異星の饗応

霧氷 こあ

異星の饗応

「ああもう! このルートも駄目か。どうしたもんかな全く……」


 電子音が絶え間なく鳴り響く一室で、男が頭を抱える。だが別に、電子音が喧しくて頭を抱えているのではない。


 男はもう一度、数字が乱立しているモニターを眺める。そして少し躊躇しながら、モニターを指先で軽く触れる。


 瞬く間に機械がうなり声をあげて、画面が切り替わる。


『地球まで残り九千四十二時間です。このルートで進行しますか?』


「げぇっ……かなり迂回になるが、もうこのルートしか残ってないんだよな」


 男は嘆息しながら決定ボタンを押し、モニターに背を向けて部屋の一角にある巨大なカプセルに移動する。


 小さなスイッチを押すと、ぷしゅーと気の抜けるような音がしてカプセルの扉が開いた。


 カプセルは縦に長くできており、長身な男よりも大きくそびえている。中は白で統一されており、そのいつもと変わらない風景にまたしても溜め息を吐く。


「またこのカプセルで冷凍睡眠か……宇宙百景の一つに遠路はるばる赴いても、大半がカプセルの中じゃなぁ……」


 渋々といった様子でカプセルの中にある窪みに体を押し込む。筋骨隆々な男の体も、最新の技術によって作り出されたカプセルの中では意味を成さない。


 男は慣れた手つきで手元の機械をコントロールしてカプセルを閉じる。そして短く刈り込んである頭をぼりぼりと乱暴に掻いてから軽く深呼吸する。


「ふぅー。それじゃおやすみ。宇宙の星々……」


 ピー、という電子音の後、白いカプセル内にもやのような蒸気が溢れて、たちまち男を冷凍睡眠へといざなった。



          *




 男が目を覚ましたとき、カプセル内は赤かった。


 冷凍睡眠を解除するための覚醒注射が後頭部に刺され、意識が明瞭になる。そして事態の深刻さをようやく飲み込めた。


 覚醒注射が終わったのを合図に、カプセルの扉がまたしても気の抜けるような音を発して開く。男はすばやく外へ飛び出して、モニターへ向かって走った。


 見慣れたモニターの上には、見慣れない赤文字。


『緊急事態発生! 緊急事態発生! この先のルートで大型のブラックホールを観測。繰り返します、緊急事態発生――』


「なんてこった!」


 男は一人で毒づくとモニターを激しく叩いた。


 同時にピッ、という音がしてモニターが衛星カメラに切り替わり大きなブラックホールを映し出す。画面右上には『地球まで残り六千三百八十時間』と表記されている。


「全然進めてないじゃないか……また別のルートを算出しないといけない、というか間に合うか?」


 男は星間旅行のために宇宙に関する知識、操縦に関する知識、そして体力をつけるためのトレーニング、様々なことに全力で努めてきた。


 それら全ても、宇宙という無限に広がる空間は無慈悲に突き放してくる。


「…………よし、これでひとまず……ん?」


 そんな傍若無人な宇宙に歯向かうために別ルートを算出すると、モニターに見慣れない惑星が映る。


 基本、宇宙を統率する機関が惑星に関する情報をあらかじめ機械に読み込ませておくため、映る惑星には当然のようにその惑星の名前が表記される。


 しかし、この見慣れない惑星には名前が表記されない。


「おいおい、情報が更新されてねぇぞ? 古いカーナビじゃないんだからさぁ」


 常に最新の情報を読み込んでから出立する法律が存在しているため、このように惑星名が表示されないなんていうことはあり得ない。


 そこでもう一つの憶測が男を奮い立たせた。


「もしかして……未発見の惑星……?」


 男は目を輝かせた。そしてすぐさま、行き先をその惑星へと設定する。


 高揚した気分のままきびすを返して、食料庫へ向かう。


「よぉし、食料もまだまだ足りる! それに冷凍睡眠の回数も残っているから問題なしだ!」


 男は未開拓の星にどんな名前をつけようかと、ニヤニヤしながら到着を待った。



          *  




 ガシャン、と重々しく宇宙船の扉が開き、真っ白な宇宙服に身を包んだ男がのろのろと新雪を踏む思いで降り立った。


『ピー、地球との違い、十三パーセント。酸素、十分に有り。温度、二十四度。湿度――』


 全て聞き終わる前に、男は飛び上がった。


「ひゃっほう! ほとんど地球と大差ないじゃないか、これは凄い発見だ! 歴史に名が残るかもしれない!」


 男は感極まって少し涙を滲ませながら、宇宙服のヘルメットを脱いだ。済んだ空気が、男を更に幸福へと導く。


 大地は枯れた雑草のようなものが少し生えており、空は夕暮れのように少し赤い。ところどころに大きな岩が転がっている。


 そしてその大きな岩の陰に何か動いているものが見える。


「……? もしかして、知的生命体が住んでいる? しまった、生体レーダーで地表確認するのを忘れていた」


 狼狽ろうばいして宇宙船へ一旦引き返そうとしたとき、男の耳にヘルメットのスピーカーからではなく、声のようなものが聞こえた。


「……ァ……ァ」


 男はぎょっとして岩陰へ視線を移す。そこには、まるで蛍光灯みたいな白く細長いものが二匹いた。


 身長は二メートルはある。細い手足が生えており、男へ向かってゆらゆらと近付いてきていた。


 男は本能的に危険を感じて宇宙船へと急いだ。


「ァァ! マッテクダサイ!」


 ぴたり、と男の足が止まる。蛍光灯星人が発したのは『日本語』だった。


「ァ……あ……ああー。うん、よし。理解できた。はじめまして、地球のかた」


 蛍光灯星人は流暢に日本語を話す。そして細長い腕から蜘蛛の糸のようなものを巻き取る。


 男の知らぬ間に、宇宙服内に忍び込んでいた糸が音もなく白く細長い体に入り込んでいった。男は何が起こっているのかわからないといった様子で立ちすくんでいる。やがて、小さく声を発した。


「お、お前達、なんで日本語を話せる……?」


「それは、あなたを動かしている核……ええと、そう、脳みそ、を調べたからです。脅かしてすいません。私たちは怪しいものではありません」


 そういって慇懃いんぎんにお辞儀をすると、もう片方の蛍光灯星人が一歩前へ出る。


「私たちは、あなたを歓迎します。なんと、あなた――地球人は、この星へ訪れた初めての異星人なんです! おめでとう!」


「おめでとう!」


 途端に、二匹の蛍光灯星人は体を赤、青、緑、黄色、とせわしなく点滅しはじめる。


 男は、ぽかん、と口を開けたままで呼吸すら忘れている。


「そういうことなので、あなたをもてなします。この星の食べ物を食べていってください」


「食べ物……?」


 男は戸惑いながらも鷹揚おうように頷く。それを皮切りに、蛍光灯星人の二匹が男を挟むように位置取りして、手を握った。


「さぁ、行きましょう。れっつごー!」


「ごー!」


 二匹の蛍光灯星人は元気に意気込むとゆっくりと歩き出した。


 男は何だか自分がちっぽけに思えて気恥ずかしくなりながらも、枯れ草を踏みしめながら歩む。


 やがて、一際大きな岩にたどり着くと、岩肌が音を立てて動いた。


「えっ……自動ドア?」


 男が驚愕の眼差しを送っていると、蛍光灯星人がふふん、と鼻を鳴らすような声を漏らした。


「あなたの星の言葉でいうとそうです。ええと、ご馳走はこの先!」


「この先!」


 さっきから語尾を繰り返すだけのやつもいるが、科学がかなり発達しているらしい。と男は関心する。


 蛍光灯星人に引きずられるように中へと入ると、更に驚愕した。


「なんてこった! なんだこれは!」


 男の眼下に広がるのは、都市といっても過言ではない無尽蔵の建物だった。


 地表とは雲泥の差で、眼下に広がる世界は魅力で溢れている。


「地球よりも、すごい?」


「すごい?」


 蛍光灯星人が興味深く訊くと、男は首を縦に振る。


「これはすごいよ、地球以上だ!」


 男は料理があるといわれている部屋に向かうまで、終始鳥肌が収まらずにいた。


 ようやく、まるで氷の壁で出来ているような部屋に通され、ガラスのような机に置かれている料理を目の前にしてお腹を鳴らす。


 宇宙船で食べる食事というのはどれも簡易食材で味気ないので、男にとってはご馳走だった。いや、これは地球人皆にとってもご馳走かもしれない。


 男は我慢できず、一心不乱に食事を貪った。


 蛍光灯星人はそれをみて、また体を点滅させる。蛍光灯星人にとってこの変色行動は一種の感情表現であり、せわしなく点滅させるのは地球でいう『笑顔』と同義である。


「おいしいか? 口に合うか?」


 一匹の蛍光灯星人が男の顔を覗きこむ。それすら聞こえていないように口に食べ物を運ぶ男の姿をみて蛍光灯星人はうんうん、と頷く。


 やがて食事を終えた男は考える。


 もし、こんな凄い科学技術を有した異星人とファーストコンタクトをとったとなれば、俺はもの凄い人物になるのでは?


 男はそこからの自分の人生を想像した。蛍光灯星人は食べ終わった食器を丁寧に片付けて、ワインのようなものをグラスに注いでいる。


「いやあ、ご馳走してもらってありがとう。俺は君達のすばらしさを故郷の星に伝えるために、すぐに出立するとするよ」


「もう、帰りますか? なら、お土産を持たせましょう」


「お土産?」


「ええ。これは地球の皆さんへのお土産です。ぜひ帰ったら開けてください」


「わかったよ。何から何まで本当にありがとう」


 そうして男は、大きな箱を貰うと、宇宙船へ乗り込んで地球までのルートを算出した。かなりの時間、冷凍睡眠をしなくてはいけないが、いまの男にはその瞬間すら待ち遠しい。


 ルートの算出を終えて、宇宙船が飛びたつ。地表には蛍光灯星人が数人見物にきており、細い腕をせわしなく動かしている。


 男はそんな姿に一瞥いちべつもくれず、冷凍睡眠をしにカプセルへと足早に向かった。


 人々に賞賛され、名誉を得て、またあのご馳走を食べよう、と内心で考えながら、長い眠りへと落ちていった。



          *




「あら? もうあの異星人は帰ったの?」


 ピンク色の光を放つ蛍光灯星人が地表へと姿を現す。


「ああ、姉さん。もう帰ったよ」


 応じるのは男と最初に邂逅かいこうした蛍光灯星人の一人。


「なぁんだ。つまんない。異星人のアホ面を拝んでやろうかとおもってたのに……それで? 今度は何をしたわけ?」


「今回は長寿の水を持たせたのと、食べ物にウイルスを忍ばせておいた。だからもうあの星の生命体は宇宙へ来れなくなったよ。これでまた、この星を脅かす生命体を一つ排除できるってわけさ」


「はぁー、アンタも趣味が悪いわね。もっと簡単な方法はとらないわけ?」


「それが、ブラックホールが邪魔で例のビーム砲じゃ無理なんだ。多少の惑星ならかわせるけど、あの大きさのブラックホールじゃ、重力のせいもあって狙いが定まらない」


「ふぅん。まぁそのへんの詳しいことは分からないけれど……長寿の水なんかであの異星人の星は滅びるわけ?」


 ぐい、と体を近づけるピンク色の蛍光灯星人にたいして、聞かれた蛍光灯星人は体を幾度となく点滅させる。


「それがあの人類は本当に馬鹿でね、長寿の薬を大量に作れるようにメモも同封したから、あっという間に人口が増える。すぐに食料困難になって滅びるよ。ああ、それよりも地球温暖化とかいう現象で滅びるかもね」


 ピンクの蛍光灯星人も、体を点滅させた。

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異星の饗応 霧氷 こあ @coachanfly

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