転身

翌朝、世界中が巨大生物撃破に沸き立っていた。生物とも兵器とも言われていたソレは正式に兵器と確定された。宇宙事業に関わる富豪達の間で2つ目の隕石の飛来を観測して情報を日本政府に通達し、日米の連携でこれを撃破した事。そして更に地球を目指して飛来する多くの脅威が観測されている事などが発表された。暗に巨大兵器は宇宙からの侵略兵器と示されたのである。


世界中の富により設立される世界規模の防衛組織の名称をシンプルにオメガとすると発表があった。巨大兵器撃破による盛り上がりもあり世論はこれを歓迎し、それに呼応するように米大統領もオメガに対し人材の派遣と多くの兵器を提供する事を約束した。米国はオメガ内でもまた強力なリーダーシップを取ることが予想されている。


そして昼頃にはオメガが世界の軍関係者から有志を募ってすぐにでも国際的な対応チームを動かすつもりである事。全世界に拠点を作る事。中でも最前線の拠点として福岡県を中心に九州全域に基地を作る事を日本政府に打診している事が公表された。


しかもかなりのスピード感を求められているため根耳に水の状態の日本政府は法整備も整っていないのでと返答を先送りしたが、とても断れず動かざるを得ないといった状況であった。


人型の光については目撃者の情報はあったものの夜間であった事と電磁パルスで電子機器が動作しなくなった事で映像がほとんど残っていないため、自然現象の見間違いや集団ヒステリーの類として無視された。


今まさに世界が大転換期を迎えている。そんな中で春世はコールセンターの真ん中に鎮座する巨大なテレビ会議システム画面に無音で映し出されたニュースの映像を朝からずっと眺めていた。コールセンターへの問い合わせは昨日の午後から数えるほどしか届いていない。昨夜は伊予子の酒と愚痴に付き合ってあまり眠れていなかったので丁度良いところではあった。


伊予子の愚痴というのは昨日の夕方の件で、蒸辺呂久が新幹線で博多へ向かった直後に二人はその事を警察署に伝えに行ったのだが、蒸辺の事を誰一人把握しておらず相手にされないどころかおかしな人の様に扱われた挙句、身分証明の提示まで求められたのだ。この件で伊予子は一週間無駄働きをさせられたと激怒し、春世は蒸辺呂久宇宙人説をより強く確信した。その事で昨夜は遅くまで二人が出会った店の2Fで長々と話をしていたのだった。


そしてこの日の夕方も春世は伊予子と待ち合わせをした。

暇になって二日連続で定時上がりの春世に対して大量の仕事を抱えた伊予子は残業せざるを得ず、春世は3時間ほど待つ羽目になってしまった。春世の方も巨大兵器騒ぎと蒸辺呂久事件で頭の中は一杯で伊予子と話さないと納まりがつかないのでカフェを数件回った後、結局昨日と同じ店で落ち合った。


二人は2Fのテーブルに座り伊予子は昨夜と同じ焼肉一人前(ライス・サラダ付)のセットにビールを注文。春世は月見うどんに山かけトッピングを注文した。春世は昨夜伊予子に2Fに連れていかれるまで階下のうどんが注文できるのを知らなかった。


「同じ店だから当たり前とは言え、二階でうどん食べるのって景色が違うから新鮮で楽しい。変な事ばかり起きてるからこういう日常の小さな幸せを大切にしたいよねぇ」


春世が楽しそうに言うのに対して伊予子は頬杖をついて疲労困憊といった所だった。


「伊予子は溜まった仕事の処理が大変だろうけど今日も一日お疲れさまでした。」

お冷の入ったグラスを伊予子のジョッキとチンと合わせて春世はうどんを前に手を合わせた。春世は左手にジョッキを持ち、右手で肉を並べて焼いている。そしてビールを二口ほど飲んだあと背もたれに寄りかかってため息をついて項垂れた。それから顔を上げて春世を見る伊予子は満面の笑みだった。伊予子の笑顔に気付いた春世はうどんをすすり終えて首を傾げた。


「伊予子、どうかした?」


「春世、派遣先変えて福岡に行く気ない?」


「へ?福岡?」


先ほどまでのくたびれた伊予子はどこへ行ったのか、驚く春世に前のめりで目をキラキラさせて小声で話し始めた。


「まだ確定じゃないし極秘なんだけど。今日打診が入ったのよ。朝からニュースで話題になっているオメガ。めちゃくちゃ人が要るらしくってね。既にあちこちに依頼が飛んでるみたい。それでうちにも話が来てるのよ」


「えーっ!?今日発表されたあれ?もう募集かかってるの?」


「まだ確定じゃないからUGMとしての募集はしてないよ。でも多分、先行して話は動いていたんだと思う。兎に角急ぐみたい。多分数日で確定になると思う。」


「でも私、福岡って行った事もないし、うどんの聖地の一つって事くらいしか知らないし。一人で行くなんて無理だよ。」


「私も行くのよ。わたしも」

伊予子は今にも笑いだしそうな笑顔で春世に詰め寄った。


「二人で?」


「先方は兎に角立ち上げに参加出来る人を欲しがっているから他に手を上げる人がいれば増えるかもね。」


「福岡に行って何をするの?」


「先ずは立ち上げに参加するのよ。まぁ雑用だったりとか専属で何か任される事もあるかな。どっちにしても、まだ出来てもなくて何するかもわからないところに人を送れる訳ないじゃない?本来担当者間で詰めるんだけど、まだ人も足りなくて忙しすぎて何も決まらないの。だから社員の私が暫く現地で業務を担当して業務内容を把握してオメガに対して派遣業務の提案して案件をいただいて派遣メンバーを送り込むって流れ。でも私一人じゃ足りないからあんたをサポートとして一緒に現地に乗り込もうってことね。」


「立ち上げが終わったら仕事はなくなるの?」


「うちがいただく派遣業務が決まればそこにそのまま居られるし、立ち上げからのメンバーなら間違いなくリーダーで決まりよ。手当もオメガならちゃんともらえるでしょうね。」


「でも、オメガの仕事なんて私に務まるかな?」


「そんなの出来る仕事をいただくに決まってるじゃん。世界のエリートが集まるオメガだって、難しい仕事しかやらないわけじゃないでしょ。それに日本に拠点を置くんだから海外の人だけで回せるわけないじゃん?スタッフのほとんどは日本人で占めるんだし。雑用だっていなきゃ困る立派な仕事だし、変な心配は無用よ。」


「そっかぁ。じゃぁ私にも出来るかな?」


「福祉関係のコールセンターって英語も使うでしょ?」


「え、まぁ。最近は外国人がかなり増えてるし英語が話せない人は出来る人にタッチするけど、私も最低限ならいけるかな」


「じゃぁ私よりも有能だわ。ははは」


「そっか。確かにオメガのメンバーになれるって凄いかも」


「でしょ?しかも立ち上げメンバーだよ。何なら私もそのまま乗り換えてもいいかなぁって夢見ちゃいそう。」


「え?UGMやめてオメガに?」


「担当者が取引先企業さんに入り込んじゃうって意外と多いのよ。うちも人の入れ替わりが激しいし。オメガに入れるなら人生賭ける価値あるわ~」


「そうなんだ。でも……引っ越しとか大変だし」


「出る」


「何が?」


「引っ越しの手当も出るし、そのうちオメガの寮も出来る。その間はUGMの社員用の宿泊部屋も使える。通勤手当も出る。めちゃくちゃ太っ腹案件だから。稀に見る本当に凄い案件なのよ。」


