プールサイド奇譚

まさつき

売れない作家の奇想な日常

 俺は売れなくなった小説家である。

 当たったラノベがアニメ化されたところまでは良かったが。

 一皮むけようと文芸伝奇を上梓したのが運の尽き。

 あまりの売れなさにバッタリ依頼が止んじまい、今ではニートも同然だ。

 コミカライズが縁で所帯を持った漫画家の女房にも、逃げられた。

 とはいえ、金銭まわりは慎ましかったから、蓄えを取り崩しながらのスローライフを楽しめている。


 最近のお気に入りは、夕刻にぶらりと散歩にでかけ、廃校になった小学校のプールサイドで一服つけてのんびり昼寝をする、という行事だ。

 廃品を拝借したパラソルを差して、長椅子に寝そべり目を閉じれば、あっという間にリゾート気分の夢が見られる。

 夢の中、水着の美女を登場させて――。


「いつもそうしておるが、お前さんそんなに暇なのかね?」

 予定外の声がした。

 プールの水面あたりから、錆びた男の声がする。

 水の上に顔だけ出した、河童そっくりの老人がいた。いや、河童なのかも。

「河童ではない仙人だ。良い仙骨を持っとるお前を、ずっと眺めておったのだ」

 どうやら仙人というのは本当らしい。心の中を読まれている。

「儂も暇でな、ひとつ修行でもつけてやろうと思ったのよ」

 これが師匠と、俺との出会い。

 面白そうだと河童仙人の手を取ると、プールの底へ引きずり込まれた。

 尻子玉を抜かれるのかと肝を冷やしていたら、目の前に壮麗な中華の大宮殿が現れた。遠くには水墨画のような山々がそびえていた。

 出会いの日から七年七ヶ月と七日の間、修行の日々を過ごしたのだが……この話は長くなるので、また今度。


 別れの日となり、師匠から餞別を受け取った。

 手渡されたのは、小汚いが趣きもある瓢箪ひとつ。

「たつきの道に迷ったら、瓢箪の口を開けるとよい」

 師匠の言葉が消えてゆき、俺の意識も真っ暗になった。

 目が覚めると、プールサイドの長椅子に、仰向けで寝そべったまま。

 あたりはすっかり、暮れていた。



「――てな話を考えてんですが、短編1本書かせちゃもらえませんか?」

 電話の向こうの担当編集に向けて、企画をぶった。

「また伝奇ですか……もうちょっと若者ウケするネタでやれません?」

 ふうむ、この面白さが分からないとは、教養の無い女史である。

 呆れたようなため息に、受話器の向こうから耳をほじくられた。

「先生、寝言は寝てからにしてくださいよ」

 ブツっと鳴って、電話が切れる。

 ――はあ、やっぱりダメか。

 瓢箪を転がし掴まえて、口に嵌った栓を捻った。

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プールサイド奇譚 まさつき @masatsuki

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