第3話 「アイシテル」
三年後、ブルームで結婚式を挙げたエラは「エラ・オオシマ」になった。彼女は二十四歳、真珠のネックレスは大島からのプレゼントだった。
白人のように荒々しくない日本人との結婚を母親が心から喜んでくれた。
だが、この結婚式も白豪主義の洗礼を浴びて一悶着あった。
結婚式を予定していた教会から、挙式二日前になって唐突に告げられた。
「君たちの式は執り行えない」
「えっ、どうしてですか?」
「何故ですか?」
驚いた二人は急き込んで理由を尋ねた。
牧師は苦渋に満ちた表情を浮かべ、澱みながら言った。
「それは・・・君たちが白人で無いからだ」
「そんな馬鹿な!・・・」
結婚式の招待状は既に発送済み、当日の式次第の印刷物も出来上がっていた。
「もっと詳しく解るように説明して下さい!」
一部の信徒が、白人で無い者が教会を使うことに難色を示して、牧師を脅したと言う。
「もし二人を挙式させれば、投票であんたをこの教会から追い出してやるぞ!」
信徒は殆どが白人で、教会が設立されて以来、白人でない有色人種の結婚式は行われたことが無かった。牧師は驚いたものの、一部有力信徒の脅しに屈服した。
二人は結局、式場を他の教会に変更して、結婚式を挙げざるを得なかった。
「教会内で論争を起こしたくなかった。二人には論争に関係無く、最良の結婚式を挙げて欲しかった」
それが牧師の後日弁であった。
「ほんの一握りの人間が町を代表しているように捉えられるのは心外だ!」
町長はそう言って教会に憤りを表した。が、大島とエラは、真実にこれはほんの一握りの人間だけだろうか、と思った。
人々は表面的には人種に寛容だったが、然し、有色人種に対して教会堂や公共施設などの利用を白人と分離して制限していた。
他の教会でも人種差別のチラシを町中に貼ったことが有った。毎年恒例の牧師会議への参加者を募るチラシの一文に、それは在った。
「すべての白人キリスト教徒は招待されます」と。
主催者は主張した。
「我々は、白人は神が選んだ人種だ、と信じている」と。
「牧師は僕たちの為に立ち上がらなかったし、他の信徒も、知っていても立ち上がってはくれなかった」
「そうよ。皆、自分たちをキリスト教徒と信じているようだけど、彼等は決して信徒なんかじゃないわ」
二人の怒りは収まらなかった。
エラと大島の会話は英語だったが、大島が呟く「アイシテル」だけは日本語だった。
彼は毎日一回エラに囁いた。
「アイシテル」
エラが訊ねた。
「アイシテル、ってどういう意味?」
「アイ・ラブ・ユウの日本語フレーズだよ」
「まあ、良いわね、最高!」
エラは手放しで嬉しがった。
それからエラも事有る毎に大島に言った。
「アイシテル」
二人は何でも話し合って互いを理解し合おうと努めた。
又、大島は、てんぷらや寿司などの日本食をどんどん創ってエラに食させた。
「肉よりも魚の方が健康にずっと良いんだぞ」
彼は常にエラを思いやった。
「私たちは言い争いすらした記憶は無いわ」
「人生は限られている。喧嘩で時間を無駄にしている暇はないさ」
次の更新予定
エンタメ短編「真珠と海と誇りと」 木村 瞭 @ryokimuko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。エンタメ短編「真珠と海と誇りと」の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます