首を切り落とせ

大門美博

第一章 匂う血と鉄 一 理不尽 一

営業課長の崎野と融資課長の山本が支店長の染河によって集められたのは、二月十五日のことであった。

三宮駅を目の前に、車や人が交差する県道三十号に接する一等地、そこに川菱東海銀行東三宮支店はあった。

この神戸という街は四大メガバンクの一角である川井第一銀行が指定金融機関となっており、兵庫の第一地銀である摂津中央銀行にも押されていることもあってか、三大都市圏の主要都市の中で唯一、川菱東海銀行のシェアが首位ではない都市になっている。

にも関わらず川菱東海銀行の支店同士で顧客の奪い合いが多発していて、中でも神戸中央支店と東三宮支店との奪い合いは激しく、ライバル支店同士となっている。

「本日の朝、本部から通達があってだね、まぁ端的に言うとあまり神戸中央と争うなということだ。これからは、神戸中央の方が大きな支店なんだから、ある程度は譲歩してくれないか」

「しかし支店長、それなら神戸中央が譲歩した方が、、、」

「なんだって?」

支店長室に重苦しい沈黙が広がった。

「これは本部、そして私、支店長の命令です。まさか私に逆らうというのかな、崎野課長?」

崎野課長はやってしまったという顔で、頭を下げた。

「はい、申し訳ございません、、、」

「そうですよね。信頼していますよ」

普段強気な崎野課長だが、支店長の前ではいつも弱腰になる。

「支店長、本気でおっしゃているんですか?」

「そうだが何か?」

染河は苛立ちを隠し、怪訝そうな顔で山本を見つめてきた。

「何言ってるの?はやく撤回しなさいよ」

崎野課長が焦り、小声で言う。

「悔しくないんですか?支店長として、、、」

「これは本部からの命令だ。逆らってどうする?なんなら、、、支店同士の争いの原因を、君のせいにしても、いいんだよ」

苛立ちを隠した顔で、笑みを見せながら問い掛けてくる。しかし目は一つも笑っていない。

「いえ、申し訳ございません」

「よかったよ、君のような優秀な融資課長を失うのは我が支店にとって大きな損失だからね。期待しているよ」 

山本は謝罪の他何も思いつかなかった。自分の立場をわきまえ、保身に向かう他何もできなかった。

なぜなら山本は、旧都銀行出身なのだから。


川菱東海銀行はかなり複雑な銀行で、川菱東海中央銀行、三路みらい銀行、都銀行、の三行が合併して誕生した。この三行もまた、三路みらい銀行を除き、合併銀行で、川菱東海中央銀行は、川菱中央銀行と東海東洋銀行が合併して誕生していて、都銀行は帝東銀行と地銀の篠山銀行が合併して誕生した。

さらに川菱中央銀行は川菱銀行と日本中央銀行、東海東洋銀行は東海産業銀行と東洋銀行が合併している。

多くの銀行が合併しあったことで、今でも派閥争いが激しく、中でも旧都銀行は川菱、中央、東海、三路、の中で最も規模の小さかった銀行で、破綻寸前にまで追い込まれ、救済合併されたという事実から、川菱東海銀行内で最も弱い派閥となっている。

それぞれの出身行員たちが、それぞれ旧K、旧川菱銀行、旧C、旧日本中央銀行、旧T、旧東海産業銀行、旧S、旧三路みらい銀行、旧Y、旧東洋銀行、旧M、旧都銀行と呼んでいる。

中でも旧Kが最も力があり、一人を除いて歴代頭取の全員が旧K出身。

旧Cは短命だったが一人のみ頭取を輩出している。

染河は旧K出身だが、若い頃の世渡りの悪さが原因で、出世は遅れていて、染河はそこまで影響力を持っていない。が、旧K出身の支店長という立場を使えば、旧M出身の山本など、簡単に消すことができる。

