煩悩だらけの聖職者、欲に従って自由に生きる

砂乃一希

第1話 その男の名はテオ=モードント

この世界は魔に満ちている。

人々は魔力という非科学的なエネルギーを用いて魔法という超常的な力を行使し、外を歩けば魔物と呼ばれる体内に魔力を宿した生物が闊歩している。

だが人類は大いに押されていた。


魔物の力と数は人間が対抗できるものではなく人類の生存圏は縮んでいき、後退を余儀なくされた。

街を行き来する人は減り、もはや人間同士で争う余力もない。


しかし人類は簡単に一つにはまとまれない。

欲、理性、思惑、愛国心など様々な思いがぶつかり合い人間が纏まることを許さなかった。

そんなとき、人々の心を明るく照らし一つにまとめあげたのは信心、つまり宗教だった。


レドヴァ教。

それがこの世界における最大規模の宗教であり全人類の6割以上が教徒という圧倒的勢力を誇る結果となった。

そしてレドヴァ教が主導し人類は一つに纏まることに成功したのである。


これはそんなレドヴァ教に属する聖職者が色んなところに喧嘩を売りつつ自分の煩悩を消すどころか暴走させていく物語である──


◇◆◇


「つまらん神学校もようやく終わったな。これで僕も晴れて自由の身ってわけだ」


僕──テオ=モードントは伸びをしながら呟く。

ついさっき神学校の卒業式が終わったばかりの聖職者になりたてホヤホヤだ。

まだなんの役職も就いてない一般の修道士だがとにかく学校から開放感がすごすぎて何も気にならなかった。


「よし、まずは旅に出る準備をするとしようか」


僕の同級生たちは皆勤める教会も決まったが僕は全て辞退してフリーの修道士になることにした。

教会勤めとか絶対に楽しくないし僕の性に合ってないだろうしな。


僕は寮の荷物がそのまま入った袋を持って街に降りる。

この街の神学校に通っていたと言えどあまり外出することは許されなかったのでなんだか新鮮な気持ちだ。


「おっちゃん、携帯食料売ってない?俺今から隣町に行こうと思うんだけどそれで足りるくらい」


「隣町だぁ?坊主1人で外に出たら死ぬぞ?」


「あー大丈夫大丈夫。僕のことは心配しなくてなんにも問題無いから携帯食料売ってよ。あ、一番美味しいやつね」


「生意気なガキだな。まあ勝手にしろや。それで携帯食料の話だが質がいいのは結構高いぞ?」


そう言って店主は値札を見せてくる。

それが適正価格なのかはさっぱり判断が付かないが見た目は美味しそうだし匂いも良い。

あまり数を買えないのがネックだがまあなんとかなるだろ。


「本当に大丈夫か?坊主。これでお前が死んだりしたら後味悪いぞ……」


「死んだら死んだで楽しそうだな。死後の世界とかあるのかなぁ」


「お、おお……まあ気をつけろよ」


「ああ、おっちゃんに迷惑はかけないから安心してね」


有り金ほぼ全てを使い携帯食料を買うと、僕はさっそく街を出て隣町『ハマルマタ』へ行くべく門へと向かう。

外には普通に門の外には魔物が闊歩しているので街は塀に囲まれて、その上には対迎撃兵器がくっついている。

つまり気軽に街を出ることができないのだ。


「おや、外出するのかい?」


「ああ、僕は今からハマルマタまでいくんだ」


「ハマルマタ?どんな用だい?」


「あー………布教?」


一応今の僕は神学校から卒業記念で貰った修道服を着ている。

別におかしなことではないはずだ。

一応肩書も旅の修道士だしな。


「どうしてそこで疑問形になるかはちょっとわからないけど気をつけてね。色々と外の世界は物騒だから」


「お気遣いどうも。それじゃあ行ってきます」


優しそうな衛兵さんとの話を終えて外に出る。

外に出たのは初めてではないが結構久しぶりだしテンションが上がる。

なんか旅の修道士って感じがしてきた。


(僕の旅はここから始まるんだ……!女の子と仲良くなって美味しいものたくさん食べて、巨万の富を手に入れたらダラダラして過ごす!僕は絶対にやり遂げるぞ……!)


ここまでは我慢の日々だった。

神学校の同級生の女の子とかクソ真面目だし、純潔は神のために守らないといけないとかいってとてもじゃないけど遊べる雰囲気じゃなかった。

健全な10代の男女で神がなんたらみたいな話になることあります?

神学校やべえよ。


でもこれからは女の子を口説き放題、抱き放題。

お金を稼ぐ方法は全く考えてないけど多分なんとかなるでしょ。


「さて、ずっと一人旅ってのも寂しいしやっぱり旅の仲間がほしいよね。もちろん女の子」


男二人旅なんて絶対にごめんだ。

それはそれで楽しいだろうが人生は一度きり。

俺の青春は友情ではなくハーレム作りと惰眠を貪ることと世界中の美食を味わうことに捧げるんだ。


「よっしゃ行くぞ!楽しい旅の始まりだ!」


◇◆◇


「やべぇ……もうじぬ……」


1週間後、僕はハーレムどころか死にかけていた。

完全に迷子になり森を彷徨っている。

水は雨が降ったのでなんとかなったが食料がない。

高い携帯食料ばかり買ったので数が少なかったのが原因の一つだがもう一つ僕には大きな誤算があった。

距離的には2日で到着するはずなのに僕はもうかれこれ一週間くらい旅を続けているのに一向に街が見えてこないのだ。


(腹減った……何か食わないと本当に死ぬ……)


そこら辺の動物でも適当に狩って食べようとしたのだがそういうときに限って周りに魔物しかいない。

最終手段として一度食べてみたがあれは人間が食べられる代物ではない。

あまりにもマズすぎる。


意識が朦朧としてきてその場に倒れ込む。

人間、水さえあれば数週間生きられるらしいが冗談じゃない。

普通に数日の絶食で死ねるぞ。


(くそ……僕の旅はもう終わりなのか……!)


決して超えることのできない絶望的な壁。

僕は今最大の挫折を味わっている。

食欲という決して敵わない強敵に心を砕かれかけている。


(いや、まだだ……まだ僕は女の子と手すら繋げていない……!こんなところで終わってたまるか……!)


しかしやはり力が入らない。

ああ……思えば楽しい旅路だった。

美味しい携帯食料に、自由な空。

そして耐え難いほどの空腹とマズすぎる魔物肉。

うん、ロクな思い出ねえな。


(もう……ダメ……だ……)


ああ……来世は女の子にモテるように頑張ろう……

あれ……今一瞬誰かの声が聞こえたような……

いや、気のせいかな……こんなところで誰か人に会うわけないし……


「えっ!?ど、どうしてこんなところに人が……!?」


ああ……なんか可愛い女の子の声が聞こえる……

良い夢見れそうだなぁ……


そこで僕の意識は暗闇へと消えていくのだった──


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カクコン初参戦となる新連載です!

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