村八分賞を受賞された方は対象外となります
ぴのこ
村八分賞を受賞された方は対象外となります
タイムラインに流れてきたそのニュースが目に入ったのは、ちょうどメフィスト賞に向けて書いていた原稿が終盤にさしかかった時だった。
私は執筆の手を止め、コーヒーを淹れて休憩をしていた。コーヒーを飲む片手間に開いたTwitterで、こんな文言が流れてきたのだ。
X人 @melonguma
RT
メフィスト賞の応募要項の変更、あらゆる賞の受賞者が応募できないことになるけど実際のところはどうなってるんだろう
メフィスト賞の応募要項に変更があった?どういうことだ。私は思わずそのアカウントのプロフィール画面に飛び、リツイート内容を確認した。まさかその変更により私が選考の対象外となってしまい、今書いている原稿が無駄になってしまうのではないかと気が気でなかった。
私は“メフィスト賞応募要項”と書かれたその記事をタップし、詳細を確認した。どうやら変更があったのは以下の箇所のようだ。
小説が文芸関連の賞を受賞された方の作品(主催団体の規模、出版の有無は問いません)、商業出版経験のある方の作品(単著、共著問わず。ただし100部以下の自費出版を除く)
私はほっと胸を撫でおろした。私になんらかの賞を受賞した経験は無い。これであれば、幸いにも私の応募資格は剥奪されていないことになる。
しかし、と思い直した。私は以前、小説投稿サイトのある自主企画に参加したことがあった。大賞から銅賞、そして特別賞までもが設けられた企画だ。私はひとつも賞が取れずに終わったのだが、もしもあの企画で賞でも取っていたらどういう扱いになったのだろう。個人が主催する自主企画での受賞であっても、メフィスト賞に応募できなくなってしまうのだろうか。
私は背筋にぞっとするものを感じながらも、休憩を終えて執筆を再開した。
夜9時のことだ。執筆に没頭するあまり夕飯を食べるのも忘れていた私は、空腹感で我に返った。普段は夜7時半には食事をするのだが、今日は筆が乗っていて気づけば1時間半も食事の時間を過ぎていた。
私はキッチンに向かい、冷凍庫からパスタとハンバーグがセットになったプレートを取り出して電子レンジに入れた。これは冷凍食品にしては味が良く、二品も食べられるのに低カロリーなことで重宝していた。私は冷凍食品を温めている間にトイレに向かい、用を足した。その最中、トイレットペーパー入れの上に置いていたスマホが振動した。
バイブが短い間隔で二回鳴るのはTwitterのDMかDiscordの通知だ。私はジーンズのボタンを閉め、誰からのメッセージだろうと訝しみながらスマホを開いた。
メッセージが届いていたのはTwitterだった。DMのアイコンの上に青地に白色の字で“1”の表示がある。DMを開いた私の目に入ったのは、見知らぬアカウントからのDMだった。
村八分賞選考委員公式 @murahachibusyo
第一回村八分賞 受賞のお知らせ
https://www.murahachibusyo.com
9:05 午後
私の口から困惑の声が漏れた。村八分賞?なんだこれは。DMを送ってきたアカウントは今月に入ってから作られたものらしく、フォロー数もフォロワー数も0だった。もしかすると、作成されたのは今日なのかもしれなかった。
私は何かのイタズラだろうとそのDMを無視しながらも、好奇心を抑えきれなかった。このDMには村八分賞なるもののURLが貼られていた。不審なアカウントが送ってきたURLなど開くものではないと頭では理解しつつも、どうせ悪質なウイルスなどは無いだろうと高を括っていた。私は温め終えたハンバーグを口に入れ、そのURLをタップした。
第一回村八分大賞
あなたです。
表示されたサイトは、おどろおどろしい赤黒い色合いの背景に、その短い文が白い字で記載されているだけだった。その他に書いてあるものは無く、“第一回村八分大賞”とやらの説明も他サイトへのリンクも載っていなかった。
私はほのかな失望を覚え、つまらないイタズラだと一笑してサイトを閉じた。DMの送り主をブロックし、DMも削除して食事を再開した。
私は軽快な心持ちでいた。メフィスト賞の応募原稿がようやく完成し、無事に応募も済ますことができたのだ。この原稿が選考を通り抜けるかはわからない。不安はある。だが今は、この達成感を噛みしめていたかった。
1時間ほど経った頃、電話が鳴った。登録していない番号だ。何かのセールスかもしれないと思ったが、もしも仕事の電話であれば大変なことになる。私は通話ボタンを押した。
「お送りいただきました原稿の件なのですが、■■様は村八分賞を受賞されておりますね?今回より応募要項に変更がございまして、賞を受賞された経験のある方は対象外となります」
電話の相手は、メフィスト賞の選考に携わる編集部員だった。彼は名を名乗った後、そう事務的に話した。
私は思わず、大声で困惑の言葉を口にしてしまった。私の原稿が対象外?
なぜ彼が村八分賞のことを知っているのか。それは昨日、私に送られてきたイタズラDMではないか。そもそも選考の対象外となるのは文芸関連の賞を取った場合だ。村八分賞などという文学賞は無いではないか。私は抗議したが、編集部員の男は「決まりですので」と無慈悲に告げ、電話を切ってしまった。
私はしばらくの間呆然としていたが、ふと思い至った。そうか。イタズラ電話だ。きっと今の電話の男の正体は、昨日のDMを送ってきた相手に違いない。奴がどこからか私の電話番号を調べ、イタズラ電話をかけてきたのだ。それが自然な考えだ。私はそう思いつつも、念のために今の電話番号をGoogleの検索バーに打ち込んだ。表示されたのはメフィスト賞を主催する出版社だった。私はスマホを床に投げつけた。
ひびの入ったスマホで再び出版社に電話をかけたのだが、今度は女性の声で「村八分賞を受賞された方は応対の対象外となります」とひとこと告げられ電話を切られた。意味がわからなかった。
私は悪い夢でも見ているのだろうか。そう思った瞬間、腹がぐうと鳴った。空腹感が、これは現実であると教えてきた。食欲など湧かない状況であったが、朝から何も食べておらず流石に胃が音を上げたらしい。私はいっそ自棄を起こした心持ちになって、財布を掴んで街へと繰り出していった。少し高めのファミレスで食事をするつもりだった。とにかく、一体何が起きているのか考えねばならない。美味いものを食べて脳に栄養をやろうと私は考えていた。
「村八分賞を受賞された方はお客様の対象外となります」
ファミレスの扉を開けた途端、店員にそう言われ入店を拒否された。あまりにも素早い対応だった。私の姿が見えた途端に駆け寄って来た。
私は意味がわからず、何も言えないまま店の外へと放り出された。あんなことを言われれば、平常時であれば店員に怒鳴り散らしていただろう。だが“村八分賞”というあの言葉。編集部員たちも言っていた“村八分賞”を、ファミレスの店員までもが口にした。これは一体どういうことなのか。
私は混乱する頭で思考をぐるぐると巡らせながら、ふらふらと街を歩いた。ひどく腹が減っていた。私の脳裏に、実家で食べたおふくろの味が蘇った。あの優しい味に、匂いまで。おふくろの料理が食べたくてたまらなくなった。私は目に涙を滲ませながら、おふくろに電話をかけた。数回のコール音の後、おふくろの声が聞こえてきた。
「村八分賞を受賞された方はうちの子の対象外となります」
私は電話を切り、半狂乱になって走り出した。道の先に精神科の看板が見えた。そうだ。これは幻覚だとか幻聴なのだ。そうでなければ説明がつかない。今すぐにでも治してくれ。私を助けてくれ。
叫びながら精神科に駆け込む私の姿は、誰の目にも精神異常者そのものに映っただろう。どうでもよかった。明らかな異常が見えればすぐに取り合ってくれるだろうとさえ考えた。とにかく先生に話を聞いてもらって、これを治してもらいたかった。
「村八分賞を受賞された方は患者様の対象外となります」
受付スタッフの無感情な言葉に、私はその場で大泣きしてしまった。いい歳をして子どものように泣いていた。スタッフは私の両脇に腕を回して私を引きずり、病院の外へと運び出した。引きずられながら「助けて助けて」と泣き叫ぶ私の姿は駄々をこねる子どもそのものだった。
しばらくして泣き止んだ私が次に取った行動は、スマホで“村八分”について調べることだった。この異常な状況を打破するヒントが何かあるかもしれないと思ったのだ。
むら‐はちぶ【村八分】
江戸時代以降、村落で行われた私的制裁。村のおきてに従わない者に対し、村民全体が申し合わせて、その家と絶交すること。「はちぶ」については、火事と葬式の二つを例外とするところからとも。
火事と葬式。私はほとんど絶望的な気分だった。村八分の残りの二分は、家が燃えた場合と自分が死んだ場合。私がこの社会から村八分にされているというのなら、家が火事になるか死ぬかでもしなければこの状況を脱せないのだろうか。
死ぬのは論外だ。死んだら全てが終わる。だが家が燃える程度ならどうか。それならやり直しがきく。
そこまで考えて私は頭を振った。家を燃やすことも十分に論外だろう。落ち着け。
私は外に出て自販機のコーンポタージュで空腹を癒し、何か別の方法を探ることに頭を切り替えた。その後の数日間、この“村八分”の対処法を考え続けていた。だが。
「村八分賞を受賞された方は市民の対象外となります」
「村八分賞を受賞された方は郵便サービスの対象外となります」
「村八分賞を受賞された方は警察署に立ち入り可能な方の対象外となります」
「村八分賞を受賞された方はインターネットご利用の対象外となります」
「村八分賞を受賞された方は給油の対象外となります」
「村八分賞を受賞された方は119番の対象外となります」
コンビニやファミレスだけでなく、私はあらゆる施設への立ち入りを断られ続けた。病院に市役所に郵便局に警察署に。そしてネットの回線会社に回線を切られスタンドでガソリンの給油を断られ、果てには体調を崩して救急車を呼んだ時さえも断られた。
私はもう限界だった。水道も電気もガスも止まり息をしていないこの家に、なんの価値があるのかわからなくなった。私は最後の一本の煙草に火をつけ、灯油を染み込ませた紙の束に火を燃え移らせて家を出た。
しばらく経つ頃には、家は炎に包まれていた。炎が化け物のように蠢くさまは、家を飲み込んで咀嚼しているようだった。私が119番に通報しても取り合ってくれない。しかしこれほどの燃え方なら、近隣住民が通報するだろう。私は甲高い笑い声を上げ、炎上する我が家を見つめていた。
しばらくすると消防車のサイレンが聞こえてきた。サイレンは次第に近づき、やがてすぐ先の曲がり角に消防車の赤いボディが見えた。消防車は家の前に止まり、消防員たちが下りてきた。
さあ、火事だぞ。村八分など言っている場合ではない。早く火を消してくれ。私を助けてくれ。
しかし消防員たちが動く様子は無かった。消防員たちは燃える我が家を見上げながら、「なんだ」と呟いた。
早く火を消してくれと騒ぎ立てる私に、ひとりの消防員が短く告げた。
「村八分賞を受賞された方は消火の対象外となります」
村八分賞を受賞された方は対象外となります ぴのこ @sinsekai0219
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます