僕のペットのヘビは異世界でドラゴンになっていた

へびうさ

僕のペットのヘビは異世界でドラゴンになっていた

 ヘビが嫌いな人は多いと思う。

 かつては僕もそうだったので、気持ちはわかる。


 異様に細長い体。冷たいうろこの肌。足がないのにニョロニョロ動く。不気味な顔で何を考えているのかわからない。おまけに毒をもっている奴までいる。

 人間は本能的にヘビを怖れるという説があるが、きっとその通りなのだろう。


 ――と思っていた僕が、ヘビを飼うことになってしまった。



 僕がその日ペットショップに入ったのは、ウサギやフェレット、ハムスターなどのかわいい小動物を見て心をいやしたかったからだ。

 ヘビの売り場まで足を延ばしたのは、ただの気まぐれだった。


 そこにはたくさんのケージが並んでいたが、どのヘビもピクリとも動かず、生きているという感じがしない。

 やはりヘビは苦手だな――と思ったその時、鮮やかな赤とオレンジのまだら模様のヘビに目がとまった。

 体長は1メートルを少し超えるほど。コーンスネークという種類の、1歳のメスだった。


 綺麗だ。

 そう感じてしまった自分が不思議だった。


 目が合った。

 そのつぶらな瞳に一目惚れした。



 そして僕は、半ば衝動的に彼女を飼うことにした。

 店員の説明によれば、コーンスネークはペット用のヘビとしてもっともメジャーな種で、性格もおとなしいらしい。


 とはいえ、やはりヘビだ。犬や猫のようになつくことは期待できない。

 めったに動かないので、回し車をグルングルンと回すハムスターのように、飼い主の目を楽しませてくれることもない。


 スキンシップを喜ぶ動物ではないので、ケージの掃除をするとき以外に体に触れるのは避けたほうがいい。餌をやるのも週に1度だ。

 触れあいを求める人には、物足りないペットだと言える。


 それでも1人暮らしの僕にとっては、会社から帰るとヘビが部屋にいるというだけで、孤独感が解消された。同じ空間にヘビがいるというだけで、たまらなく心が浮き立ってくるのだ。


 僕は彼女にハイドラと名前をつけた。

 部屋にいる時は、たびたびハイドラに話しかけていた。

 ヘビには耳がないので聞こえてはいないのだが、だからこそ何でも話せた。


 特によく話したのは、ファンタジー世界のゲームや小説のことだった。

 中世ヨーロッパ風の街並み。ギルドに集まる冒険者たち。街の外に跋扈ばっこする魔物。それを退治する勇者。


 世界のどこかには山のような巨体のドラゴンがいて、大きな翼で空を飛ぶ。口からは炎のブレスを吐き、すべてを焼き尽くす。

 まあ、そんな話だ。


 僕が一方的にしゃべっているだけだが、それだけで楽しかった。

 そんな生活がずっと続くと思っていた。



 ヘビは脱走の名人だ。

 ふとケージを見ると愛するヘビがいなくなっていて、あわてた経験のある人もいるだろう。


 僕はそんなことにならないよう、充分に気をつけていた。

 にもかかわらず朝起きてケージを確認すると、ハイドラの姿がない。


 陶器のシェルターの中に隠れているのではと思って持ち上げてみたが、もぬけの殻だ。もちろんケージのふたはしっかりと閉まっていた。


 冷たい汗が背中を伝う。

 僕は部屋中をひっくり返してハイドラを探し始めた。


 押し入れの中、タンスの引き出し、屋根裏。いるはずのない畳の下まで探したのに見つからない。ドアも窓も閉まっていて、外に出られるはずがないのに。

 それからの僕は不安にさいなまれ、食事ものどを通らなくなった。


 3日後、ハイドラは何事もなかったかのようにケージに戻っていた。


 広葉樹チップの床材の上でとぐろを巻き、クリっとした目で僕を見つめていた。

 僕は心の底から安堵し、その場にへたりこむ。


「まったく、どこに行ってたんだよ」


 思わず愚痴が口をついて出る。


《ごめんなさい。ご心配をおかけしてしまいましたわね》


 若い女性の声が、頭の中に響いた。

 辺りをキョロキョロ見回すが、もちろん誰もいない。


《私ですわ。思念を飛ばして主様ぬしさまに話しかけていますの》


「ひょっとして……ハイドラか?」


 ケージの中の彼女に問いかけると、また頭の中に声が響く。


《はい、主様のペットのハイドラです。思念で会話をする技術を、異世界で習得しましたの》


「異世界だって!?」


《とても信じられませんわよね。でも本当なのです》


 ハイドラは僕の目を見つめたまま、説明を続けた。


《このシェルターの内部が、なんと別の世界に通じていましたの。その世界に行ってみると、私は体長が10メートルを超える巨大な体になっていました。さらには複数の頭を持ち、口からは炎を吐くことができました。

