短編集と自由帳
織井
短編
あまいろの髪の乙女たち(全四話)
あまいろの髪の乙女たち①
1
生まれたときからねじれてた。嫌いだった、自分の髪が。
だから美帆(みほ)の髪に憧れを抱いたのは、自分にないものを持っていて、うらやましいなと感じたからで。
ないものねだりをしているのは自分でもわかっていて、直毛とくせ毛で優劣を決めるのもおかしな話だけれど、自分が劣っているように感じてしまうのは、髪といっしょでわたしの性格が少々ねじれているからなのかもしれない。
そんなわたしだから、いま目の前にいる美帆にむかむかしてしまうのだろう。
どこかのシャンプーのCMに抜擢されてもおかしくないほどきれいな髪だったにもかかわらず、それを平気で変えてしまう彼女の気持ちがわからなくて。
「ねー、きょうどうしたの?」
「なにが?」
「朝からずっと機嫌悪そうじゃん」
「……別に。暑いから」
「ふーん。じゃ、場所変わる? こっち涼しいよ」
「だいじょうぶ」
むしろ空調が効きすぎていてちょっぴり寒い。朝からずっとこんな態度でいるわたしに、やさしく接してくれる美帆の心遣いが身に沁みた。
ストローで底に残っていたコーヒーを吸い上げる。駅の近くのコーヒー店は昼間なのにがやがやと賑わい、座席にはパソコンを開いたサラリーマンなどがいて、ソファ席からは主婦っぽいひとたちのおしゃべりが聞こえてくる。
テーブルにおいてあったスマホの振動が響いた。
美帆がスマホを手に取る。背面を支える四本の指は白くて細長く、ついつい目がいってしまう。
「夏休み、終わったね」とわたしはわざと声をかけた。
美帆がスマホをいじりながら云った。「ねー。もう学校はじまるのって感じー」
「美帆はバイトしてたから、余計にそう感じるんじゃない?」
「それはある。でもま、これのためでもあったし」
美帆が髪を指に巻きつけた。ゆるやかにウェーブした毛先が絡まり、それをたのしんでいるようにくるくるといじりながら目元を緩ませる。
それを見て、なんだか悔しくなった。あの指に撫でられていたのはこの前までわたしだったのにと、嫉妬の念がじわじわとわいてくる。髪に嫉妬してどーするんだって感じだけど。
「パーマ、かけたんだ」
「それきょう何回目?」と美帆が笑いながら云った。「一度してみたかったって説明したのに、まだ納得してくれない?」
「わたしは、美帆のまっすぐな髪が好きだったから」
「ありがと。でもねー、あれはあれで大変なんだー。手入れとかしっかりやらないと痛んで汚く見えるし。パーマは一度かければ、自然といい感じになってくれるから楽だよね」
「そうかもね」
そんな気軽な理由でわたしの憧れの髪を変えないでほしい。けどそれはわたしの勝手な都合だから、美帆に伝えるのは間違っている気がする。でもどこにもぶつけられないもやもやが溜まって、なんかこう、いらいらする。
わたしは美帆の髪が好きで、それを維持している美帆のことも好きだった。
美帆は見た目だけじゃなく自分自身を磨いている感じがして、まわりの子とはすこし違う感じがした。上手く云えないけれど、料理でたとえるなら自然の味で勝負してるみたいな、そんなところにわたしは惹かれていた。
だけどそれはわたしが勝手に思い描いていたイメージにすぎなくて、美帆にとっては『邪魔』の一言でばっさり切り落とすこともできたほど、髪へのこだわりはなかったのかもしれない。
わたしは、美帆が変わってしまったことにもいらいらしているのかな。美帆がいつもの美帆じゃなくなって、その変化についていけないから。……あーもう、自分勝手な理由で腹を立てて、ほんとにわたしは。
「ぬぁぅわー」
髪をぐしゃぐしゃしてテーブルとにらめっこ。うねった前髪が睫毛にちろちろとあたってうざったい。
「いきなりどうしたのもー」
美帆が腕を伸ばして丁寧にわたしの髪を梳く。するりするりと、慣れた手つきで絡まった髪をほどいてまとめていった。荒んだ心が髪といっしょに落ち着いていくのを感じて、わたしは照れ隠しにストローを啜る。ふしゅーと音が鳴った。
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