メアリーSIDE
「ああそうだ、メアリー。ここで一旦僕らはお別れしようか。理由? ただの思い付きだよ。あの島には当面近付けそうもないし、僕は僕で次の研究の準備もしなくちゃいけない。となると君と一緒に行動すると不都合が出てしまう。もちろんメアリー、君の新しい身体の準備だっているからね。だからメアリー、もしその身体が危なくなったら僕を探してくれないか?」
メアリーは夢を見ない。
そもそも睡眠を必要としない彼女にとって、夢とは誰かが語る物であって、脳と肉体を休める間に見るものではない。言葉として、現象として知っているだけで、経験したことは一度も無かったし大して興味も無かった。
だからこの言葉は夢ではなく、彼女が記憶から要として掘り起こした約束である。
「やあ外人さん。ケヘヘエ、今朝も早いねェ」
歯の欠けたみすぼらしい男に挨拶をされ、メアリーは「オハヨウゴザイマス」と片言の日本語で返した。
メアリーは日が出てきたからこうして出歩いているだけで、別に眠っていたわけではないのだが、些末な事なので適当にやり過ごす。向こうだってわざわざそんなことを知りたくて挨拶をしたわけではあるまい。我々は仲間だという、本能に近い情動で確認したに過ぎないのだから。無視をして事を荒立てる必要も無い。
日が昇ったら服を脱いで目の前の川で身体を濡らし、汚れを落として水気を拭き取り最後に着替える。それからゆっくりと身体を動かして、身体に異常がないか確認を取る。ホームレスとなってからのメアリーの日常である。
それ以前の生活であれば定期的に身体をメンテナンスしてくれる主人がいたし、それ以前に綺麗なバスルームもあったのでこんなことをする必要はなかったのだが、諸般の事情により主人共々失ってしまい今に至る。
その事に対して恨みやそう言ったものは特に持ち合わせてはいない。
そもそもそう言った感情をメアリーは持ち合わせていない。
彼女にあるのは生存欲求と主人に対する忠誠心だけだ。その主人にしたって彼の思い付きで一時的に離れて生活しているだけで、本当に失った訳ではない。なので特に現状に対して思うところは無かった。
今日この日までは。
「――あ」
この日、メアリーは生涯で初めて――それは彼女に命があると定義するならだが――自分の事で声を漏らした。
腕の肉が剥がれ落ちる感覚があった。
幸い皮は剥がれていないので、放っておけばその内くっつくかもしれないが、今日まで無かった異常事態に流石のメアリーも焦りを禁じ得ない。
このままではまずい。
その内に全身が崩れ落ちてしまう。
その前に主人を探さなくては。
メアリーは自身の寝床に隠してある現金を確認する。7万円3千円と少しの小銭だけがあった。いざという時のため、たまの日雇いバイトで貯めておいた金だが、この金で主人を探せるかどうか。
はっきり言って心許ない。
かといって、今から日雇いバイトに参加しようにも肉体がどこまで持つかも不明だし目標金額を貯めるには時間がかかりすぎる。
メアリーはその頭脳で思考する。
主人はどこにいる。どこを探せば出会える。どうやってその場所に見当を付ける。見当を付ける材料は。見当を付ける方法は。見当を付ける方法を入手する術は。その情報は。情報源を。必要な時間を。寿命から逆算する選択肢を。
思考を終わらせるとまた少し、肉の剥がれる感じがした。
どうやら本当に時間が無いらしい。
メアリーは金の入った封筒をズボンに無造作に捻じり込んで、もう戻ることはないだろう住処を後にした。
遅ればせながら、彼女の紹介をしよう。
彼女の名はメアリー。
不老不死を研究する過程で偶然にも生まれてしまったロボットの様な人造人間である。
主人の名は
自身の欲望を満たすためなら生命をその尊厳から否定するような人体実験すらも嬉々として行う、史上最低の医師である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます