精霊、天草です。

 渚はノアに手を引かれて森の中を歩いていた。杉に似た木が乱立している。ノアは気付いた様に渚に言った。

「えっとね、転生初心者は色々と解らない事だらけでしょう? だから最初に精霊の森に行って、相性の良い精霊さんと仲良くなる必要があるの!」

 ノアの説明に渚は首を傾げた。

「精霊?」

 渚が聞くと、ノアが羽織っている上着のフードから白いフェレットが顔を出した。渚はその可愛らしい顔に驚いて目を見張る。ティンカーベルみたいなのを想像したのだが、どうやらこっちの世界での精霊とは動物の事らしい。

「渚の髪色、綺麗ね」

 そう言われ、渚は自分の髪を一束掴んだ。薄い紫色をしていて、毛先が白くなっている。前は烏の濡羽色の様な色だったのに渚はノアの頭を見た。ノアも前は明るめの茶髪だったが、真紅の様な深い赤い色をしている。確か村人も、黒髪も居たには居たが、茶色や金髪の人が沢山居た。

「変な色」

「最初は戸惑うけど、直ぐ慣れるよ」

 そんなもんかなぁ……

 渚は不満そうな顔をしつつも、親友のノアと再会出来た事が嬉しかった。こんな形で再会するなどとは夢にも思わなかったが……

 急に白い幹の木々が立ち並ぶ森へ入った。ノアが道すがら案内する。木々の間から大きな白い男鹿が顔を出したり、小さな鳥が雲雀の様な声をたてた。

「この森に居る精霊さんに気に入られなきゃならないんだけど……」

 ノアがそう言うが、みんな遠巻きに二人を見ているだけで、どの動物も寄っては来ない。ノアが首を傾げながら渚の手を引いて更に森の奥へ歩を進めた。

「おかしいな……私の時は森に入って直ぐ、この子が飛びついて来たんだけど……」

 ノアがフードの中のフェレットを渚に見せた。渚はそのフェレットの赤い目と視線が合ったが、フェレットは直ぐにノアのフードの中へ顔を隠した。

 やがて泉まで辿り着くと、ノアは冷や汗を流した。

「わぁお……」

「ん?」

「精霊に選ばれないと、森の中心の泉まで辿り着いちゃうんだって」

「ふ〜ん……」

 そもそも、その精霊がこの世界で絶対必須のものなのか解らない渚は鼻を鳴らしたが、ノアは困っていた。

「も……もっかい森を通ってみよう! きっとシャイな子なんだよ!」

 ノアが力説すると、泉から魚が跳ねる音がした。渚とノアが泉に目を向けると、オレンジ色の金魚が水の上を跳ねている。二人が不思議そうにそれを眺めていると、急に泉からその魚が飛び出し、渚の顔面目掛けて飛んできた。既で渚が魚を掴むと、魚はぴくぴくとヒレと尾を震わせる。

「み……水……」

 魚が喋ると、渚は魚を泉に放り投げた。魚が水の底に沈むと、渚とノアは顔を見合わせた。

「帰るか」

「そだね」

「待て! 待て待て待て! 待って下さい!」

 魚が水から顔を出して叫ぶと、渚とノアは再び顔を見合わせ、その小さな魚に視線を落とした。

「え、精霊って金魚鉢がいるの?」

「ごめん、私もこんなの聞いたこと無い。蛇とか鼠とか猫とか持ってる人なら見たことあるけど魚は……」

 ノアが困った顔で説明すると、魚が叫んだ。

「おい、俺様が選んでやったんだ。感謝しろ。この世界ではな、精霊連れてない奴はモブだって言われるんだぞ!」

 魚がそう言うと、渚は目を瞬かせた。

「丁重にお断りします」

「はぁ?!」

「いや、本気でバケツとか持ってないし……」

 渚がそう言うと、ノアは泉の傍に屈み込んだ。それを見た渚もノアの隣に屈み込む。

「水魔法なら何とか出来るかな? こう、シャボン玉みたいな……」

 ノアがそう言って魚を指し示し、何か呪文を唱えている。見るうちに魚の周りの水が丸くなり、魚を包み込むと、ふわりと中空に魚が浮いた。渚はそれを見て意味が解らなくて困惑する。

「オホン。では、契約を……」

 魚がそう言うと、ノアが魚を指し示した。

「えっとね、相棒になる精霊に名前を付けると契約成立なんだって。モンスターと戦闘になった時に助けてくれたりするから便利なんだよ? あと、割と物知りだから連れといて損は無いよ?」

「それをすることでの精霊側のメリットは?」

 渚が訝しげな表情で聞く。

「経験値を稼ぐと進化出来るんだよ。進化して強くなれるんだって。相棒だった人間が死んで契約が終わった後、次の就職先……新たな相棒との契約に有利になるし、森に帰った時に仲間から羨望の眼差しを向けられるんだって」

 ノアが説明すると、渚は魚を見た。小さな金魚の様な魚に頼りなさを覚える。けれども、こんなのでも居ないよりはましなのだろう。

「名前って?」

「何でも良いと思うよ。私はこの子にマカロンって名前付けた」

 食べ物の名前か……

「じゃあ……」

 渚が考える素振りをすると、魚は目をキラキラさせて渚を見つめた。

「カンキツ口之津16号」

「うわっ何それ?! 長っカン……ええ?!」

 魚が不満そうに言うと、ノアは冷や汗を流した。

「なんか舌を噛みそうな名前だね」

「ん? じゃあタンゴール農林5号」

「渚、それ、何の名前?」

「蜜柑の品種名」

「魚がオレンジ色だから蜜柑の名前にしたいのね。じゃあ蜜柑でいいんじゃないかな?」

「それじゃ捻りが無いだろ?」

「捻りいるかなぁ……?」

 ノアが困惑していると、魚も青い顔をしていた。

「カ……カンキ……ツ、口之津……ジュウ……ええ?!」

 自分の名前が正確に言えなくて困惑しているようだった。

「ん〜じゃあ、天草」

 渚がそう言うと、魚は顔を上げた。

「アマクサ?」

「四文字なら問題無いだろ?」

 魚はそれを聞くと、小さな水の玉の中をひと泳ぎして渚を見つめた。

「アマクサ! 気に入った! それではこれから天草は渚の相棒になる!」

 魚が宣言すると、急に水の玉が弾けて地面に叩きつけられた。草むらの中でビチビチ跳ねると

「水! みず……!!」

 と叫んでいる。渚は両手で魚を持ち上げて泉に返すと、魚は嬉しそうに泳いでいた。

「なんか先が思いやられるな……」

「そだね。一度村に帰って桶か何か持って来ようか……」

 ノアがそう言うと、ノアのフードに居たフ

ェレットが飛び出した。草むらへ入り、直ぐに大きな葉を咥えて帰って来ると、ノアは嬉しそうに手を叩いた。

「マカロン偉い!」

「どっかの魚とは大間違いだな」

「レベル1の奴に言われたく無いなぁ」

 魚がそっぽを向いて言うと、渚は眉根を寄せた。

「短い付き合いだったな」

「待て。待って。ごめんなさい。許して下さい。渚様」

 魚が何度も頭を下げると、渚は大きな葉に水を入れ、オレンジ色の魚、天草を葉の上に乗せて森を後にした。

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