「そうなんだろうとは思うけど。」


「だから確定前だけど私は手を上げたの。私にやらせてくださいって。」


「でも巨大生物来たらやばくない?」


「私達が戦うわけじゃないし。」


「でもアレが来たら逃げきれないよ?」


「春世はネガティブだねぇ。あんなのに来たらどこで働いてても逃げきれないし。それにすぐに潰される場所に大事な拠点作ると思う?」


「伊予子の危険を顧みないポジティブさは尊敬に値するよ。」


「危険はチャンスなのよ。あなただから誘っているけどこんなの絶対今だけよ。この次オメガの案件が来る時にはきっと間に何社か入ってる。この混乱期だから飛び込んできた大波よ。普通あり得ないの。オメガに入って何なら直接雇用に向けて八艘飛び決めても良いくらいよ。あの火球が幸運の星だったって思える様にやってみない?」


伊予子のダメ押しに春世は唸りながらもかなり傾いていた。何より押せ押せの伊予子が自分の上のポジションで一緒に働いてくれるのならきっと何とかなるだろう。春世は連日起きる事件の数々に目が回る気がしたが、悪い気はしなかった。


その夜、春世が家で巨大兵器ニュースとSNSを眺めているとトレンドに「だいだら法師」「弥五郎どん」などとあるのが気になった。あの巨大兵器の事を言っているのかと思ってリンクを開くと阿蘇山の噴煙の中に立つ巨大な人型の光があった。白くするだけなら簡単に出来そうな加工だと思ったが投稿者毎にいくつかのアングルがあり、巨大兵器を倒したのは光る巨人でソレの事をだいだら法師だとか弥五郎どんだと語る人達がいて、それに対し不謹慎だのフェイクだのと炎上している様子であった。炎上しているアカウントは多くないし馬鹿な陰謀論とも違いそうなのでそれぞれのアカウントの過去の投稿を追いかけてみると、皆熊本県在住で実際に巨大兵器の被害にあった地域の人達だった。


次にだいだら法師と弥五郎どんについても調べてみた。だいだら法師はなんとなくわかっていたが、予想通り昔日本にいたとされる巨人の伝説だった。弥五郎どんについては全く知らなかったが九州南部に伝わるだいだら法師と同様の巨人伝説らしい。


宇宙から飛来した巨大兵器を世界が協力して倒すという人類全体で誇るべき成果を否定する発言だし、そのために持ち出したのが昔話の巨人じゃ叩かれるのも当然だと思いつつも、あんな怪物が宇宙からやってくるのだからそれを倒す巨人がいても不思議ではない気もした。


「あんなもの見ちゃったしなぁ……」


蒸辺呂久が高台から崖を飛び降りる光景を思い出しながら春世は自分の常識が揺らいでいるような気がした。





数週間が過ぎた朝、伊予子と春世は福岡行きのチケットを持って空港の搭乗口にいた。子供の頃にしか飛行機に乗った事のない春世は慣れた様子でてきぱきと動く伊予子の後ろを物珍しそうにきょろきょろと周囲を見回しながらついて回っていた。


「私飛行機なんて子供の頃以来で凄く緊張するけど伊予子は流石に乗り慣れてるのね」


「近隣の担当エリアの移動がほとんどだけどUGMが全国規模で受注する案件のミーティングなんかには飛行機で行く事もあるからね。でも最近はオンラインミーティングも増えたから飛ぶ数も減ったわ。業務とか環境とか出来れば直に見たいんだけどね。」


「私は休み時間以外で職場から出る事のない毎日だから感心しちゃうなぁ」


「向き不向きよ。私は毎日同じ所で同じことをするのって耐えられないもん。良く続くなって感心してるのよ。勿論、そこで出る不満を解消してあげないと嫌になってやめちゃう人もいるし、長続きするサポートを私がやっている訳だけど。力及ばずやめちゃう人が出たりするとちょっとへこむのよね」


「確かに人間関係がこじれてきたら結構相談に乗って動いてはくれているよね。」


「春世のところの担当者って澄央(すむお)でしょ。」


「うん、真矢火(まやび)さんだよ。」


「あいつ滅多に動かないでしょ。」


「そうだねぇ。私は改善点の要望をまとめて提出したりする側だけど、上げた要望が何も改善されない事は多いね。出来ないなら出来ない理由を説明してくれれば私も皆に伝えられるのに……」


