あまいろの髪の乙女たち③
3
「絢、きょうこれから暇?」
夏休み明けのテストで疲労困憊の金曜の放課後。荷物をまとめていると、美帆がわたしの席にやってきた。手にはいまわしきスマホが握られており、なんとなく嫌な予感がして口が重くなる。
「特に予定ないけど」
「私とボウリングしに行かない?」
わたしは首をかしげた。「なんでまた、ボウリング?」
「あーその……」と美帆が視線を上に外した。「この前、バイトの人と連絡取ってるって話したでしょ? 何度も遊びに誘われてて、断ってるんだけど、あきらめてもらえなくてさ」
「相手、男?」
「ううん。藤ヶ丘(ふじがおか)女子の三年」
てっきり男かと思っていたので不意打ちのボディーブローを決められた。藤ヶ丘女子かぁ。あそこの制服が着たくて進学する人も多いところだ。荒れてるわけじゃないけど、派手な感じの人が多い印象。
男なら気が進まなかったけれど、まあ女子なら別にいいかと思ったわたしは、美帆の誘いを受けることにした。断ったら美帆がひとりで相手をすることになるし、美帆もそれが嫌だからわたしを誘ったんだと思う。頼られているみたいで悪い気はしないというか、むしろうれしい。
わたしたちは学校をあとにして、電車ですこし離れたところにあるアミューズメント施設へ向かった。ボウリング以外にもカラオケだったり、クレーンゲームなどのゲームセンターも内包しているところだ。
「香奈(かな)さん、お久しぶりです」
「ん? やー、久しぶり!」
到着して、美帆が受付近くの椅子に坐っていた人に話しかけた。セミロングくらいの髪はうしろでまとめ、全体的に軽くパーマがかかっている。サックスブルーのブラウスに緩めに落としたリボン、スカートは紺色ベースにグレーとワインレッドが混ざった『藤ヶ丘タータン』だ。生ではじめて見た。
「あ、こっちが前に話した友達の絢です」
紹介されたのでぺこりと礼をした。すると香奈さん(わたしがこう呼んでもいいかはわからないけれど)は、わたしを見て端正な顔を崩し、にやぁ~といやらしい笑みを浮かべた。
「ああ、例の。美帆からいろいろと話は聞いてる」
「はあ」
「じゃあさっそくやろ。ああ、きょうはあたしが持つから、お金は気にしなくていいよ」
「いや、悪いです。私もちゃんとだしますよー」
「いいのいいの。誘ったのはあたしだから」と香奈さんが手を振りながら云った。「いいからほら、この用紙に名前書いてて。あたしちょいトイレ」
メンバー用紙を渡され、香奈さんが離れていった。
別に悪い人ではなさそう。美帆は気を使って接しているみたいだけれど、バイトで知り合った人だし、仕方ないよね。
腕に乳酸が溜まってきた七順目。投げるペースがはやいので、わたしたちは休憩を挟むことにした。香奈さんはポカリをおごってくれて、飛び入りなのになんだか悪いなと思いながら、ちびちびと飲んだ。
ここのボウリング場はモニターが壁のようになっていて、となりのレーンにいる人が見えないようになっている。美帆が中心で、左にわたし、右に香奈さんで横並びになりながら話をした。
なんでボウリングになったのか疑問だったので訊ねると、美帆は最初近場のカラオケを選んだけど、香奈さんが音痴だから嫌でボウリングになったらしい。
「髪、きれいにまとまってるね」
「はい。香奈さんが教えてくれた美容室、とてもいい感じでした」
「落ち着いてていいよねあそこ。ほんとはうちでやってあげたかったけど、失敗したとき気まずいからさー」
「あ、香奈さんは家が美容室やってて」と美帆がこちらを向きながら云った。「来年から美容師の専門に行くんだって」
「そうなんだ」
「そ。だからまわりと空気合わなくてさ。友達みんな受験勉強やってるから、遊びに誘えねーの」
「だからって、わたしを毎日のように誘わないでください」
「あははっ、ごめんごめん。なんか美帆って誘いやすいから、つい連絡しちゃうんだよね」
なんだか良い雰囲気。会話に入りこむ隙がない。というより、こういうときに黙っちゃうわたしの悪い癖がでてしまってる。
そんなわたしのようすを察したのか、香奈さんがこちらをのぞきこむように顔を向けてきて、やわらかくほほえんだ。その笑みに一瞬どきっとしてしまったわたしは、目線をそらしてポカリを口に含む。
「こうして並んでいると姉妹みたいだね。美帆が真似したくなるのもわかる気がする。クセ毛だけど、いい感じにまとまっててかわいいし」
かわいいとか云われ慣れてないからむず痒い。お尻の位置をなおして足をぶらぶらさせながら「いや、かわいくないんで」と否定した。感じ悪く聞こえたかな。こういうのってお世辞だし、変に真に受けるとなにこいつって思われるかもしれないから、対応がむずかしい。
香奈さんが足を組みなおした。「他人にとってはかわいいんだよ。ね、美帆?」
「いや、それ、云わなくていいですから……」
声が変わった気がして顔を向けると、美帆がうつむいていた。緩くうねった髪が流れ、カーテンで閉じたように顔が隠れてしまっていた。
「あ、ごめん、これ知らない感じ?」
「だって……、気持ち悪いと思われるかもしれないじゃないですか……」
「あーごめん、知ってるんだと思ってた……」
え、あ、れ。なんかすごい空気になってる。
それでえ、と、あれ、いろいろとこんがらがってきた。簡単にまとめると、美帆が髪型を変えたのはわたしの真似をしたからで、それを教えてくれなかったのは、気持ち悪いと思われるかもしれなかったから?
美帆の気持ちに気づいたら、いままで考えてきたことがバカみたいに思えて、急に恥ずかしくなってきた。心臓がばくばくと鳴り、そわそわと落ち着かなくなった足を絡ませる。
なにか云わなきゃと思うけど、気の効いた言葉がでてこない。「き、キモクナイヨ!」とか、あからさまだと美帆に気を使ってると思われるし。
美帆には気を使ってると思われたくない。それがわたしたちの関係だし、それを崩したら、いままでのわたしたちでいられなくなる。
「な、投げてきますっ!」
この空気を払拭するために、立ち上がってボールの穴に指を入れた。重さが腕にずしっとかかって、つるつるのレーンへ思いっきり投げる。指から離れたボールはごとんと鈍い音を立ててから進んでいくと、脇へどんどんそれて溝へ落ちた。
……慣れないことはするものじゃない。ストライクを取って空気を変えたかったのに、これじゃ振り返るだけで気まずいじゃん。
次の更新予定
2024年12月12日 23:22
短編集と自由帳 織井 @oriiaiiro
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