追跡
解放された俺は疑心暗鬼に陥っていた。レプティリアンが自分を付け回しているのではないかと不安でたまらなかったのだ。辺りを見渡しては進み、立ち止まり振り返っては追跡者のいない事を確認しながら歩いている。さらにそこに幻覚が見えてしまうので幻覚を幻覚として認識出来るまで心を落ち着かせてから先に進む。そんな状況なのでほんの数十メートル進むのにかなりの時間を要してしまう。
追跡者がいる様には思えない。しかしいないから恐ろしい。疑心暗鬼に囚われているからこそ、無い物を見ようとしている事は自分でもわかっていた。では尾行するレプティリアンを確認できれば安心出来るのか。そんなはずはなかった。こんな調子では家に辿り着く頃には夜中になっているかもしれない。
一旦落ち着こうと通りがかった公園のベンチに腰かけたが、公園から見える全ての建物の全ての窓からレプティリアンが自分を見つめている幻覚、或いは妄想に囚われた。その途端に胃が捻じれる様な不快感がこみ上げ、それが頭の頂点まで飛び上がった瞬間に大量に嘔吐した。肩で息をしながら公園の水飲み場で口を漱いだ後、水を飲み、冷たい水で胃が満たされるのを感じながらその場に跪いた。
奴らの存在が悪夢そのものだし、拘束され尋問されている間も酷いモノだった。しかしあんな奴らが人間に紛れて存在する世界に一人放り出されるのならそんな事を知らずに幻覚に怯えるだけの生活の方がマシだとも思った。奴らの言うことが正しいのであれば元々ある現実の見方がが変わっただけで今まで生きていた現実と何かが変わった訳ではない。恐れずに今まで通り生きて行く事も出来るはずだ。
「いや、変わったのだ」
少なくとも奴らの現実が変化している事を俺は知っている。九州に現れた巨大な侵略破壊兵器。そしてそれに伴い現れる可能性のある「監視者」これらがレプティリアンの恐れるモノだと言う情報を知っている人間は世界に俺一人しかいないだろう。そう考えた瞬間、そのレプティリアンの記憶そのものが俺の幻覚だったらどうしようと考え、背筋を冷たいものが流れた。しかし尋問を受けた苦痛の日々を思い出し幻覚でも妄想でもないとその恐怖を否定し跳ねのけた。
奴らに反撃のカウンターを食らわせてやりたい。しかし何をするにしても今の俺に必要なのは情報だ。
俺は近くでネットの使える環境が無いか考えた。携帯は家に置いたままだし通信容量は最低のプランなのでSMSだけでも1か月の容量限度に到達してしまう。ふと思い出してポケットから紙を取り出した。レプティリアンが解放する際に俺に渡したものだ。「君の様な人間は放っておいたらいつ死んでしまうかわからないから困った時には連絡をくれていいんだよ」そういって奴らの連絡先が登録された携帯を渡して来たが俺はそれを拒否した。位置情報を知られると確信したからだ。
「我々はそんなもので君を見ている訳ではないのだがね。信用できないならこれだけ持って行きたまえ。連絡先はメモにしてある。必要な時に使うと良い。」
奴らは渡そうとした携帯からSIMカードを抜いて電話番号の書かれたメモ紙で包むように畳んで俺に渡した。確かにSIMカードだけなら問題は無い。携帯に入れて電源を入れればSIMの持つ固有の番号から位置は特定されてしまうだろうが、ある程度の誤魔化しは出来そうだ。そう考えて受け取った。その折りたたんだ紙を見つめて考えたが、まだ使う時ではないだろうと思い、なくさないように財布にしまう事にした。財布を取りだすと札束が入っていた。驚いて確認するとご丁寧に奴らから「金に困っているだろうから生活の足しにしろ」と言う趣旨のメモが入っていた。それとクレジットカード。メモを丸めて地面に叩きつけたが現金はもらう事にした。クレジットカードは取り出して裏表よく見てみたがただの磁気カードだしビジネスカードの様なのでこれも頂くことにした。上手く使えば足が付く事はないだろう。
面白くないが、奴らが自分を生かして再び拉致する気である事と、簡単に捕まえられるという自信は本当の事だろうという気がしてきた。SIMカードの包みを財布に入れて公園を後にした。最寄りの家電店で少しの間、展示品の携帯とパソコンを使わせてもらえばいい。
家電店に入るとまず大型テレビの群れが目の前に現れた。映像はどれも九州に現れた侵略破壊兵器が映し出されている。テレビのコーナーにある椅子に座ってしばらく見ることにした。これの情報も収集しておきたい。しかししばらく眺めていたが、まだ情報が集まっていないらしく同じ内容を延々と流しているだけなので諦めてパソコンコーナーで検索をかけた。が、侵略破壊兵器についてテレビと変わらない程度の情報と憶測ばかりだ。レプティリアンに関する情報もオカルトサイトばかりで信憑性に欠ける。
何か奴らの事を知る手がかりが欲しいと考えていたところで尋問者が侵略破壊兵器を撃破すると言っていた事を思い出した。だとすれば奴らは九州に向かうはずだ。恐らくは自衛隊を内部から操って攻撃をするのではないだろうか。近づきたくはないが、離れて逃げていても侵略破壊兵器が片付けばまた拉致されるに決まっている。死中に活を見出すしか俺に選択肢はないだろう。そこで九州へ向かうルートを検索したが翌日の飛行機は熊本はもとより福岡、佐賀、長崎と有明海沿岸の便は全て運休になっていた。北九州や大分、宮崎、鹿児島は運航している。新幹線は動いているようなのでそれを選ぶことにした。