 主様がよく話してくださった『ドラゴン』という生き物になったのだと思いますわ》


「なんでそんな奇妙なことが起きたんだ?」


《わかりませんわ。でも、そういうこともあるでしょう。主様はいつも、もっと不思議な話を私にしてくれたではありませんか》


 以前からハイドラには僕の言葉が聞こえていて、その内容も理解していたようだ。

 にわかには信じがたいが、こうして思念で会話ができていることは事実だ。信じるしかない。


 それはいいとして僕がショックを受けたのは、彼女がその異世界で人間を食べていたことだ。


《人間は美味しかったですわよ。抵抗する者もいましたが、私はその世界では圧倒的な強さを持っていたので危険はありませんでした》


 自慢げにそんなことを言うので、僕は飼い主として注意しなければならなかった。


「人間なんて食べちゃダメだ。そんな君の姿は想像したくもない」


《だって主様はいつも冷凍マウスしか用意してくれないんですもの。私だってたまには生きた餌を食べたくなりますわ》


「生きた餌を食べたい気持ちは理解できるけど、人間を食べるのはよくない。せめて牛とか豚とかにしてくれ」


《まあ、主様がそう言うのであれば、今後はできるだけ人間を食べないようにいたします》


「今後はって……また異世界に行くつもりなのか?」


《ドラゴンになって好き放題に暴れるのは楽しいのです》


 それを聞いて不安がる僕に対し、彼女は約束した。


《心配ありません。私は主様のペットですもの、必ずここへ帰ってきます。異世界には時々遊びに行くだけですわ》



 それからハイドラは、異世界とケージを行ったり来たりする日々を続けた。

 ある夜、僕がちびちびと日本酒を飲んでいると、彼女も飲ませてほしいと言い出した。


「ヘビに酒を飲ませてもいいのかなあ?」


《大丈夫ですわ。私はかなりいける口ですのよ》


 僕は日本酒の入った皿をケージに入れてやった。

 彼女は舌を出して、ぴちゃぴちゃと旨そうに飲みだした。赤い体が、さらに赤くなっていくような気がする。


《さあ、主様も一緒に飲みましょうよ!》


 彼女は飲むと陽気になるタイプのようだ。


《コーンスネークがやってくるー♪》


 おまけに歌まで歌いだした。

 僕はそんな彼女と向かい合って、一緒に酒を飲んだ。

 酔った彼女は、いつの間にか眠っていた。



 それから数日後の深夜――。


《主様……助けて……!》


 眠っていた僕はハイドラに思念で声をかけられ、目を覚ました。

 助けを求める言葉に驚き、あわててケージに駆け寄る。


「どうしたハイドラ!」


《油断しました……あんなに強い者がいるなんて……》


 ハイドラは床材の上でぐったりと横たわっていた。

 その体には刃物で切られたような深い傷が無数にあり、全身が血だらけになっている。鱗の下の柔らかい組織が見えていて、痛々しい。


「待ってろ、すぐに病院に連れて行ってやるからな!」


 あわててそう言ったものの、ヘビを診てくれる動物病院は非常に少ない。かかりつけの病院があるのは隣の県で、しかも今は深夜だ。

 その病院に電話をしたところ、ありがたいことに、獣医の先生はすぐに連れてこいと言ってくれた。

 しかしどんなに急いでも、車で1時間以上はかかる。


「大丈夫だ、ハイドラ。絶対に助かる。何も心配はいらないよ」


 半ば自分に言い聞かせるように声をかけながら、僕は車を走らせた。彼女からの答えはなかった。



 獣医の先生は30歳ほどの女性だ。彼女はハイドラの傷を見ると眉をひそめた。


「これはひどい。なぜこんなことになったんですか?」

「わかりません。しばらくケージから脱走していて、戻ってきたと思ったらこうなってました」


 嘘は言っていない。


「そうですか……猫にでもやられたのかな?」


 先生はそれ以上追求しようとせず、治療を始めた。

 消毒をしてから軟膏を塗り、抗生物質を注射し、傷口を覆うように全身をテーピングしていく。

 その自信に満ちた態度と手際のよさを見て、僕の心から不安が消えていった。先生が女神に見えてきた。


「幸い、傷は内臓に達していませんでした。今回は大丈夫だと思いますが、2度と脱走させないでくださいね。それが飼い主の責任です」


 先生は治療を終えると、やんわりと注意した。まったくその通りだ。


「はい、肝に銘じます。今日は本当にありがとうございました」


 僕は何度も礼を言ってから、病院をあとにした。



 それからハイドラは通院を繰り返しながら、順調に回復していった。

