第1話 奇妙な捜索依頼
「それで、そっちの仕事はどんなもんなん? 仲介になった私としては一応ね、気に留めてなくちゃ次回の仕事振るかどうか判断できないんでね。……うんうん、うん……、あっはっは! 仕事が無いよりはいいじゃないか。あの婆さんも考えたね。お祓いついでに住まわせて告知義務まで回避なんて」
静かな事務所に
「やだなやだなやだなぁ、オメェだなんて。お互いリスペクトし合おうじゃないの。それじゃ、あんまり長話しすぎると瞳ちゃんに睨まれるんでまた電話するよ。アデュー!」
くくらが電話を切るのを見計らって瞳は立ち上がり、彼女の元へ未処理の書類を持っていく。
「アデューじゃないですよ、所長」
「瞳ちゃん。肩書で呼ぶのはお客さんが来てる時だけにしておくれよ。せめて下の名前で――」
「何がおくれよですか。遅れてるのはあなたの仕事です!」
言って、書類を机に叩きつけた。
「サインするだけの書類にサインしてないってどういうことですか」
「あーそれか! 道理でどこにも無いなって思ってたんだよ。そっか、他の書類に紛れてたのか」
「紛れてたのか、じゃないです。また向こうから書類不備で文句と一緒に突き返されますよ」
「けどほら、瞳ちゃんがしっかり仕事してくれたおかげで怒られずに済んだ」
「済んでません。私が代わりに怒ります。次忘れたら退職届を出しますからそのおつもりで」
「それは困る! 瞳ちゃんが辞めたら私は首を
喚く所長を無視し、自席で退職届をしたためる瞳。これが既に一度や二度ではないだけに今回ばかりは瞳も本気だった。
烏羽探偵事務所。関東の雑居ビルにひっそりと構える小さな事務所で社員は烏羽くくらと小海串瞳の二名――尤も、一名になるのも時間の問題だが。
その規模の割に仕事の内容は幅広く、浮気調査から人探し、果ては業者の
それを可能にしたのはひとえにくくらの手腕によるものだが、いかんせん、くくらのどうしようもないだらしなさが毎度のようにトラブルを招き、その度にフォローするのが瞳の役目だった。それが原因というわけではないだろうが、最近は電話が鳴らずに閑古鳥が鳴くばかりだ。入り口のドアベルが鳴ることもない。
探偵事務所なんかに飛び込みで来る客なんて十中八九厄介者に違いないが、それでも何も無いよりは良い。
普段鳴る事のないドアベルが勢いよく鳴ったのはその日の午後だ。
「いらっしゃいませ。烏羽探偵事務所へ」
突然の来客に対応したのはくくらだった。
瞳のご機嫌を取るため――だけではないだろうが、普段は着ないジャケットを羽織り身なりを整えてから入口へ向かう。
来客は還暦前後だろうか、ややくたびれた顔の男だ。いかにも小金持ちそうなスーツを身に纏っているがその顔に余裕はなく、くたびれたというよりも憔悴したという言葉が似合う。
「娘を……っ、娘を取り返してもらえませんか?」
開口一番、男はそんなことを言った。
「わかりました。立ち話もなんですし、詳しい話は落ち着いて話しましょうか」
元来人受けのする表情でくくらは男を応接間へエスコートする。その際、男の腰に軽く手を添えてスーツの価値を計るのを忘れない。
「どうぞ」
冷えた麦茶を男とくくらの前にそれぞれ出すと、瞳はすぐに自席へと戻った。応接間とは名ばかりの背の低いラックを間仕切りにしただけのスペースのため、瞳の位置からでも会話は十分聞こえる。そこで会話の内容をまとめつつ、くくらがやらかさないように牽制を入れるのが彼女の仕事だ。
「改めまして、この事務所の所長の烏羽くくらです」
胸ポケットの名刺入れから名刺を取り出し、事務所の所長の部分を強調した上で堂々と相手の前に置く。会話の主導権を握るために強気に出る相手に合わせたテクニックだ。
「まず先にお名前をお伺いしましょうか」
「はい……。天草
「天草さんですね。一分一秒を争うお気持ちはわかりますが、まずは落ち着きましょう」
くくらは柔らかい声でそう告げ、さらっと相手の手に自身の手を添えて安心感を与えつつ、彼の袖に隠れていた腕時計を軽く引き出して確認する。具体的なモデルまでは分からないがハイブランドのそれに違いない。
