あまいろの髪の乙女たち②
2
嫌な予感は始業式からうっすらと感じていた。確証がなかったけれど、やっぱりそれは間違っていなかったんだと、あれから一週間が経って、いまさらながら思いだす。
登下校中も、美帆はスマホを触ってる。
ラインのやりとりをしているのは手つきでわかるけれど、その相手がだれなのかは検討がつかない。となりにわたしがいるのに、姿が見えない相手に心を寄せているようで、なんかちょっとだけもやっとした。
美帆といっしょにいてたのしいけれど、たまにぼんやりと影が差す。夏休み前といまの美帆を比較して、仕草のひとつひとつを比べているのが、自分でもすごく嫌だった。
心の持ちようで人を見る目がこんなに変わってしまうのははじめてで、それはわたしが美帆を好きだからなのかもとかいろいろ考えるとうわぁーってなる。
わたしの好きだった美帆はもういないのかなーとか思ったりもしたけれど、でも美帆は美帆だし本当に好きなら変わっても好きでありつづけるべきだとか、うねうねうねうねと考えて結局わけわかんなくなって考えるのをやめる。
アスファルトが日光を照り返す。周囲には駅を目指す人達が連なり、そのなかに男女がとなり合っている姿が見え、この暑いなかよくもまあ手なんか繋いでられるなぁとか思って鼻で笑ってやった。
「九月って、こんな暑かったぁ?」
「今年は特に暑いから、そう感じるのかも」
「夏休みを延長すべきだと思うのは私だけだす?」
わたしはこくこくとうなずいた。「だすだす」
「だよねー。このなか通学させるとかありえなーい」と美帆がスマホをポケットにしまった。「あーもー、あっついー。お、ちょうどコンビニ発見。避難じゃ避難」
暑さのせいか美帆のノリがちょっとおかしいけれど、自由な感じでいてくれるのを嬉しく思いながらコンビニへ向かった。
自動ドアが開いて入店すると、レジにいた店員さんが「まっせー」と、どんだけ省略してんだよってつっこみたくなるほどのあいさつをしてくる。いやまあ、人の出入りが激しいコンビニなら、適当になるのもわからなくはないけれど。
わたしたちはまっすぐアイスコーナーへ。レジの近くにあるアイスケースのなかには色とりどりのアイスが揃っていて、どれにしようか迷う。
基本的に値段と美味しさは比例していて、その最たるものは端にあるハーゲンダッツ。美味しくて満足できるのはわかるんだけど、財布に深刻なダメージを与えてくるのがなぁ。
「絢(あや)はどれにする?」
「んー、迷う。美帆は?」
「私はこれ」
美帆は迷いなくクリスピーのハーゲンダッツを取りだした。
「……美味しいけど、高くない?」
「バイト代、残ってるから」
「こういうところで貧富の差がでるね」
「もしだったらおごろうか?」
「んー、いい。わたしはこっちにする」
百円ちょっとのジャンボモナカを手に取る。リーズナブルかつボリュームもあり、なおかつアイスキャンディーのように溶けて汚れないところが高ポイント。クリーニングしたばかりの制服を汚したらお母さんになに云われるかわかんないし。
断っちゃって悪かったかなとも思ったけれど、美帆にはどうしてもおごられたくなかった。一度でもそれにあまんじたら美帆と対等じゃなくなっちゃう気がして。変にこだわってるだけなんだけど、そういう線引きが、わたしはけっこう大事だと思っている。美帆が好きだから、なおさら。
「やっぱねー。そう云うだろうなって思った」
「空気読めてない?」
「絢は空気読み子さんじゃないでしょー」
わたしは空気を読むとか、そういうあれこれが正直苦手だ。入学して半年ほどが経ったけれど、いまだに友達らしい友達が美帆だけなのもそれが関係していると思う。一対一なら普通に話せるんだけど、複数人のときにわたしが話すと場がしらけるかもとか、そういうのを考えると、じゃ話さなくていっかってなっちゃって。
レジで会計を済ませて外にでた。
アイスの袋を開けて一口かじる。表面のコーン生地がはじけてミルクアイスと混ざると、なんとも云えない絶妙な食感になって、最初のぱりっと感を求めて口がふたたび動きだす。ブロックを右、左、真ん中と、順番に。
駅に向かう。食べているあいだはどちらも口がとまって無言になった。ちらりと美帆のようすをうかがうと、アイスを片手にまたスマホをいじっていた。
「なに味買ったの?」とわたしは注意をそらせるように話しかけた。
「ストロベリーラズベリー」と美帆がアイスを向けてきた。「食べる?」
かじられた楕円形のアイスには美帆の歯型が浮かんでいて、わたしはそこに唇を当てたいなぁとか邪な考えを抱きながらちょっと出っ張った部分を食べた。
「むぁ」
「どーいう反応それ」
美味い。シンプルに美味い。酸味のあるストロベリーと、あとから追いかけるようにラズベリーがやってきて幸せを運んでくる。うすいウエハース生地との相性も抜群で、表面を覆っているチョコレートコーティングがまた素晴らしい。すこし高くても買ってしまう人の気持ちが一口食べただけでわかる味だった。
「わたしのもいる?」
「もらうもらう」
差しだしたら、美帆が大きな口を開けてかぶりついた。
「あーっ! あーっ! あーっ!」
美帆がさらに噛み締めると、ばりばりって音が鳴って大きな歯形がついた。
「一口でかい! あと、ジャンボはふつう端から食べる!」
「へー? ひゃんほはふふうまんなは、」
「なに云ってるかわかんない!」
美帆がごっくんしてから口を開いた。「ジャンボは真ん中、右、左の順番じゃない?」
「そうすると、最後の一列食べにくくなる」
「最後は一口でしょ」
「そんなに口大きくない」
「嘘つけー」
わたしたちは身体をぶつけてじゃれあいながら通学路を進んでいたら、美帆が「あ、ちょっとごめん」と、スマホを耳に当てた。
「はい、もしもし。……ええと、いまは学校帰りです」
しゃべりながら通学路を歩き進め、わたしはその横を黙ってついていった。
「そういうのはちょっと――いまは友達といっしょなので、すみませんけど、またの機会で。はい、はい、すみませーん」
美帆は電話を切ってスマホをポケットにおさめた。一仕事終えた感じで息を吐くと、特になにもなかったかのようにアイスを一口かじった。相手はだれだったのだろう。
「……いいの?」
「んー?」
「電話。誘われてる感じだったけど」
「ああ、いいのいいの」と美帆はあっけらかんとした態度で云った。「バイトの人だから」
「バイトって、短期で辞めたんじゃなかった?」
「そうなんだけど、ライン交換したらちょくちょく連絡きてさ。無視するのがいちばんなんだろうけど、そうするといまみたいに電話かかってくるし」
「めんどくさいね」
「ほんとだよ」と美帆が溜息をついた。「絢といるのがいちばん楽」
肩の力が抜けて、足どりが軽くなった。
「わたしも、美帆といると楽」
もうスマホに触らせたくなくて、美帆の手を取る。しっとりと湿った手のひらはひんやりとしていて気持ち良かった。
指を絡ませると「なにもー」とにぎにぎ握り返してくる。
陽炎でぼやける通学路を手をつなぎながら並んで歩く。カップルさんたち、バカにしてごめんなさい。どれだけ暑くても、好きな人とは手を握りたくなるものですね。
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