第2話 心優しき薬屋さん

まだ意識がぼんやりとしたまま目が覚める。

視界に映ったのは全く見覚えのない天井と部屋だった。


(あれ……?僕は一体どうしてここに……?)


見ればベッドの隣には僕の荷物が入った袋が置かれていた。

中を確認すると特に何かを盗られた形跡もなくそのままの状態だ。

まあ金目のものなんて全然入ってないスッカスカの袋なんだけども。


(まずはここはどこだ……?僕は確か空腹で倒れてそれから……)


その瞬間ガチャリと扉が開く。

そしてそこから現れたのは燃えるような美しい赤い髪をした美少女だった。

少しだけ上がった目尻は活発で強気な印象を抱かせる。

年の頃は僕と同じ18歳くらいだろうか。

正直めっちゃタイプ。


「あら、目が覚めたのね。よかったわ」


「君が助けてくれたのか?」


「そうよ。たまたま薬草を採りに出かけたらアンタが倒れてたの」


よかった……

ここは死後の世界じゃないみたいだ。

僕の旅はまだまだ続くらしい。

というか女手一つでよく僕を運んだな。


「私はセーラ=ペティ。薬屋をやってるわ」


「これはご丁寧にどうも。僕はテオ=モードントだ。助けてくれて本当にありがとう」


僕は素直に頭を下げる。

助けてもらってなかったら確実に死んでいた。

それでお礼を言えないほど僕はクズじゃない。


「それでテオは一体どこから来たわけ?この辺りで見たことが無い顔だけど」


「ああ、それは……」


その瞬間僕の腹の虫が盛大に鳴り響く。

自分の空腹に気づくとますます空腹感が増していく。


「はぁ……仕方ないわね。まずはご飯にしましょうか」


それはまさに僕にとって天使の一声だった。


◇◆◇


「う、美味ぇ……美味すぎる……!」


僕はテーブルに用意された料理を大量に胃袋収めていく。

こんなにも美味すぎる料理との出会いに涙が止まらなかった。

世の中にはこんなにも素晴らしい料理があったのか……!


「君天才?もしかして身を隠してる伝説の料理人とかじゃない?」


「私はどこにでもいる一般人だしそれも普通の庶民料理だと思うけど?」


「なるほど。それは失敬。あまりにも美味しすぎて我を失っていたよ」


「大体そんなにお腹が空くって一体何日食べてなかったわけ?」


セーラは呆れたようにため息混じりで聞いてくる。

そんな表情も非情に良い。

できれば罵ってほしい。


「ざっと一週間くらいだな。腹が減りすぎて死ぬかと思った」


「バカね。携帯食料とかは持ってなかったの?」


「美味すぎて2日で食い尽くした」


「バカ確定。ほんと呆れた……」


「待ってくれ、僕の計画では2日で次の街に到着する算段だったんだ。なのになぜか目的地に到着できなかったんだよ」


これは僕のせいじゃないだろう?

仕方のない事故というやつだ。

次の街にスムーズに到着できていればそれでよかったんだ。


「はぁ……どこ行こうとしてたの?」


「ハマルマタだな」


「その街ここから歩いて9日はかかるわよ?一体どんな道を歩いてきたらそんなことになるのよ。ちょっと地図を見せてちょうだい」


「地図なんて持ってないぞ?」


「は、はぁ!?」


僕の言葉にセーラは今までで一番驚いた顔をする。

ぽかんとする様子はとても可愛らしい。


「ち、地図なんて持ってないって聞こえたのだけれど私の空耳かしら?」


「一字一句間違えてないから君の耳に問題はないね。医者に行く必要はなさそうだ」


「あら、それはよかった。ってなるわけないでしょ!なんで旅するのに地図すら持ってないのよ!」


言われてみれば確かに。

なんで僕は地図すら持ってないんだ?


「えっと……僕ならなんとかなると思ったから?ほら、南に行きたいときとか暖かそうな方向に向かえばいいんでしょ?」


「実際になんとかなってないじゃない!」


「……!確かに……!」


「なんで今気づいたみたいな反応なのよ……」


だって今気づいたんだもの。

それにしても初めて知ったな。

まさかこの僕が方向音痴だったなんて……


「まあいいや。別に目的地とか決めてるわけじゃないし無事に命も残ったし」


「目的地が無いって……それならどうしてアンタは旅をしようとしてるわけ?」


旅には常に危険がつきまとう。

だからこそ不思議に思うのだろう。

なぜ旅に出るのかを。


「実は……僕は母さんを殺した魔物を探しているんだ。あいつだけは絶対に見つけて殺す。僕はそのために旅に出るんだ」


「テオ……ごめん……私が無神経だった」


「っていうのは冗談として」


「私の罪悪感返してくれる?ぶっ飛ばすわよ?」


おっとからかいすぎてしまったか。

だけどセーラって美人なのにノリも良いし僕の細かなボケにも良いリアクションを見せてくれるからついやりたくなっちゃうんだよな。

なんか話せば話すほどセーラのことを気に入ってる気がする。

こういう人が僕のハーレムに入ってくれないかなぁ……


「っていうかアンタの服よく見れば神学校卒の修道服じゃない。っていうことは布教の旅でもするの?」


「いや、全く。僕は世界中の可愛い女の子と仲良くなるために旅に出たんだ」


「うわ……ここまでオープンにすると一周回っていっそ清々しいわね……」


「ありがとう。やっぱり僕のにじみ出る正直さは隠せないようだね」


「全く持って褒めてないけど?どの言葉で自分が褒められたと勘違いしたのかしら?」


辛辣……!

だけどそこもいい……!


「でも護衛も連れずに女の子と仲良くなるために旅に出るなんて随分根性があるのね。外に出るのは相当危険でしょうに」


「ああ、大丈夫。僕めちゃくちゃ強いからなんとかなるよ。旅の最大の敵は食糧難だということを理解したよ」


「どうだかね。アンタさっきから変なことばっか言ってるし本当は大して強くないんじゃないの?魔物に食べられて死んじゃっても知らないわよ?神学校卒業できたんだから教会勤めの職員になればよかったのに」


「やだ。一生神様のことだけ考えて生きるなんて絶対に無理。僕は自由が好きだから」


「自由すぎる気がしなくもないけどね……」


それは僕に対しての最大級の賛辞だな。

やっぱり人間自由に生きないと勿体ない。

人生一度きりなんだから楽しんだもの勝ちだ。


「ま、とにかく僕はそんな感じの理由で旅をしてるんだ。助けてくれてありがとな」


「流石に目の前に人が倒れてるのを見て見過ごすほど腐った人間じゃないわよ。でもまあ感謝するなら薬草を採りに行くのを手伝ってくれる?自称強いんでしょ?」


「ああ、自他ともに認める最強の男である僕が護衛をすればこの世界でこれ以上安全な場所は無いぞ。安心してくれ」


「なんかその言葉を聞いてなおさら不安になってきたんだけど……ちなみに自他ともに認めるって誰に認められたの?」


「僕のイマジナリーフレンドだ!」


僕が声高々にそう言うとセーラがめちゃくちゃ不憫そうな顔で俺を見てくる。

そしてポンと肩に手を置いた。


「その……ごめんなさい」


「じ、冗談だから!流石に友達ぐらい普通にいるから!」


「テオに友達ができるように少しだけ神様に祈ってあげるわ……」


「仮に僕に友達がいなかったとしたらもっとちゃんと助けてくれよ!?神頼みなんて一番信用なんないんだぞ!?」


「聖職者が言うセリフじゃないわね」


「誰が言わせたと思ってんだぁぁぁぁ!!!!!」


僕の魂の叫びは街中に響いていたとかなんとか。

ともかく僕はセーラと薬草採取にでかけることとなった──

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2024年12月19日 07:05
2024年12月20日 07:05

煩悩だらけの聖職者、欲に従って自由に生きる 砂乃一希 @brioche

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