あまり怒らせてはいけない相手なのだ。

「あなたもバカね。旧Kにそんなに逆らったら本当に消されるわよ?まぁ別にその方が良いなら、止めないけど。そもそも止めるつもりもないけど。」

崎野課長は山本の元恋人で、旧M時代に最後、同じ上司のもとで働いていた仲間だった。だが崎野課長と別れ、旧KC(旧川菱中央銀行)出身の珠里と付き合い、結婚した。派閥が違うため、親友以外には話さずに結婚したが、誰が言ったのか崎野課長にバレてしまい、嫉妬したのかそのことを山本の部署と珠里の部署に流した。山本の部署、融資部では久保部長のお陰で大事にはならなかったが、珠里の部署である営業第五部では大坂谷副部長によって誇張され、広められ、虐められ、珠里は銀行を辞めざる得なくなった。

誰も守ってくれなかったそうだ。みんな次長の珠里の急な出世に驚き妬んでいた。

そんなことがあって今ではあまり仲がよくなく、崎野課長は今でも嫉妬し、憎んでいるらしい。

「ご忠告ありがとうございます。崎野課長、あなたも旧Mなんですから気をつけてくださいね」

「ありがとう。そうするわ。さよなら」

苛立ちの混じった発言の後、崎野課長は背を向け、早足で営業課に戻っていった。

山本もそんな崎野課長に背を向け、早足で融資課に戻った。



「山本課長、心配しないでください。私が軍隊並みの教育で完成させた優秀な営業課が新規顧客を探しますから」

「そうですか、それは頼もしいですね。」

染河の命令で、神戸中央支店の領域など関係なく、とにかく新規顧客を獲得する方針となった。

昨日の業務統括部からの通達は蒲谷頭取の方針で、なかったこととなった。

蒲谷頭取としては、旧Cの兵庫拠点の神戸中央支店よりも、染河の東三宮支店を発展させたいらしい。

旧Cを潰したい考えの最近の旧Kは旧Tとも手を組み、旧Cを弱らしているらしい。

現在の代表取締役には旧C出身者は吉原副頭取一人だけで、二番手の伊豆川さんも常務どまりだ。

伊豆川常務は吉原副頭取の先輩で、上司と部下の関係だが、世渡りの上手さから吉原さんが副頭取、伊豆川さんはなんとか実力で常務のポジションにいるだけとなっていて、弱ってしまった。

旧Kがトップに居座る世界は派閥争いをわざと助長し、差別や憎しみ合いがおき、ますます旧Kが有利になっていく。他派閥は旧Kの動向を指をくわえて見ているしかない。

特に旧Mは、、、


「ほんと面倒くさいですよね、染河さんは。昨日課長をわざわざ呼び出して脅迫したのになんなんですか?」

入行三年目の秋村だ。理不尽なことが嫌いで、合併後に入行したこともあり、まだ派閥争いをまじかで見たことがないそうだ。身長は百七十センチあり、力も強いので仕事がない時は荷物運びをしている。

「うちは一応染河が旧Kだから優遇されたんだ。神戸中央は旧Cの兵庫拠点だから冷遇されるんだ。ウチも染河が消えて、副支店長の佐野が支店長になれば、神戸中央を優遇するはずだ。」

旧S出身の田辺が言う。派閥嫌いで、実力はあるが世渡りが悪く、ここにとばされたらしい。ストレスで食べすぎたのか少し腹がでている。

佐野副支店長は田辺と同じく旧Sの出身で、実力は確かだが、冷遇され続け、やっと副支店長になれた苦労人で、頭には白いものが数本見える。

「でもまだ先のことですよね。今は目の前のことに集中するべきじゃ、、、課長はどう思いますか?」

と、真面目そうな顔で見つめてきた。

入行五年目の七尾は、容姿端麗で、去年結婚したばかりらしい。その結婚相手はエリート企業の川菱商事に勤めているらしく、七尾が職を失っても贅沢ができるほどの収入があり、余裕はあるがまだ責任感はある方だ。

「そうだな。神戸中央の動きや営業課の新規顧客によって対応が変わってくる。七尾のいう通り、今の仕事に集中しよう。」

そう言うと七尾は満足げな顔で頷き口を開きはじめた。

「ということでみんなは、自分の担当に集中してくださいね。」

部下たちの『はい』という返事の後に沈黙が落ち、それぞれ解散していった。

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