低レベルな村娘が魔王のHPを1にした話

餅雅

異世界転生しました。

 双海 渚は彼氏の家に行く途中、公園でボール遊びをしている子供を見かけた。桃色のボールが大きく青空に弧を描き、公園の植木を飛び越えた。公園の直ぐ目の前は大通りだった。ボールを追いかけて飛び出した子供に無意識に手を伸ばしたのは、渚にとって当然の事だった。



 ーー目が覚めると、見知らぬ場所に居た。板張りの小屋の様な所だ。渚は何度も瞬きをして首を傾げる。干し草の上に寝転がっていた渚は、異国の青いワンピースを着ていた。

「なんだこれ?」

 確か、車に轢かれたと思う。身体に強い衝撃を受けた所までは覚えているが、何故自分が病院ではなくこんな小屋の中で、ワンピースにナース帽の様なものまで被っているのか解らなかった。

 不意に小屋の外から女性の悲鳴が聞こえると、渚は立ち上がってドアを蹴破った。外は眩しいくらい晴れていて、人が二十人くらい居る。皆、見たことの無い異国の服を着ていて、急に小屋から出てきた渚に目を丸くして驚いていた。

「えっ渚?!」

 人の群れの中から、懐かしい声が聞こえて渚は周りを見回した。人垣の中に、赤いショートボブの可愛らしい女の子が居る。その子も見たことの無い異国のワンピースを着ていて、その上にフード付きの短いコートを羽織っていた。渚はその少女を見ると、驚いて目を瞬かせた。

「ノア?」

「渚だ! え? 嘘ぉ?!」

 ノアが男の手を振り解いて渚の傍に寄ると、しげしげと頭の先から足の先まで見た。渚も、ノアの頬を両手で掴む。確かに、一年前に亡くなった親友のノアだった。

「渚、死んじゃったの?」

「ん? ん〜多分」

 渚が答えると、ノアは複雑な表情をしてから笑顔を作った。

「ま、いっか。仕方ないよね。こればっかりは……」

「ノアが居るって事は、やっぱり死後の世界?」

「それ! 異世界転生ってやつ!」

 渚はそれを聞いて首を傾げた。

「異世界……」

 俄には信じられないが、ノアが嘘をつく様な子ではない事を知っていた渚はまあ、そんな事もあるのかと漠然と思った。

「でね! 私、魔王への生贄に差し出される事に決まっちゃったの!」

「はあ?!」

 渚はあまりの展開の速さに目眩がしそうになった。

「何で?」

「じゃんけんで負けたの!」

 魔王への生贄をじゃんけんで決めているのかとツッコミを入れたくなったが、堪えた。

「んじゃオレがノアの代わりに行く」

 渚がそう言うと、ノアが神妙な顔をした。

「それはヤダ! 折角また会えたのに渚が私の代わりに生贄になるなんて絶対ヤダ!」

「いや、そもそも倒せば良いだけだろ? その魔王」

 渚の言葉にノアは呆気に囚われ、渚の頭の上を見た。

「えっとね、この世界ではHPってものがあって、そのHPが無くなると死んじゃうんだよ」

 渚は眉根を寄せた。

「HP?」

「頭の上のそれ」

 ノアが指し示した空に顔を上げると、自分の頭の上にハートが3つ横並びで浮いている。これは何だと手を伸ばすが、触れることは出来ないらしい。右へ左へと動くと、頭の上のハートも付いてきた。ノアの頭の上へ視線を向けると、ハートが10並んでいる。

「多分、渚は今、こっちに転生して来たばかりだからレベル1くらいなんだよ」

 渚はそれを聞いて腕を組んだ。

「じゃあレベルを上げるか……」

 ノアはそれを聞くと少し笑った。

「分かった! 私も協力する!」

 ノアが拳を握ってガッツポーズをすると、二人のやりとりを見守っていた村人が声を上げた。

「何言ってんだあいつ」

「レベル1で魔王倒しに行くとか笑える」

 渚はそれを聞くとその村人達を睨んだ。皆茶色い、猟師の様な格好をしている。

「魔王にビビって生娘差し出してるような腰抜け共がイキってんじゃねーよこの人でなし!」

 渚が怒鳴ると、その場に居た村人達の殆どのHPが削られた。ハート一つだったり、総数のハート半分が削られた者も居る。

 渚はノアを見つめたが、ノアも驚いていた。渚の経験値が一つ上がっている。

「……もしかして、精神的ダメージとかでもHPって減るのかな? 物理攻撃だけだと思ってたんだけど……」

 ノアが呟くと、渚は村人の一人の襟首を掴んだ。渚に顔を近付けられて村人が顔を赤くする。

「禿げろクズ」

 渚がどすの効いた声で言うと、男のHPが10減って残り1になった。男が倒れると、ノアは渚を制した。

「渚、止めてあげて。0になったら本当に死ぬから!」

「この世界の男共、メンタル弱すぎだろ!」

 HPが1になって倒れた男のハートが残り半分になって点滅している。ノアは慌てて渚の手を引いた。

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