光の巨人
21時頃に呂久は博多駅に着いていた。携帯を新幹線のWifiに繋いで現在取得できそうな巨大生物情報は確認できた。博多から熊本方面への新幹線も電車も運休となっていたため博多駅で降りてバスセンターに急ぎ、高速バスに飛び乗った。高速バスも巨大生物の状況次第で運航を停止する可能性がある旨、乗る際に念を押された。
そして1時間程走った所で巨大生物が移動を始めたと緊急速報が入った。熊本方面へ有明海を南下しているということだ。巨大生物の移動状況によっては高速バスのルート変更の可能性がある事など運転者がアナウンスしている。バス内のテレビも巨大生物の移動を報道しているが夜間のためあまり状況が掴めない。
呂久は自衛隊がどこに展開しているかが知りたかった。きっと日本のレプティリアンが集結しているのならそこだと考えていた。高速バスの窓から外を眺めていても熊本に近付くにつれて自衛隊の車両に遭遇する割合が増えている。明日の攻撃に備え集結している様だ。
高速バスの速度が落ちてきた。渋滞が発生しており予定より30分遅れで運航している事、巨大生物の移動状況により高速道路を降り海沿いを避けて山間部のルートを走行する可能性があると運転手が伝える。そのままバスはサービスエリアに入りトイレ等のための休憩時間となった。呂久は運転手にバスをここで降りると告げてバスを出た。
サービスエリアの駐車場にかなりの数の自衛隊車両が停まっている。呂久はバスを降りてそのままサービスエリアの出口側に向かい人目を避けて道路脇の植込みの影に隠れた。そしてミサイルを積んだトラックがサービスエリアを出て高速道路に合流しようと速度を上げた時、しげみから飛び出しトラックに駆け寄りジャンプしてトラックの荷台に両手足を使って捕まりそのままトラック車両下部に素早く移動した。
トラック運転手は高速道路側を意識しているので見えていないのは当然だし助手席側からミラーで目視していても夜の山間部のサービスエリアの闇に紛れているので容易に見えるものではなかった。それはハエトリグモの機敏な動きに似ていた。
トラックは熊本インターで高速道路を降りたが呂久の予想に反して有明海沿岸には向かわず阿蘇山方面へ走っていた。阿蘇山から島原湾を臨む高地に展開して巨大生物に対するミサイル攻撃を行うのだろう。
呂久は離れていく市街地から警報が鳴り響いているのを聞いた。何か危険を訴えている放送も流れているようだがトラックの下では騒音で聞き取ることは出来ない。突如、雷の様な光が走り複数の爆発音がが連なって起こった。
巨大な爆音がこだましている。攻撃は明日のはずだ、まさかあの巨大生物か。呂久はそれを確認したかったがトラックの下に張り付いているのでただ身体を捻って音の方を見ようとする事しかできず、ましてその状況では何が見える訳でもなかった。直後トラックは速度を上げた。
海上を南下していた巨大生物(兵器)は阿蘇山と普賢岳を直線で結ぶ辺りで阿蘇山側に進行方向を変えた。そして熊本市街を見下ろせる海上で大きく口を開き右から左に首を振る様にして青白い光線を市街地に浴びせた。市街地を走った光線を追う様に弧を描き爆発が起きる。爆発の炎が巨大生物を照らし出す。しかし巨大すぎて遠くからでないと頭部まで確認することは不可能だ。
昼間にテレビ局のヘリを撃墜した事で巨大生物を監視するヘリは遠巻きに飛んでいたが、巨大生物はヘリに向かって口を開き何度か光線を断続的に放った。その度に空中で爆発が起きる。闇夜で数キロから十数キロ離れたヘリを全て撃墜した。そして再び青白い光線を市街地に浴びせる。最初に光線で弧を描いて市街地を破壊した様に繰り返して辺りを灰塵と帰していく。
海上から自身の上陸経路を作っているようであり、邪魔な草木を刈り取って道を作る人の行為にも似ていた。巨大生物の先制攻撃からずいぶん遅れて政府からの攻撃指示が出たようで流星が乱舞するように光が夜空を走った。直後に巨大生物は爆発に包まれていた。そしてその爆炎の中から何事もなかったかのように再び現れた。全くダメージは受けてないように見える。爆炎を背びれのようにたなびかせて歩き、更に市街地に執拗に光線を吐いた。もはや巨大生物と呼べる代物ではなかった。高さおよそ200mの自立移動する巨大兵器だ。
巨大兵器の圧倒的な暴力が市街地を破壊している頃、呂久のしがみついたトラックは阿蘇山の見通しの良い高地に到着した。遠くに巨大なミサイル群が巨大兵器を背にするように空に向かって整然とならんでいるのが見えた。
呂久のしがみついたトラックが積んでいるミサイルと同型のものが熊本市街に向かって並んでいる。突然の攻撃開始に準備が間に合っておらず隊員達の様子は大変な混乱具合であった。到着したトラックのミサイルもすぐに使用出来るように誘導されている。
呂久は感覚を研ぎ澄まして次に潜伏できる場所を探した。トラックが誘導され先に停まっているトラックと並列で駐車するよう指示がありバックで切り返している最中に既に停車しているトラックの下に素早く転がり込んだ。そしてもう一つ先のトラックの下の闇へ滑り込む。
慌ただしく行き交う人々の足元に潜み、息を殺してレプティリアンの気配に神経を尖らせた。近くを一人で歩くレプティリアンの気配を感じた。そしてソレが横を通り過ぎた瞬間呂久は飛び出し背後から左手で襟首を掴み引き寄せると同時に右肘を後頭部に叩きつけレプティリアンの頭蓋マシンを叩き落とし、後ろから羽交い絞めにした状態で脇腹を数回殴ってトラックの下に引きずり込んだ。
トラックの下で襟首を掴み呂久が問いかけようとした時。レプティリアンは抵抗をやめて自ら口を開いた。
「お前、蒸辺呂久だな。こんな事が出来るのはそれしか考えられない。」
「その通りだ。教えろ。アレは自立的に破壊行為を行うと聞いている。そして今それをやっている。ただ、あいつを撃破すれば大爆発を起こし甚大な被害をもたらすとも聞いている。だとすれば、なぜお前らは自衛隊や世界の軍隊を集結して攻撃しようとしている。」
「被害を最低限に抑えるためだ。そう聞かなかったか?」
「確かに聞いた。では世界の武力を集結しようとしているのはアレを撃破する事が目的か」
「お前、侵略破壊兵器がアレ一つだと思っているのか?」
「!!……」呂久は絶句した。あの怪物が更にいくつも地球に飛来してくると言うのか。
「我々を含めた先進宇宙文明を持つ者達の多くは宇宙にいる。そしてアレがいくつも地球に向かっていることを確認しているのだ。宇宙空間では君達に遠慮はいらないから我々の同盟が奴らを撃破もしているが、全て潰しきれるものではない。過去にアレが理由で消滅した星もある。それを阻止するためにまずは地上に降りてしまったアレを撃破。そしてそれ以降は地上に辿り着く前に撃破する。そうでなければこの星は我々も人類も住めない星になるだろう……もうじき二つ目の侵略破壊兵器がここに飛来する。現時点での我々の任務はそれを止める事。もしくは軌道を変え少しでも遠方に落とす事を目標としている」
「二匹目もここに来るのか。何故だ。東京とかそういう都市でなくこんな所に」
「侵略破壊兵器は過去のデータから火山に突入しマントル内で爆発を起こすと考えられている。阿蘇山と向いの普賢岳、そして桜島などをターゲットにしてくるだろう。九州がマグマと共に消える規模の爆発が起きれば文明は消えて無くなるだろう。」
「なんでそんなことを……他にも大きな火山はあるだろう。星を破壊するなら隕石を直接落としてもいいはずだ。」
