第10話

「まずお前には地獄を見て貰う」


 開口一番、学園長は前置きもなしにそんな事を告げて来た。


「あ、いや。違う」


 どうやら違ったらしい。


「えーっと、その。うーん、良い表現が見当たらないのぉ」


 見当たらないらしい。


「……とにかく、お前には地獄を見て貰う!」

「えぇ……」


 とにかく、地獄を見せられる事になった。

 なにそれ怖い。


「と言う訳でこれからお前に訓練をして貰う訳じゃが。私が直々にする訳ではない。なにせ、私は力加減というのが苦手だからのぉ」

「学園長でもですか」

「学園長なのにじゃ。数百年単位で生きているが、力加減をする機会ってなかなかなくてのぅ。そんでもって直々に稽古をするって事も今までなかった。なかったから、相変わらず苦手なままって事じゃ」

「なるほど――それじゃあ、どんな事をするんですか? 間接的に地獄を見せられるって、正直怖いんですが」

「それはのう、これを使う」


 そう言った学園長はおもむろに空中に手を伸ばし何かを掴む動作をした。

 すると、彼女の手の中には一枚の正方形をした板が収まっていた。

 盤面は白と黒、モノクロが交互に並んでいる。

 これは――


「チェス盤?」

「そう、チェス盤じゃ」

「……今からチェスをしろと?」

「いや、違う」


 違うらしかった。

 学園長はそのチェス盤を左右に揺らしながら「これは、『遊戯板』と呼ばれる霊装じゃ」

「霊装? 遊戯板?」

「ちなみに霊装とは魔力を用いずに何らかの手段でエネルギーを得、超常的な現象を引き起こす事の出来る物体の事じゃ。そしてこの『遊戯板」は」


 中に一つの世界が形成されておるのじゃ。

 学園長は言う。


「世界?」

「そう、世界じゃ――正確に言うと世界という表現はちと大げさな気もするが。まあ、そう言う認識をして貰ってくれて構わんぞ?」

「……もしかして、その世界に行け、と?」

「流石のお前もそれくらいは分かるか」

「それで、そこでどのような事をしてくればいいのですか? なにかを倒す、とか?」

「それは、その世界に行けば自ずと分かるじゃろう」


 では、さっそく始めるぞぃ。

 そう学園長が宣言した刹那、チェス盤が光を放ち始める。

 眩い光。

 そして謎の引力を感じた。


「え、は?」


 引力はどんどん大きくなっていき、俺は立っている事すら儘ならなくなる。

 否。

 思い切り身体が持ち上がり、まるで吸い込まれるようにチェス盤の方へとすっ飛んでいく。

 危ない――!

 チェス盤にぶつかる!

 そう思い衝撃を覚悟し目を閉じる。

 しかしいつまでたっても衝撃がやって来ない。

 俺は恐る恐る目を見開き――そして驚く事となった。


「……ここは」


 目の前に広がっていたのは、どこか寂れた雰囲気をしている村だった。


「ようこそ、アルセルの村へ!」


 唐突に村の方から現れた少女。

 ボロボロな衣服――というより、素材が荒くてそう見えているだけか。

 なんて言うか全体的に古めかしい格好をしているその少女は「私の名前はフローラ」と名乗る。

 いきなり古き良きRPGの村人Aみたいな言葉を吐かれた俺は驚きつつも「ど、どうも」と挨拶を返した。


「え、えっと。俺の名前はジョン。よろしく」

「ジョンさんですね、はい。それで、ジョンさんはどうしてアルセルへ?」

「それは――」


 分からない。

 遊戯板に吸い込まれて、気づけばこんな場所に来ていた。

 恐らく、ここは遊戯板の中の世界。

 まさか人がいるとは思ってもみなかった。

 NPC、と表現するべきなのだろうか?

 もしくはチェス盤の駒とも言えるかもしれない。

 なんにせよ、あまりにもリアルで人らしさが溢れている仕草。

 作り物とは到底思えないし、俺も彼女を普通の人間として扱うべきだろう。

 下手に変な対応をして、これからの行動に支障をきたすような事があってはならない。

 しかし――


「……」


 これから、俺は一体何をすればいいのだろう。

 なんの説明もなしにこの世界へと送り込まれたのだ、俺は。

 なんの指針もなければ目標もない。

 強いて言うならばこの世界からの脱出。

 しかしそれも今のところ手がかり一つないって感じだしなぁ……


「ジョンさん?」

「えーっと、さいとしーいんぐ、だよ」


 迷った末、俺はとりあえずそう答える事にした。


「観光、だよ観光」

「観光? このご時世に?」

「……このご時世?」


 どうやらこの世界にもちゃんと時代風景と言うか時代設定というものがあるらしい。

 

「今は魔王軍が人類の国に進軍していて、王都近くのこの村もいつ危険がやって来るかも分からない状況なのに、観光だなんてジョンさん、もしかして」

「も、もしかして……?」

「吟遊詩人でいらっしゃる!?」

「いや、違います」


 後々面倒事に繋がりそうなので、ここはびしっと否定しておく事にする。

 その返答を聞き、フローラさんはあからさまに残念そうな表情をして「そうですかぁ」と肩を落とす。


「アリス、吟遊詩人からの話を聞きたいって言ってたから、もし吟遊詩人が現れたなら凄く喜ぶかなって」

「それはなんていうか、すいません」

「いえいえ、勝手にこちらがぬか喜びしただけですし、そもそもアリスはこの村にはもういませんので」

「……?」


 少し、曖昧な笑みを浮かべるフローラさんの様子に俺は少し違和感を覚える。

 アリス。

 この村にはもういない存在、らしい。

 その表現だと、なんだか嫌な想像をしてしまう。


「とにかく! こんなところで立ち話はなんですし、村の方へと移動しましょう!」


 無理くり元気を振り絞ったような感じでフローラさんは声を上げ、そして俺の手を取り引っ張る。

 つんのめるような形で俺は前へと踏み出し、そしてそのまま彼女に引かれるまま、村の方へと足を踏み入れる事になる――

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えっちなゲームの最低勇者に転生したけど、世界を救うのに忙しくてそれどころじゃない カラスバ @nodoguro

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