第6話
村の一角では激しい土煙が巻き起こり、地響きが何度も轟いていた。しかし、そこにいるのは、たった一人のエルフだけで、そのエルフは何かから逃れるように機敏な動きを繰り返し、時折光り輝く矢を虚空に打ち込んでいた。
そのエルフ、エレーネの目には一体の巨大な怪物が映っていた。背丈は優に十メートルを超えた女巨人のようで、下半身はなく、上半身は裸で、そこには犬のように乳房が五つ並んでいた。そして、その周囲には髭もじゃのドワーフに似た小人がいた。小人の背丈は一メートルほどで服は着ておらず、手には小さな斧を持っている。
エレーネは巨人の手からの攻撃を避けながら、無数に押し寄せてくる小人を短刀で処理しつつ、隙を見て本体へ弓を飛ばしていた。
一方のウォドセフは、こちらも小人たちを剣で切り伏せつつ、本体の腹へ向けて歩みを進めていた。幸いにも小人はとても脆く、剣先が少し触れただけで次々に倒れていき、さらにエレーネが本体の意識を引き付けてくれているおかげで、ウォドセフでも何とか本体のすぐ下にまで行くことができた。
しかし、本体の近くへ行くと小人も多く、壁のように隙間なく立ちはだかり、弱いとはいえ、先に進むのは困難だった。
ウォドセフは戦いながらも、何とかしなければと頭をひねっていた。
俺にエレーネのような力があれば、こんなやつらまとめて吹き飛ばせるのに。
そのとき、一瞬土煙が風に揺られて晴れ、巨人本体の腹に小さな穴が開いているのが見えた。それはナイフで切り込みを入れたような痕だった。そして、その小さな穴から無数の赤く爛れた触手が伸び、小人の足元まで繋がっている。
これは……!
ウォドセフは一度下がった後、一気に駆け出して小人たちを飛び越えた。小人が振り上げる斧を、身をよじって避けると、小人たちの背後に転がり込んだ。そして、彼らの足元の触手を剣で土ごと薙ぎ払った。すると、小人たちはいっせいに動きを止め、スライムのようにドロドロと溶けてしまった。
なるほど、こいつに繋がれてたんだな。
ウォドセフは切られた触手を見つめる。すると、触手はウネウネと動きだした。ウォドセフはあの穴に戻るんだなと直感的に理解した。そして、即座に触手を掴む。
触手は勢いよく引っ張られるようにして本体へ戻る。ウォドセフも同時に引っ張られ、宙を浮いたまま、本体の腹の中へ突っ込んだ。
ブニブニとして弾力のある肉壁を越えると、丸い空間に飛び出した。そこは、紅色の空間で、動悸とともに明かりが明滅している。そして、中央には一人の女が胸の前で祈るように手を合わせて立っていて、触手はその女のスカートの下に伸びていた。
「母さん……!」
ウォドセフはその姿を見るなり呼びかけた。母はウォドセフを見ると慌てふためき、近くの小人たちに襲うように指で指示した。
小人たちは斧を振り上げ、ウォドセフに迫ってくる。
ウォドセフも母へ向けて駆け出した。
「母さん、ずっと言いたかったことがあるんだ!」
ウォドセフは剣を振り上げ、その一太刀で小人三人を切り裂いた。小人は次々と母のチュニックの下から這い出して来る。
「聞いてくれ!」
ウォドセフは時に蹴飛ばし、時に飛び越えながらも、小人の波を超えていった。そして、ついに、ウォドセフは母の目の前まで来た。
母は牙を剥いて威嚇し、ウォドセフを引っ掻こうと爪を立てる。
しかし、ウォドセフは剣を投げ捨てた。
母は驚いた顔をして、その剣を目で追う。動揺が伝わったのか、引き剥がそうと動いていた小人たちも動きを止めた。
ウォドセフはその隙に一歩近づいた。そして──。
母を強く抱きしめた。
「ごめんね。母さん」
ウォドセフは泣いていた。
「全部母さんのせいだって言ったけど、違うよ。母さんがいたから今日までやってこれたんだよ。だから、ごめん。こんなになるほど、ひどいこと言って、ごめん……」
母の目からも涙が零れた。そして、母はウォドセフの頭に手を回した。
「私もごめんね。ずっとあなたに苦しい思いをさせてた。私もあんなこと言ったけど、本当はあなたを生んでよかった。どんなに辛くてもあなたがいてくれるだけで、とっても幸せだったの」
辺りは黄色い光に包まれ始めた。
ウォドセフと母は抱き合ったまま上昇していく。
気づけば眼下にエレーネが見えた。エレーネは目一杯手を伸ばして振っている。
「よかったな! ちゃんと伝えられたみたいだな!」
「うん。ここまで連れてきてくれてありがとう、エレーネ!」
その言葉を最後に、ウォドセフと母は黄色い光の粒子となって、天へ帰って行った。
エレーネはしばらく天を眺めた後、体の土ぼこりを払った。
「さあて、次はどんなやつが待ってるかな」
エレーネは次なる道連れを探しに旅立って行ったのだった。
誘い師エルフの道連れ旅 光星風条 @rinq
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