「新人で入った時にあんたのところ引き継いだのよ。でもあそこはUGMとの付き合いが長いからなあなあで行けるって営業もあまりせずに放置してるのよ。いっつもダラダラして動かないから見ててイライラしてたんだけど……ふふふ」

伊予子が意地悪そうな顔で笑った。


「どうしたの?真矢火さんクビになったの?」


「ううん、澄央もUGMに来るっていうか先に福岡に行ってるの」


「え?私達、真矢火さんとも一緒に働くの?」


「ううん、澄央はインフラ担当チームで案件に入ってるから別よ。今はオメガが仮で入るビルとか廃校になった学校とかのネットワーク工事とかサーバー構築の方で走り回ってるわ。」


「そっか、でもそれの何がおかしいの?」


「今回の件って政府が圧力っていうかオメガの強い要請を受けて物凄く急ピッチで進めなきゃいけなくなった訳じゃない?だから本来は大手企業が分担して受ける規模の仕事なのに、急過ぎてその大手の割ける余力が全くなかったのよ。それである程度まとめて受ける事の出来るUGMとか同様の格下の企業の所に転がり込んだの。」


「そうなんだ。ラッキーだったね。でもそれの何がおかしいの?」


「大手が黙ってないからよ。澄央の担当しているインフラ部門はUGMと関係のあった工事業者を送りこんじゃったからね。その下で旨味の少ない地元の有力企業が激怒して現場では作業員がもめて作業が止まったりと事実上のボイコットをしたり、UGM本社には案件そのものを辞退して自分達によこせって脅迫まがいの電話が毎日かかってきてるのよ。」


「え、怖い。戦争みたい……」


「御上とズブでゲットした仕事を抱えて今年度もウマーってやってる所に突然現れたオメガのはるかに大きな案件を指をくわえて見過ごす訳がない。準備が整ったら力づくで奪いに来るわよ。UGMも近いうちに買収とかされちゃうかも。だから私はそのうち集中砲火を浴びそうな担当者を辞退して人を欲しがってる現場に直接入る方を選んだのよ。大きな案件をもらって鼻息の荒かった澄央も今じゃ毎日泣き言ばかり言ってるらしくって。あははははは。」


「伊予子は最初からUGMを辞める気だったんだ。」


「現場でなくUGMで担当をするように何度も止められたけどね。世界の危機なんです!危険は承知で世界のために働きたいんです!とか言って何とか逃げ切った。立ち上げ時なんて小さな事からしっかり協力して入り込んでおけば結構いい案件もらえるしUGMで取れる仕事は取っていくつもりだけどね。ただ沈むとわかってる船にいつまでも乗ってられないってだけ。」


「凄い。そんな計算していたなんて。そのままオメガに入るって話も冗談だと思っていたけど本気だったんだね。」


「正規登用の話だってわかってたの。末端の仕事とは言え秘匿性の高い組織だし早くそれなりの面子をそろえたいのよ。自分をダシに使ったと思っているならごめんね。春世にとっては給料も上がるし十分魅力はあるはずだけど、違うとは言い切れない。最低一人は現場に行きたいですって手を上げてもらわないと私も身動き取れなかったし。春世が手を上げてくれたから私も助かったの。だから春世の待遇は私が必ず守るよ。」


「私は巨大兵器騒ぎで仕事がなくなるかもとか怯えているだけだったよ。急に暇になっちゃったし。伊予子みたいに先を考えて動く人が引っ張ってくれるなら嬉しいよ。」


「あの青い火球が落ちた時に世界が変わったのよ。巨大兵器だったのには驚いたけど、流れ星には吉兆の意味もあるんでしょ。だから私はそっちに賭けるわ。」


「うん。きっと吉兆になるよ」


「あ、搭乗手続き始まったよ。並ぼうか」






「現場を統括している千曲(ちくま)です。UGMさんには大変お世話になって助かっております。國木屋さんの話は真矢火さんから色々聞いています。派遣先に自ら行って業務を把握される熱意のある方とか。色々相談することが多いと思いますので是非、よろしくお願いいたします。」

飛行機を降りた伊予子と春世はタクシーで現場に到着して担当者に会っていた。


「こちらこそ世界のために働けるチャンスをいただいた事を大変光栄に思っております。なにとぞよろしくお願いいたします。こちらは私と働く四堂です。」


「よ、四堂春世です。よろしくお願いいたします」


「四堂さんですね。よろしくお願いします。まぁここは出来たばかりで寄せ集めの組織だからあまりポジションとか気にせずにやっていきましょう。手続きとか考えて手を止めるのはもったいないです。報告は密にしたいですが意見も歓迎します。」


「は、はい……」


「では、一通り現場を案内いたしましょう。」


千曲の案内で二人はオメガの拠点へと変貌しようとする廃校を見て回った。

どの部屋もコンクリートがむき出しになり、かつて教室だった痕跡がなくなるほど手が入っている。大量のカラフルな配線が縦横に走り、壁に開けられた穴を通って隣の教室へ繋がっている。壁を抜けてベランダに出ているケーブルの山もあった。ケーブルが整った部屋は床を一段上げてケーブル類を隠した状態になっている。ある部屋では作業員が生徒用の机の脚を切断して仕分けをしていた。「床材の調達が間に合わなくて大量にある学習机も使ってしまおうって事なんです。」千曲が言った。


体育館に入ると、何列も学習机が並んでおり、その上に大量のパソコンが置かれ、そこで作業する人が慌ただしく動き回っていた。一角ではサーバーが大量に聳え立ち、そこで作業をしている人も何人もいた。「ここで現在準備中のオメガの国内のほぼ全拠点で使うPCとサーバーを用意しています。サーバーだけでもちゃんとした場所を用意してやりたいのは山々なんですけど、何しろ部材も資材も人材も……本当に何もかもが足りていないんで……状況が状況なだけに仕方ないですけどね。」千曲は本当に困っていると言った感じで首を横に振った。


「國木屋さんにはここで進捗の管理をメインにそれに関わる諸々を全てお願いできればと思っています。不明点は多いでしょうが真矢火さんがインフラ側とかけもちでこちらも時々手伝ってくれていたので彼からもある程度の話は聞けるかと思います。基本、わからないことは何でも聞いてください。」

体育館を埋め尽くすPCの列の中を奥へと進みながら千曲は言った。そして奥の管理者席と思われる机の上にある大量の資料をポンと叩いた。


「優先度の高い本部や重要拠点へ送る分は私が終わらせて発送済みです。それぞれの完成形の構成はそちらの資料にあります。残っているのはここや他の拠点の端末とサーバー設定ですが、優先度の高い順に重ねているので原則的には資料に伴い進めて欲しいです。ただ……ここもそうですが、現場の改築作業などの進捗はこちらの優先度と合致していません。難しいですけど効率よく進めてください。明日にでも一度確認させてもらいますが、國木屋さんなら大丈夫だと思います。」


「わかりました」伊予子は笑顔で答えた。


「四堂さんは國木屋さんの指示に従ってください。」


「はい、わかりました。」


「では、私はこれで」千曲が去っていくと伊予子は管理席に座って大量の資料を次から次へとめくっては睨みつけていた。春世はしばらく立ったまま伊予子を眺めていたが辛抱できずに話しかけた。


「伊予子、私は何をすれば……」


「もう少し待って。これ滅茶苦茶大変だわ。澄央に捌けるわけないじゃん。千曲さんやつれてたのわかる~~、あ、書類毎にファイル名が載ってるから……なるほど、これが管理票で参照元データはここね。凄くやりやすくなったわ。春世はとりあえず今日明日くらいかけて全拠点で使うラベル作りしようか。その間に段取り決めて他の事も動かしちゃうから。あ、今のうちに事務用品置き場探してくれる?封筒とかクリアファイルとか仕分けに使えるものが欲しいから。とりあえず100枚で。」書類と管理用のパソコンを何度も見比べながら伊予子が春世に指示を出す。そこに千曲が戻ってきた。


「國木屋さん、四堂さんすみません。お二人のIDカードを渡すのを忘れてしまいました。あれ?そのパソコン入れたんですか?IDが無いと入れないんですが。」


「え?最初から開いたままでしたけど。あ、澄央のIDがリーダーに置いたまま……」


「あぁ……必ずIDは持ち歩くように言っているのですが……彼にはインフラに専念してもらった方が良さそうですね。」千曲が落胆して呟く。


伊予子が「ほらね?」と言うような顔で春世を見た。春世も「本当だね。」というつもりで眉をひそめて見せた。



その日の夕暮れには千曲が体育館を訪れ上がって良いと伝えた。


「今日は移動日なのに現場に入ってもらってありがとうございました。國木屋さん現場は上手く回せそうですか?」


「それぞれの行程と全体のボリュームを把握したところです。明日は現場の進捗状況を把握して計画を立てて作業を開始します。」


「わかりました。よろしくお願いします。ところで私はこの後も作業が残っているのですが、今日は早めに上がって、お二人と改めてお話がしたいのですが、いかがでしょうか。」


「わかりました。何時にどこにします?」春世の都合を聞かずに伊予子が答えた。


「20時に。場所は決めて後で連絡します」


「よろしくお願いします。」


帰りのタクシーの中で春世は不満を漏らした。


「ねぇ、伊予子。なんで会う約束にOKしたの?私も伊予子も移動と初めての仕事で疲れてるよね?合ったばかりの女子二人をその日に誘うって千曲さんちょっと失礼だと思うんだけど。」


「千曲さんが激務の中でわざわざ初日から会いたいって言ってきたんだから何か話があるに決まってるでしょ。普通ならしばらくしてからなんでしょうけど、そういう状況じゃないからって事よ。」


「じゃぁ真矢火さんの事とか?」


「その程度なら声をかけたりしないでしょうね。あるとすればUGMに関わる事か、この現場に関わる事。兎に角現場では言いにくいけど会って話さないといけない何かがあるのよ。」


「そうかぁ。今日は本場でごぼう天うどんを食べようと思ってたけど。無理だねぇ」

春世はやっと解放されたと思っていただけに不機嫌だった。


「そもそも千曲さんは話があるといっただけで食事しようとは言っていないのよね。もし食事だとしたら、その帰りに駅の立ち食いうどんならチャンスあるかも。おなかに入ればだけど。」


「それもいいねぇ。駅近で下調べしておこうかな。」


むくれていた春世が急に笑顔になった。暫く窓の外を見つめていた伊予子はそのまま目を瞑って無言になった。




「手短に済ませたいので単刀直入に聞きます。國木屋さん、四堂さん。お二人はオメガに入るつもりで来られましたよね。」


二人が千曲に呼ばれた場所は駅の近くのオフィス街でも一際大きなビルの中だった。そのビルの前で落ち合い、7Fで千曲は企業名の書かれていないドアのセキュリティを解除して二人を中に通した。そして小さめのミーティングルームにかけて二人にそう問いかけたのだ。


「はい」


伊予子は笑顔で答えた。春世は食事に誘われたのではなかった事に驚いていた上に単刀直入な千曲の言葉にまた狼狽えていた。


「真矢火さんから國木屋さんの話を聞いていて気になっていたんですよ。何故オフィスで指揮をとるだけで現場を回せる人がわざわざ出てくるのかと。それに合わせてUGM担当者と業者のトラブル。実際今回のオメガ基地建設と運営に関して突然辞退した派遣業者もいるんです。なので國木屋さんはUGMからオメガへの転身を考えているのではないかと思っていたいのです。」


「仰る通りです。」


「私達も時間がないので突然の辞退などで後戻りさせられるのは困ります。最初からきちんと未来のための話が出来る仲間が必要です。なのでオメガに転身を希望されるのであれば担当者に対応させます。いかがでしょう。」


