101号室

祓魔師 蛇野虚空

「それで、そっちの仕事はどんなもんなん? 仲介になった私としては一応ね、気に留めてなくちゃ次回の仕事振るかどうか判断できないんでね」

「どんなもこんなもあるか、あんな業突くババア寄越しやがって。アパート住み込みで仕事させる代わりに依頼料から家賃差っ引くとか言い出しやがったんだぞ」

「あっはっは! 仕事が無いよりはいいじゃないか。あの婆さんも考えたね。お祓いついでに住まわせて告知義務まで回避なんて」

「……まさか、オメェの入れ知恵じゃねえだろうな?」

「やだなやだなやだなぁ、オメェだなんて。お互いリスペクトし合おうじゃないの。それじゃ、あんまり長話しすぎると瞳ちゃんに睨まれるんでまた電話するよ。アデュー!」

「あ、お前!」


 こちらが言いたいことを伝える前に電話は切られた。

 足元見られたばっかりに、また面倒くさい仕事を押し付けられてしまった。


 蛇野家は元来地元で悪魔祓いエクソシストを生業として生きてきた。

 それが最近は科学の発展に伴って仕事は右肩下がりになり、とどめとばかりに最近起きたトラブルの影響で地元での活動がさらに厳しくなった。その結果、仲介業者を通じて慎ましやかな生活費を稼ぐ今に至る。

 そして今回、その仲介業者が寄越した依頼というのが、非常に面倒な上に大して金にもならない仕事だった。


 依頼内容とはアパートに憑りつく幽霊の除霊である。

 幽霊と悪魔、そこに違いがあろうが無かろうが依頼人には関係なく、また金とも無縁なのでひとまず話だけは、受けるかどうかは別だと念押しした上で依頼人に接触した。

 はずなのだが、気づけば依頼を――あまりにも料金に不釣り合いな内容で受理してしまっていた。

 このババアの前じゃどんな悪魔も形無しだ。なんなら悪魔から魂を奪うくらいの事はやりかねん。


 そんなわけで俺は件のアパートの101号室、その幽霊となる女が自殺したと噂の部屋に住むことになった。

 女は浴槽で手首を切って自殺、発見時は湯舟が血で真っ赤に染まっていたそうだ。今は浴室をすべてリフォームして見る影も無いが、それで怨念も綺麗さっぱりというわけにはいかないのだろう。しばらくしてアパート全体が幽霊騒ぎになり、全室空き部屋となって今に至る。

 二階建ての全室六部屋しかないアパートだ、ちょっとの噂が全室に回るのもそれほど時間がかからないということなのだろう。


 果たしてそんな噂になるほどの心霊現象が起きてくれるのか。起きなければそれはそれで別件の仕事を処理できるので助かるんだが。

 どうせ現れるなら、できればラブコメよろしく若い女性の霊であってほしいね。こちとらマッチングアプリですらマッチングしないんだ、彼氏を求めてる女性からすらお断りされるんだから、生者以外に縋るしかあるまい。丁重にご供養すれば見返りがあるなんてのは昔かある話だ。


 そう期待して三カ月。

 何一つなかった。

 一応仕事なので毎日あれやこれやお祓いはしているが、除霊なんてするまでもなく成仏しているんじゃなかろうか。既に綺麗さっぱりで対外向けに「除霊しっかりしましたよ。あ、既に一人住んでたので告知義務はありませんね」をやりたいだけじゃねえのか。そう思いながらも、義務として仲介業者に報告を入れた末の冒頭のやりとりである。


 もう除霊は済んだことにして契約を終わらせようか。

 そう思っていた矢先、どすん。と隣の部屋から強い足音が響いた。

 まさか隣の部屋に入居者が来たのだろうか。いや、その割にはこれまで誰かが内覧に来た気配が無い。となると内覧の準備で掃除に入って滑って尻餅でも付いたか。幽霊様の霊障かね。ザマァないな。

 ……いや、むしろあのババアのことだ、急にこっちの部屋に入ってきて、除霊をサボってるな。おかげで転んだんだ。その分値下げしろ! むしろ賠償金払え! なんて難癖三段論法を付けてきかねん。


 俺はわざと隣の部屋に聞こえるような声で呪文を唱える。難癖三段論法の一段目を目論見ごと潰す。一体いつまでいるのか分からんが、唱え続けていれば少なくともサボっているなんて言葉は出せまい。ババア、破れたり!


 と思っていた時、郵便受けがバタンと小さく鳴った。

 あのババア……、まさかわざわざ玄関からこっちの様子を確認しようとしてたのか。いいだろう。こっちが仕事している姿をしっかりと目に焼き付けてもらおうじゃないか。ぐうの音も出させんぞ。

 あ、でもヤバい。ちょっと強く唱えすぎて喉が枯れてきた。最近あんまり声出してなかったのに無理をし過ぎたらしい。それでも玄関を開けるくらいなら、とドアを開けた。


 しかし、そこにはもう誰もいなかった。

 代わりに隣――102号室の玄関のドアが閉まるのが見えた。

 ちっ、逃げ足だけは早い。

 しかし、ここまできたのだ。せめて用件を聞くフリをして会ってやろうじゃないか。お前の行動はまるっとくっきりお見通しだと伝えてやろうじゃあないか。しかし、声を出し過ぎて喉が痛い。後でお茶を飲もう。


 102号室のインターホンを鳴らす。

 しかし、反応はない。

 居留守を使うつもりか。こちらはお前の行動はすべて読んでいるぞ。


 もう一度、インターホンを鳴らす。

 玄関のドアはゆっくりと開いた。


「おい大――」


 そこにいたのは大家じゃなかった。

 真っ暗な部屋に開いた玄関から差し込む光が映したのは真っ白い格好の女だった。

 顔は死者の様に青白く、目の焦点が定まっていない。口元が不気味に歪む。

 どうやら本物の幽霊だったらしい。


 ……しかしどうして幽霊が隣の部屋に?

 まさか幽霊にまでお断りされるレベルの人間だって言うのか。

 それは流石にへこむんだが。盛者必衰、生者必滅なのに栄える前に滅びの道なんだが。青春来る前に永遠の盛冬、氷河期だ。


 それにしてもなんで震えてるんだ――ああ、胸元の十字架が悪いのか。彼女が生前どこの宗派だったか知らないが、聖なるものはどこの霊でも嫌なのだろう。


「だ、大丈夫か?」


 俺は十字架を手で隠し、そう幽霊に尋ねた。

 死んでるのに大丈夫も何もないが、このまま互いに沈黙している以上に居たたまれない空気は無いだろう故の発言だった。

 というか、幽霊にまで避けられる時点で俺の立つ瀬が無い。

 幽霊は相変わらず口だけ笑いながら震えていた。これ以上いたら俺は本当に幽霊に嫌われてしまいそうだ。嫌われてしまうのは非常にまずい。お互いにいい思い出を作ってそのまま成仏してもらえれば理想なのに、このままでは最後は妖怪バトルだ。

 一旦自室に戻って明日から対策を考えよう。

 幽霊との接触は出来たのだ。明日からまた関係を構築することを一番に考えれば、きっとうまくいく。

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幽霊の住まうアパート ナインバード亜郎 @9bird

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