「まずは麦茶を一口飲んでください。それから、娘さんのお名前をお聞きしましょう」
男――天草十三は、少し震えた手で冷えた麦茶を持ち上げ、ひと口飲むと「娘は、天草杏と言います」と続けた。
「天草杏さんですね。それで、取り返してほしいというのは悪い男に引っかかっているとかそういうことでしょうか?」
「烏羽さんは『真実のアイ』って番組をご存じでしょうか」
「知ってますよ。あのネット配信されてるやつですよね。二次元アバターの出てる」
「そう、それです。それにですね、娘が出演してるんです」
「……ほう」
表情を崩さず落ち着いた風を装って相槌を返したが、内心ではかなり面食らってしまっていた。
そんなにはっきりと出演してると主張されても対応に困る。
何故なら。
「けど、あれって出演者の素性は一切不明ですよね?」
バーチャル恋愛リアリティショー真実のアイ。
スターリーウィズダム社が運営を行う最大同時接続数80万人を超える大人気バーチャルライブ配信。だがそんな肩書はどうでもいい。
重要なのはその出演者に関する情報の一切が漏れていないことだ。出演者の親族友人を名乗る者が表れては度々信憑性の薄い情報を流していくことはあるが、それが出演者に直結したことは一度も無く、SNSが発達したこのご時世にそれがどれほど異常な事か想像するに難くない。
配信サイトに記載されている「プライバシー及び出演者の心身の健康については常に細心の注意を払っています」の文言がこれほど額面通りと思わされるなんて、そうあるものではない。
それ故に、この話は話半分で聞かざるを得ない。
は大して金を引っ張れそうもない案件にくくらは内心で悪態をつきつつ「どうしてそう思われたのですか?」と尋ねた。
「出演者の一人がですね、私の娘と同じ癖を持ってるんです」
ハイ終わり。もうこの話はやめやめ。
くくらは瞳に目配せするが瞳は笑顔でひとこと「やれ」と視線で答えた。
こうなってしまっては帰すに帰せない。ここで機嫌彼女の損ねても得る物は彼女の退職届一枚しかない。
「癖ですか……。ですがそれだけの情報だと私も動けないんですが、順を追って説明していただけますか?」
「はい。もう半年前になりますかね、杏が仕事を辞めて実家に帰ってきたのは。その頃の杏は父親の私が言うのもあれなんですが、今にも自殺するんじゃないかって思うくらいに暗い雰囲気でして。普段の杏はもっと元気で優しい子だったんですがね、職場で酷いパワハラに遭ってたみたいなんです」
「その事を労基署の方には?」
「無論娘の大事ですから伝えました。ですが証拠が無いから動けないと返されまして……。なので、我々親として出来るのは少しでも彼女の気持ちが楽になるようにと……、そう思って接してきたんですが……」
「ある日、失踪されたんですね?」
「ええ。もう一度一人暮らしを始めると言って家を出てしまいまして」
「それはいつ頃のことでしょう」
「ちょうど三カ月前ですね。たった三カ月で立ち直るなんて、なんて気丈な子なんだろうと思ってたんですが、それが失敗でした」
懺悔するような面持ちで十三は言葉を繋げていく。
「最初のうちは連絡も取れてたんですが、一カ月もすると電話も何も通じなくなって」
「彼女の新居には行かれました?」
「それが住所を聞いてなくてですね……。せっかく立ち直ったところにどこに住むんだ仕事は何だなんて口うるさく言って気を悪く――いえ、嫌われたくないって親のエゴですね。例えそれが世間に胸を張れない様な水商売だって私は構わないんです。警察のご厄介になる様な事さえしなければ。はは、これも親のエゴですかね……」
沈痛な笑みを浮かべ、十三はコップを口元へ傾ける。
その様子をまじまじと見つめながら、くくらは頭の中で結論をはじき出す。
大方、娘の失踪で精神が参ってるところにバーチャルキャラクターに救いを見出した。そんなところだろう。つまりは普通の失踪案件で配信番組は何の関係も無い。
「おおよその事情はわかりました。それで『真実のアイ』と繋がったのはどうして?」
結論が出てしまえば後は世間話をしつつなるべくおいしい条件になるように誘導するだけだ。くくらは調査の算段を付けながら適当に話を振る。
「帰ってきた娘がパソコンで見てたんですよ」
十三は軽く笑って答える。
「四六時中誰かと一緒にいる気分になるから気持ちが楽なんだとか。その気持ち私にはまるでわかりませんでしたが、これも娘と話題の共有をと思って見てたんですが、若い子の文化と言うのはどうもちんぷんかんぷんで」
「私もそうですよ。多分娘さんと同世代くらいだと思うんですけど、なにが面白いんだか」
「ですよねえ。ですがまあ、娘が楽しそうにしているならそれでいいかと、思っていたんですが」
手元のコップをぎゅっと握り締めながら言葉を続ける。その様子にくくらは適度な同情を混ぜた視線を送りつつ、話を締めに進める。
「あんまりご自身を責めないでください。何ももう会えないと決まったわけじゃないんですから。まずはそうですね、杏さんの足取りを辿るために杏さんの使用していたパソコンを確認することはできますか?」
「それじゃあ引き受けてくれるんですね!?」
それまで暗かった十三の眼に光が宿り、テーブルに前のめりになる。
「まだ『真実のアイ』に出演していると確定したわけじゃありませんので、現時点では通常の捜索依頼という形で処理しますが、今後の調査次第では運営会社へ調査に乗り込むことも考えられます。それで構いませんか?」
「もちろんです!」
「わかりました。調査にあたって杏さんのお部屋に入ることはできますか? 見落とした情報がひょっとしたらそこにあるかもしれません」
「それは構いません。あ、でもパソコンにはパスワードがかかってるかも」
「それならこちらで対処しますのでご安心を。では、正式な依頼契約を結ぶための書類を作成しますので、少々お待ちください」
くくらは瞳に目配せを送り、瞳は無言で書類の準備に取りかかった。タイピングの音が響く中、くくらは雑談がてら尋ねる。
「ちなみに娘さんはどんな癖をお持ちなんですか? アバターってそんなに詳細な動きはしないじゃないですか」
「こう胸の前で手を合わせてですね『まあ、なんとかなるってね』って言うんですよ。子供の頃なにかで読んだマンガのキャラクターの仕草が気に入ったみたいでして」
それなら他人の空似の可能性が高いじゃないか。
十三を除く二人はそう思ったがおくびにも出さなかった。気恥ずかしそうに娘の仕草を真似る父親にそんなことは言えない。曲がりなりにも探偵事務所で働くプロである。
「わかりました。その情報も念頭に置いて調査を進めます。娘さんが無事だという希望を持っていてください」
「ありがとうございます……!」
天草は深々と頭を下げ、その場の空気が一瞬だけ安堵に包まれた。
依頼主を見送った後、くくらは椅子に深く腰を下ろし麦茶の残りを飲み干すと、大きな溜息を吐いた。
「さて、瞳ちゃん。どう思う?」
「悔い改めてください」
「あれ、そんな話だっけ?」
「頭でそろばん弾いて依頼料いくら取れるか計算してましたよね
? こっちから見ててもあからさま過ぎてドン引きです」
「いや、それは経営する人間として当然の行為だよ。それはさておきだけど、スターリーウィズダム社に喧嘩を売る気は――」
「ありません」
「だよねぇ……」
瞳の間髪を入れない返事にもう一度大きな溜息を吐く。
通常の人探しはすると言質を取った手前、それ以上の仕事をしなくても契約には何の問題もないが、それだと実入りはどうしたって少なくなくなる。
それを避けるには結果がどうであれ『真実のアイ』について調査をしたという実績が欲しいのだが、失敗すれば低くない損失が出るのは目に見えている。向こうに手を出すにしたって、それなりの下地が無ければ部の悪い賭けにもならない。
「飛び込み客の依頼が珍しく普通の依頼だったと思って喜んでください」
「そんな失礼な事は言うものじゃないよ。お客様は神様なんだから」
「知ってますよ」
瞳は開いたコップを片付けながら言った。
「貧乏神と福の神でしょう?」
小海串瞳と恋する電気脳 ~VR恋愛リアリティショー『真実のアイ』のその真実~ ナインバード亜郎 @9bird
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