「敵は悪意によってそれを行っていると考える。時間をかけて恐怖と絶望を与える事を目的の一つとしているらしい。都市が密集する北半球。日本。軍事力を集中させるのも容易だし侵略破壊兵器の爆発や火山の爆発による津波の影響は一瞬で世界中に伝わる。全て計算づくでここを狙っているという事だ。」
「誰がこんな事を……」
「我々にも正体が掴めていない。アレは突然現れるのだ。」
「本当なんだろうな……」
「我々は君達未開の人類と違って常に優位な存在だ。嘘はつかない。言えないことは黙るのみだ。」
「人間だってお前らと対等に渡り合えるはずだ。人類の力だけで侵略破壊兵器を撃退する事だって出来るはずだ。人食いトカゲにいい様に操られたりはしない。」
「大した自信だが、人はそんなに賢くないぞ……もうすぐだ。二つ目の飛来に攻撃が始まる。」
レプティリアンを忌々しく睨みつけていた呂久もその言葉にトラックの下から顔を出し星空を見上げてソレを探した。遠くで空を向いていた巨大なミサイルが一斉に発射された。トラックの下からでは見えないので慌てて這い出し、ミサイルの行く先を見つめた。
星空にひときわ輝く青い火球が見える。それに向けて地上から光が吸い寄せられる様に近づいていき激しく瞬いた。その後数秒遅れて空に轟音が鳴り響いた。
「駄目か……」
呂久の足元でトラックから顔だけ出して頭蓋マシンを取り付けながらレプティリアンが言った。青い火球は何事もないかのように飛翔している。
その時阿蘇山火口から空高く聳える噴煙がすさまじい点滅を始めた。無数の火山雷が噴煙を囲むように輝き、台地に突き刺さった逆さまのクリスマスツリーの様に見えた。激しい雷鳴が一つの波になって空気を震わせている。
周囲の自衛隊員達も多くが我を忘れて輝く噴煙を眺めている。その中に一際大きな光の塊があった。それは雷とは違い常に光っており山よりも高く数キロはあろうかという大きさだった。驚くべきことにそれはまるで直立した人の様な形をしている。人型の光は片手を天に上げた。その刹那、その手の先から光が放たれ空に光の柱が出現した。その光の柱は青い火球と交わりそれを爆発させ、爆発の炎は空全体をしばらく昼の様に明るく照らした。
「ディ・ディラヴ……あいつも現れたのか……」
レプティリアンが怯えるように呟いたのを呂久は聞き逃さなかった。
あの巨大な光の塊が……監視者!呂久はその声を聞いた瞬間には山頂めがけて駆け出していた。
空の輝きが消えて暗闇が訪れた時、全ての電子機器が動かなくなっている事に皆が気が付いた。市街地の町の灯は全て消え、闇はより深くなり、空にまたたく星空と阿蘇山の噴煙を取り囲む火山雷の瞬き。そして巨大兵器の起こした火災の明かりだけが闇の中にあった。そしてその炎の中に立つ黒い巨体が照らし出されていた。
熊本市街地を火の海に変えた巨大兵器は空の爆発を見上げ、その光が消えた時には目標を阿蘇山の噴煙の中の光に決めた様だ。既に上陸した巨大兵器は前進しながら口から青白い光線を噴煙に向かって何度か放った。光線は噴煙の中の光に当たっているのか噴煙を貫通する事は無かったが、特に爆発が起きる訳でもなく噴煙の中で青く発光して消えている様に見える。
巨大兵器はビルをなぎ倒し瓦礫を蹴散らして更に前進しながら噴煙に向かって光線を何度も放っているが噴煙の中に消えていくばかりだ。電子機器が使えなくなり為す術もない誰もが巨大兵器と噴煙を固唾を飲んで見つめていた。その時、噴煙の中の人型の光は上半身の片側半分ほど出した形で巨大兵器の足元を指差す様な形を取った。その間も巨大兵器は青白い光線を人型の光に向けて放ち続けたが直撃しているのかいないのか、青白い残像を一瞬残して消えるばかりだった。
人型の光の指先から青い球状の炎の様なモノが放たれ巨大兵器の前の地面に当たり爆発を起こした。そして更に続けて青い光弾を放った。次は巨大兵器の脚部に直撃し200mの巨体がゆっくり地面に倒れ一帯に激しい揺れと轟音を響かせた。それを目の当たりにした人々は巨大兵器がやられたのかと期待に目を見開いていたが、無情にも巨大兵器は無傷のまま長い尻尾を器用に使い体制を整え昼間に海上で見せた植物の発芽に似た動作で立ち上がった。
噴煙の中の人型の光は立ち上がった巨大兵器の脚部に対して更に光弾を打ち込む。しかし巨大兵器は尻尾を地面に押し付け支えるようにして倒れずに耐えた。そして逆らって一歩前へ踏み出そうとした瞬間、その足に次の光弾が炸裂して巨大兵器はバランスを崩し逆に半歩退いた形で体制を整えた。今度は前に残った脚に光弾が炸裂して爆発とともに巨大兵器は更に退いた。人型の光は巨大兵器を市街地から海中に押し返そうとしているように見えた。
次の人型の光が放った光弾は巨大兵器の光線に相殺された。巨大兵器も学習して対応を変えている様だ。しかし人型の光が光弾を放つ間隔の方が短く、巨大兵器を少しずつ海へと押し返している。時間のかかる戦いが続いている。
巨大兵器の片足が海にまで押し戻された時、呂久は火口近くまで辿り着いていた。ドラッグで覚醒状態にありつつも凄まじい運動量だった事と限界まで噴煙に近づいている事もあり呼吸も乱れ声を出す事も出来なかった。噴煙の前で這いつくばりしばらくかけて呼吸を整えた。
そして立ち上がり、拳を握りしめ頭上に聳える巨大な噴煙に向かって全力で叫んだ。
「監視者よ!聞いてくれ!俺はこの星の人間だ!この星に居座り人間を操り食らう悪魔の様な奴らがいる!そいつらを全て追い払ってくれ!俺の命をくれてやっていい。お願いだ!」
その後も何度も声の続く限り同じ様な内容を叫び続けていた。
その時巨大な青白い光線が呂久のはるか頭上の噴煙に直撃した。巨大兵器は頭が上下に割れそうなほど巨大な口を開け、前かがみになって今までに見せたものの数十倍はあろうかという光線を噴煙に向けて放ったのだった。
呂久が見上げる噴煙の中から光る腕が現れその光線を片手で受け止めていた。そしてその腕が噴煙から更に伸びて押し返そうとしている時、光線が更に太く大きくなった。それに合わせて人型の光の受け止める手の先が突然大きく広がり巨大な盾で光線を受け止めている様な状態に変化した。
その盾の光の下部は山頂まで届き、その光に飲まれた呂久は一瞬で蒸発し跡形もなく消え去った。
巨大兵器の光線が途切れた時、人型の光は両手を向けて巨大兵器が放ったよりもさらに激しい光線を巨大兵器の胴体に向けて放ち海上にソレを押し返していった。海が割れる様な水しぶきを上げ巨大兵器が遠くへ押しやられて行く。
そして巨大兵器は身体から四方八方に無数の閃光を放って大爆発を起こしたが、閃光も爆炎も全てが巨大なガラスの球体の中で起こっているかのように空中で新円を描き激しい輝きを外に漏らさなかった。そしてその球体は瞬時に縮小し闇の中に消えた。噴煙の中の光もいつの間にか見えなくなっていた。
それらが消えた直後、球体が浮かんでいた当たりの海面は渦を巻きながら高く隆起し上空に飛沫を吹き上げ、空はその一帯の雲だけがにわかに渦を巻き二つが合わさって巨大な竜巻が起きた。周囲一帯は激しい暴風がしばらく吹き荒れていた。その後竜巻が弱まり隆起した波が押し返し、港に津波の様に押し返して船舶を激しく揺らした。
暗闇の中で嵐の様に空がうなりを上げる中、目撃した人達は風の中をある人は海を、またある人は阿蘇山の噴煙を見つめ、ただ無言で立ち尽くしていた。
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