 もちろん異世界に通じるシェルターは、ケージから取り除いてある。


「それで、一体何があったんだ?」


 先生から完治のお墨付きをもらった後、僕はようやくハイドラを問いただした。


《勇者にやられましたの》


 彼女は僕が注意した後も、時々人間を食べていたらしい。

 そのせいで勇者がやって来て、討伐されたのだという。とどめを刺される前にこちらの世界に逃げることができたのは幸いだった。


《私は人間を食べるべきではなかったのです。主様の言うことに従わなかった私は……バカでした》


「そうだな。でも君が死ななくて良かったよ」


 食べられた異世界の人間には申し訳ないが、僕にとってはハイドラが大事だった。



 それからさらに2ヶ月ほど経ったころ――。


《主様、お願いがありますの》


「なんだ?」


《もう一度異世界に行きたいのです。シェルターをケージに入れてください》


「ダメに決まってるだろ。死にたいのか」


《お願いします。あと一度だけでいいのです》


「何をしに行くんだ?」


 あまりにも必死に頼むので、話だけは聞くことにする。


《異世界の人たちに謝りたいのです。

 あれから私もいろいろと考えました。人間を食べてしまったのは、私の犯した大きな罪です。そのことにようやく気付きましたの。

 このままでは私の気が済みません。許してもらえるとは思いませんが、どうしても遺族の方たちに謝る必要があります》


「ダメだ、また勇者に討伐されるぞ」


《このままでは私は、犬畜生にも劣るケダモノです。今後も主様のペットとして、誇り高いヘビとして生きていくためには、けじめをつける必要があるのです》


 彼女の苦悩が、痛いほど伝わってきた。

 僕も異世界でのことだからといって、目をそむけるべきではないのかもしれない。ペットが犯した罪は、飼い主の責任なのだから。


「条件がある」


《なんでしょうか?》


「絶対に生きて帰ってくるんだ。勇者に殺されそうになったら、迷わず逃げろ」


 ハイドラはうなずいた。



 それから彼女が帰ってくるまでの不安な日々は、とても言葉では言い表せない。

 彼女がいない部屋で一人で食事をするのは、たまらなくつらかった。


 そんなある日の夜――。


《主様、ただいま戻りました》


 思念で語りかけられた僕は、階下への騒音を気にすることも忘れて、ドタドタとケージに駆け寄った。

 そこには、とぐろを巻いて僕をじっと見つめるハイドラの姿があった。けがをしている様子はない。


 そしてケージの中には、1本の剣があった。

 長さは1メートルほど。両刃の直剣で、つばはついていない。あまり切れ味がよさそうには見えないが、どことなく神秘的な輝きを放っている。


「ハイドラ、無事でよかった……本当に」


 剣のことが気になるが、まずは彼女の無事を喜ぶ。


《もちろんですわ。主様との約束ですもの》


「ちゃんと謝れたのか?」


《はい。でも初めは誰もが私を恐がって逃げ出しました。するとまた勇者がやってきたのです》


「勇者が!? それで、大丈夫だったのか?」


《ええ、勇者は話が通じる方でした。私が謝りたいと申し出ると、人々に話を取り次いでくれました。おかげで迷惑をかけた方たちに謝ることができましたの》


「そうなのか」


《その後、勇者と私は酒を酌み交わすほど仲良くなりました。この剣は友情の証として彼にもらったのです》


「ずいぶん気前がいいな」


《私を斬ったときに、尻尾から出てきた剣だそうですの。という名だそうです》


「ブフォッ!」


 ショックで盛大にむせてしまった。

 ひょっとして彼女が行った異世界というのは、中世ヨーロッパ風の世界ではなく……。


《大丈夫ですか、主様?》


「あ、ああ、大丈夫だ。それより聞きたいんだが、ひょっとして異世界での君の姿は、88があったんじゃないのか?」


《まあ! どうしてわかりましたの? そのことは話していませんのに》


 やっぱりか。

 蛇足かもしれないが、もう1つ確認しておこう。


「その勇者の名前を教えてくれるか?」


 ハイドラはなぜそんなことを聞くんだろうと言いたげな目で、僕を見つめて答えた。


《スサノオですわ》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕のペットのヘビは異世界でドラゴンになっていた へびうさ @hebiusa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画