「はい、よろしくお願いいたします。」


伊予子が頭を下げるのを春世はおどおどして見ていると千曲は春世にも話しかけた。


「勿論、四堂さんもよろしいのですよね?」


「え、えぇ。もちろんですけど。私のスキルで出来る事があるんでしょうか」


「当然です。コールセンターでリーダー的ポジションだったと伺っています。環境が整い次第、モニタリングセンターやコールセンターの運営も始まります。今までこの世に無かった業種だからこそ最初から関わって全体を見ることのできる人が育っていなければ運営も大変です。間違いなくあなたのスキルが活きる場があります。」


「えぇぇ……そんな大した器ではないのですが……」

いきなり大荷物を背負わされた気になって春世は萎縮している。


「国際的組織ですから、上層部には世界中の生え抜きのエリートが集まります。また軍事関係者が大半を占めるでしょう。でも日本でやる以上、その他の末端のスタッフのほとんどは日本人で運用します。建設中ですらこんなにゴタゴタしていたのではオメガの求めるスピード感に間に合わないのです。なので私がこの人なら任せられると思う人を見つけたら積極的に動いているというのが現在の状況です。これからよろしくお願いします。」


千曲との会合が終わり三人でエレベーターホールまで歩いている時に千曲が雑談を始めた。


「しかし、巨大生物の出現で世界中が価値観を変えなきゃいけない時代に変わった訳ですが、お二人とも変化に対する適応力は凄いですね。」


「目を疑うような事がいくつも起きましたから。」伊予子が答えた。


「今まで存在の可能性を語るだけで笑われていたような宇宙人の存在を認めざるをえなくなりましたからねぇ。」


「宇宙人はいますよ。私見ましたし。」春世が断言する。


「え?宇宙人を見たことがありますか?一体どんな宇宙人ですか?」


「見た目は普通の人なんですけど、何十メートルもある崖を飛び降りて着地した後、塀をいくつも飛び越えてどこかに行っちゃいました。」


「あはは。凄い身体能力ですね。僕は宇宙人って言っても身体能力は人間並みだと思っていました。國木屋さんも信じてる方ですか?」


「いえ、私はそういうのはいまいち……」


「あ、エレベーターが来ましたよ。では私はここで失礼します。國木屋さん、四堂さん。これからよろしくお願いします。」

エレベーターに乗り込んだ二人に千曲が深々と頭を下げた。エレベーターが閉まり1Fに向かう。


「ねぇ伊予子、凄いね。福岡に来て初日にいきなりオメガに入りませんかだって!」

春世が興奮して伊予子に話しかける。


「あれだけ混乱してる現場だから当分は大丈夫でしょうね。多分千曲さんに同じ様に声をかけられて断った人も多いと思うわよ。」


「伊予子はオメガに入れるのが嬉しいんじゃないの?」


「想定内よ。あの現場見たでしょ。絶対に回しきれない。今すぐにでも手足になる人が欲しいのよ。でも、入れたと言っても切る時もあっさり切るわよ。こういうところは。」


「え?簡単に解雇されるってこと?」


「そう、その時には守秘義務を山の様に押し付けてくるかも。でも、この時期にオメガに入れるってだけで人生で二度と手に入らないような経験が出来るはずよ。それだけでもここに来た価値があるってもんじゃない?」伊予子は座った目でニヤリと笑った。


「え~、テンション下がるんだけど。」


「猫の手を借りても足りない状況だもん、当分は大丈夫よ。それより行きたかったんでしょ?ごぼう天うどん。」


「そうだよ!初福岡だもん、ごぼう天うどん食べなきゃ。で、どこに行こうかな。伊予子も行く?」


「私は焼き鳥でビール飲みたいからパス。」


「じゃぁ、ここで。また明日ね。お疲れ様&おやすみ。」


「おつかれ~&おやすみ~」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ディ・ディラヴ 馬村堂 白雄 @OroshiUdonSoba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画