レベルを上げようとしてみた。
「ええ〜?! 本気で? そんなのも知らないの〜?!」
ガラスコップに入れられたオレンジ色の魚が、嫌味な台詞を吐いた。
ノアの家で渚がノアと魔法の練習をしていたのだが、それが初歩中の初歩だったらしく、魚は誂う様に笑った。ノアは気分転換にと渚の髪を編んでいる。サイドは編み込みにし、後ろは三つ編みにしてお団子にすると、まるで紫の薔薇が咲いた様になってノアは満足気に笑った。
「次、喋ったら焼き魚か刺身決定な」
渚がそう言うと、魚の頭の上にHPが現れ、ハートが半分になって点滅していた。
「え、ええ?! 何これ死ぬ! 死ぬ! 冗談抜きで死ぬ!」
「渚って、どうも悪口で相手に精神的ダメージ与えられるみたいなの」
「そりゃあ、そんな可愛い顔した若い娘にディスられてダメージ受けない奴なんか居ないでしょうよ!」
天草がそう言うと、渚とノアは顔を見合わせた。
「え、じゃあ、私も罵ったら相手にダメージ与えられるのかな?」
「ノアは……まあ、お嬢様だから変なこと言わねーもんな」
「こっちでは一村人です」
「それが信じられん。試しにノア、オレを罵ってみる?」
渚がそう言うと、ノアは少し考える素振りをした。頬を赤くしてもじもじすると、
「え……えと……渚の……バカ……とか?」
小さな声で言うが、渚のHPは減らない。渚は顎を触ってノアをしげしげと見た。
「ん〜、眼福」
「ちょ! え?! 私が恥ずかしい思いしただけじゃない! え?! っていうか私のHPの方が一つ減ってるんですけど?!」
ノアが自分のHPを見上げて叫ぶと、魚は声をたてて笑っていた。
「つうか、何でそんなに可愛いのに口が悪い上に、自分の事をオレとか言ってんの?」
魚が聞くと、渚とノアは顔を見合わせた。
「私達、中高と演劇部だったんだけど、男子が少なかったから渚がずっと男役してたの。そしたら普段から役にはまっちゃった」
ノアの説明に魚はふ〜んと鼻を鳴らした。
「渚は今、高校二年だっけ? 同級生だったのに一つ先輩になっちゃったよね」
「こっちには高校が無いなら関係無いだろ」
「幸村先輩とはどんな感じ?」
と聞いて、ノアはしまったと思った。
「……だった?」
ノアに彼氏の事を聞かれて渚は少し目を伏せた。
「相変わらず」
「……そっか」
ノアはそれ以上聞けなかった。きっと、まだ向こうの世界で生きているであろう恋人が恋しいだろうとノアは思った。
そうこうしていると、不意に家のドアが開いた。
「ただいま〜」
渚はその男の声に聞き覚えがあった。頭の上のHPは15並んでいる。髪は深い海の底のような青い色をしていた。その男も、渚の顔を驚いた様に目を丸くし、持っていた死んだ鳥を落とした。足元に居たポメラニアンが、落とした鳥と主とを交互に見ていた。
「渚?」
渚はその男を見て眉根を寄せ、ノアを見た。ノアはにこにこと笑っている。
「何で兄貴とノアが一緒に住んでるの?」
「え〜……感動の再会だと思ったのに〜……あ、でもあれだよ? 同居してるけど、結婚とかはしてないよ? まだ未成年だし」
「当然だ」
渚がそう言うと、兄の葵は明後日の方向を見ていた。
「……まあ、なんか色々聞きたいことはあるけど……」
「葵さん! 私、今年の生贄に選ばれちゃったんです!」
ノアが葵の言葉を遮ると、葵は驚いた顔をした。
「はああ?! じゃんけんに負けたの? 最初にチョキ出す癖やめろってあんだけ言ったのに!」
「あ〜もう、そういうの良いから」
渚がそう言うと、葵は怪訝な表情をした。
「オレが代わりに行って倒して来てやるから」
渚の言葉に葵は渚のHPを見て鼻で笑った。
「無理だろ」
「相変わらず何事もやる前から諦めるのは兄貴の悪い癖だな」
「お前、魔王のHP知ってるか? 100だぞ? レベル一桁の奴がどうやって勝つんだよ!」
葵の言葉に渚は視線を泳がせた。
「装備整えれば防御力と戦闘力が上がるんだろ?」
「そんな金何処にあるんだよ?」
「モンスターの討伐で賞金と経験値を稼ぐ?」
「丸腰で?」
葵の質問に、渚は葵が持っている弓矢を指し示した。
「それ貸せ」
「これは俺の商売道具なの! 高かったの!」
「うっわ、ケチ臭」
「葵さん、渚、凄いんですよ! 悪口で相手のHP削れるんです!」
ノアの話に、葵は怪訝な表情を浮かべた。
「はあ? 悪口で?」
「村の人のHPをハート半分にまで減らすんだよ! 凄くない? それに、妖精にも選ばれたし!」
ノアが力説してコップを葵に見せると、葵と魚は目が合った。金魚みたいな魚を見た葵は目眩を起こしそうになった。
「……何、このメダカ」
「金魚!! いや違う! 天草!」
魚が叫ぶと、葵は残念そうな顔をした。
「え、レベル一桁が水槽引っ張って魔王討伐に行くって言った?」
「そこはオレが水魔法を覚える」
「お前、生贄の儀式の日知ってる?」
渚はそれを聞いてノアを見た。ノアは額をかいた。
「明日なんだよね」
「はあああ??!!」
渚の悲鳴が、三つ出た月まで届いていた。
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