第2話 初めての熱いキス
初めてのランチから半年が経った或る日、大島がエラを誘った。
エラの腕をぐいと引いて大島が連れて行ったのは町の宝石店だった。
彼はアクアマリンの指輪を選び、エラの左手薬指にそれを滑らせた。
「まあ、素敵!」
エラにとって最高に幸せな瞬間だった。
「さあ、これから海を見に行こうよ」
エラが微笑いながら答えた。
「あなたは毎日、海を見ているじゃないの」
「何言っているんだい。僕は海の底に潜っているだけだよ。青い空と白い砂浜の海辺を君と一緒に見たいんだ、僕は」
二人は町の西方約四キロに在るケーブル・ビーチへ出かけた。其処には紺碧の海と真っ白の砂浜が見渡す限り続いていた。
一八八九年にシンガポールとブルームを結ぶ電信用の海底ケーブルがインド洋に敷設され、オーストラリアとイギリスの間が電信で結ばれたが、ブルームの町の近くの長い砂浜に海底ケーブルの陸揚地点が設けられ、その海底ケーブルに因んでこの砂浜がケーブル・ビーチと呼ばれるようになったのである。
澄んだターコイズ色の海、ビーチは長く遠浅で、優しく打ち寄せる波と戯れて、二人は泳ぎ、日の光を浴び、貝殻拾いに興じた。
大島の泳ぎが他の誰よりも群を抜いて長けていたのは当然だったが、エラの泳ぎもなかなかのものだった。
大島が驚きの声を上げた。
「エラ、君の泳ぎは真実に綺麗だね、まるで人魚のようだよ」
「子供の頃から海は大好きだったの。よく此処へも来たわ、家族と一緒に」
それから、エラは大島に、潜りを教えて欲しい、と強請った。が、大島はそれは拒んだ。
「大事な君にもしものことが有ったら取り返しがつかない。海の中は一寸先が闇だ。これだけは駄目だ!」
エラが思いもしなかった強い拒否だった。彼女は改めて自分を思ってくれる大島の真情に心を震わせた。
干潮時には砂浜が鏡のように空や雲を映し、其処に立っていると、自分が海に居るのか空に居るのか解らないような感覚に陥った。
夕暮れには、紺碧の空がピンク、オレンジ、赤、そして、金色に変化し、それが逆さ鏡のように砂浜に映る美しさは、到底、言葉では表せなかった。
「・・・・・」
「・・・・・」
二人は言葉を失ったかのように黙り込んで、暫し絶景に見惚れた。
それから、インド洋に沈む夕陽をラクダの背に揺られてゆっくり眺めた。
「このキャメルライドは僕にとっては将に、異国の体験、ってやつだよ」
ブルームの町の中心部からほど近い、ローバック湾に面したダウン・ビーチでは「月への階段」が見られた。
それは、潮の影響で、水平線にまるで階段のような月の輝きが現れる幻想的な現象だった。
エラが優しく大島に説明した。
「“月への階段”が現れるのは満月の晩だけなの。満月の日とその前後合わせた三日間だけしか“月への階段”は見られないの。だから、満月の日とその翌日には、このダウン・ビーチに、お土産に最適なクラフトや食べ物を売るステアケース・マーケットと呼ばれる夜市が開かれるのよ。どう?お祭りみたいに賑やかでしょう」
「ステアケース・マーケット、ってどういう意味なんだい?」
「さしずめ階段市場と言うところかな」
岩だらけの崖と紺碧の海のローバック・ベイはブルームから僅か六キロしか離れていなかったが、其処では引き潮の時だけ海の中から姿を現す一億三千万年前の恐竜の足跡が見られた。
初めてのキス。
白亜のホテルの中庭で、満天の星空の下、二人は抱擁し合った。顎に触れた彼の手の温かさをエラは終生忘れない。
「僕と一緒になって欲しい」
「でも、あなたはいずれ日本に帰るのでしょう?」
「いや、僕は二度と日本には帰らない。ずうっと君と一緒に居る。約束する、必ず君を幸せにする!」
エラは大島の首に回した腕に力を込めた。再びの熱いキス・・・
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