潰す。王都の守衛さんもそうだったけど、どんなに視線を這わせても顔色一つ変えないし身動ぎ一つしない。これで年が明けたらも十五歳の一番可愛い時期な女の子なんだけど、まるで反応なし。さすがプロ。

 なんて失礼なことを考えているのもそこそこに通用口がまた開いて、守衛さんの他にもう一人男性が出て来た。職員の人だろうね。

「ああ、ドラグニドゥス牧場のお嬢さん。あ、いや、こちらの牧場主になるんだったかな? お話はお父様から届いていますよ。どうぞ、中へ」

「はい、ありがとうございます」

 まぁ、第一声から代表扱いはされないよね。すぐに言い直してくれただけでも、この職員さんは信頼出来る方だ。

 戸籍出す時の役人とか、小娘扱いしてくれちゃって、わたしが世帯主だって何回転入届け指差しても保護者連れてこいって丸一日無駄にしたからね。

 職員さんの案内でギルドの一室に入る。小さいけれどちゃんと個室で応対してくれるなんて、ちゃんと認められてる証拠だから嬉しい。

 ま、認められてるのはわたし個人じゃなくて実家だってのは知ってるけどね。ハイランディア王国が建国した直後に拓かれて今でも王軍にリザルドを納品している老舗牧場だからね、うちは。

 職員さんとわたしはテーブルを挟んで向かい合わせて立つ格好で足を止める。

「ご挨拶が遅れましたが、リザルドギルド・メタリザルディア地方支部の職員をしているケヴィン・マーターズ・ガルグイユです。こちらでのドラグニドゥス牧場を担当しますので、どうぞよろしく」

「ご丁寧にどうも。王都の本家ドラグニドゥス牧場主である父より、メタリザルディア子爵領支部の責任を承りました、第三子ステラ・オリヴィス・ドラグニドゥスです。さまざまお世話になると思いますが、なにとぞよろしくお願いいたします」

 挨拶を交わしたところでケヴィンさんは椅子に座るのを進めてくれた。老舗の娘ですもの、こうやって相手の顔を立てるのは自然に出来るわ。

 ケヴィンさんはわたしの前に腰掛けると手を打った。

 そうすると衝立の向こうからお給仕の女性が二人分の紅茶を用意してあっと言う間に下がっていく。

「王都で牧場主をしているお家の娘さんなら、詳しい話は必要ないとは思いますが、念のためこれがギルドに関わる書類一式になります」

 ケヴィンさんが差し出してくれた羊皮紙の束を受け取る。

 ギルドの設立された目的やらギルドを統括する貴族様の詳細な照会文やらと言った本当に今更感どころか最初っから読み飛ばしたくなるような内容が一番上から重ねられていて、半分過ぎたくらいからリザルドの競売の年間計画とかリザルド飼育に必須な宝鉱石の支援内容がやっと出て来る。

 この地方での主なリザルド販売先は、傭兵と冒険者ね。国境に接している、鉱山を抱えている、未開の山と森がそこここにある、そんな地方だから荒事を解決するのにリザルドが使われるのは想像通りで事前調査の通り。

 ハイランディア王国は傭兵も国家事業だしね。宝飾騎竜ジュエルドラグナーとも呼ばれるリザルドは一騎で歩兵千人に匹敵するとまで言われる。そのリザルドを傭兵に回して外国の戦争で荒稼ぎ、売り上げの一部を納税させることでハイランディア王国は成り立っている。その分、傭兵団は国が認めた八つだけに限られていて、勝手に傭兵しようもんなら一人残らずその場で殺処分されるんだけどさ。

「ステラさんの牧場もリザルドの納品先は傭兵団を見込んでいますか?」

「もちろん。でも冒険者個人にも依頼があれば提供するつもりです」

 この国でリザルドを買うには結構割合の大きい税金も一緒に払う必要があるけど、それを負担してでも手に入れたいと思わせるくらいにはリザルドという戦力は大きい。

 というか、そう思えるくらいのリザルドを育て上げるのがわたし達牧場の仕事ね。

 冒険者は命懸けで一攫千金を狙っているから、上位者になると個人でリザルドを購入も検討し始める。

 もしうちの子が気に入る相手できちんとお金を用意してくれるなら、国家認定の傭兵さんも個人の冒険者も分け隔てするつもりはない。

「個人が相手でも必ずギルドを通して販売をしてくださいね」

「ルールはちゃんと守ります。安心してください」

 リザルド売買の税金はギルドが徴収することになっている。逆に言えばギルドを通さないでリザルドを売買した時点で脱税、犯罪者として牢獄行きは免れない。

 そんな危ない橋は渡らないって。清廉潔白、真面目に牧場をやって一流にのし上がりますとも。

「この街にはイグナウルム傭兵団が拠点を置いています。そのうちにお顔を出されるといいでしょうね。紹介状を用意しますよ」

「何から何までありがとうございます」

 よし、大口の顧客ゲットに一歩近付いた。ケヴィンさん、本当にいい人。

 ずっと良くして貰えるようにこちらもお応えしないとね。

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ステラ・オリヴィス・ドラグニドゥスと一緒に宝飾騎竜を育てて一流牧場に成り上がろう! 奈月遥 @you-natskey

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