とりあえず九州へ向かい、後の事はその時決めれば良い。出発前の準備が重要だ。家電店を出て大通りを進み、まずは合成薬物を作るあいつの所へ向かう事にした。失敗作のあの薬とレプティリアンが関わった薬のカクテルが覚醒状態を生み出したのは間違いないからだ。あいつの情報は知られていないはずだから細心の注意を払い奴らに気付かれないようにしなくてはいけない。
特に誰かにつけられている感じはしないが日暮れも近付いてビジネス街は人通りが増えている。紛れて歩くにも自分の風体では人混みに隠れるという事にならない。裏通りと表通りを何度か縫う様に歩いて時々立ち止まり行き交う人々を観察した。どうやら本当に尾行はされていないらしい。派遣でたまに寄っているUGMのビルが近いのでそこの通用口から入り表通りに出たところで尾行を気にするのはやめにしてヤツのところに向かう事にした。
夕日が空を染めていく。街中程ではないが住宅街も人通りがちらほらある。買い物をして帰る女性、塾かどこかに向かう子供達、学校に迎えに来た母親と手を繋いだ子供。宅配便を届ける男、ポストにチラシを入れて歩く女性。携帯で話をしながら帰宅する女性。皆の影が長く伸びていき影が濃く暗くなっていく。レプティリアンの存在を知って怯える事がなければ気にする事など何もない風景だ。
ヤツのアパートに着いてドアをノックする。返事が無い。まさかレプティリアンに知られてしまったのだろうか。ドアノブを捻ると鍵はかかっていなかった。恐る恐るドアを開けて中を覗き込んで声をかけてみる。やはり返事が無い。殺されたりしていないよな。もしもの場合を考えて土足で家に入った。
奥の部屋に入ったがやはり誰もいない。机の上には何に使うのかわからない器具や薬品が乱雑に散らかっている。注意深く机の上を眺めたが、先日の薬はなかった。ゴミ箱を見たが大してゴミが入っていないので目視でソレが無い事がわかる。次に部屋の奥にあるゴミ出し用の市指定の袋を探すことにした。詰め込まれた袋の一番上のパンパンに詰まったスーパーの袋は食品関係のゴミの様なので一旦取り出して後回しにした。その下には様々な市販薬の袋や箱が折り重なっている。その中を探していると先週自分が突き返した薬がそのままの姿で見つかった。
ほっとしてそれをポケットに入れて振り返ったところで腰を抜かしそうになった。
「お前、なんでうちのゴミ漁ってんの?」
スーパーの袋を片手にヤツが立っていた。
「ってか土足ってどういう事?ちょっと説明してくれる?汚い部屋なのはわかってるけど納得できなかったら許さないよ」
俺はレプティリアンの事は口にせずに返事が無いので死んでるかもしれないと不安になった事、変なトラブルに巻き込まれて酷い目にあっていないか不安になった事。薬は試した時には最悪だったと思ったがもう一度試そうと思った事。等々しどろもどろで答えたところ「俺の調合する素人ドラッグなんてまだ未完成なんだから普段はちゃんとしたやつ使ってよね」と呆れながら椅子にこしかけスーパーの袋から惣菜やカップ麺を並べ始めた。
俺は回収した薬を一回分より少なめに服用した。前回と同様に吐き気が込み上げてきて最悪の気分になった。
「土足で入って悪かったな。当分こっちを離れるけど帰ったらまた来るわ。」
去り際にふらつきながら別れの挨拶をしてドアを閉めた。ドアの向こうからヤツの声が聞こえた。
「おう。って、当分離れるってどこに?おーい」
返事はせずにアパートを出た。影が深くなって暗い通路を出る時に見落とした自転車のペダルで脛を打った。もう一台の絡み合った自転車がペダルの回転を阻止したせいでモロに脛を強打した形だ。痛みに顔を歪め跪いてズボンの裾をめくり脛を確認すると擦り剝いて血が出ている。ズボンにも血が付いていた。しばらく痛むかな。そう思って顔を上げると通路の先の闇の中に人が立っている気がした。しかし目を凝らすとそこは何もない影にそまった闇だけで気のせいだった。
それからよろめきながら住宅街の並ぶ丘の斜面を上り、レプティリアンから逃げた日の公園に辿り着いた。公園の横に高さ5m程の急な斜面があって上にまた住宅がある。その斜面に積まれたブロックの水抜きの穴の一つに突っ込まれた空き缶を抜いて拾った木の枝を中に突っ込み掻き出してビニール袋を取り出した。レプティリアンが回収して手に入らないと言った薬が一袋。自宅に戻る時が一番危険だと考え、家から無事に出られたら取りに戻るつもりで崖から飛び降りる前に隠しておいたものだ。残念ながらと言うべきかあの時の読みは当たっていた。
これで俺の手元に駒が揃った。
周りに人がいない事を注意深く確認し、その薬を躊躇なく使った。
あの時と同じで身体が全て意のままに動く気になる。感覚が研ぎ澄まされている。
目を瞑って周囲の情報を感じ取った。恐らく問題ない。
あの日と同じ様に公園の下の住宅地に飛び降りた。
着地して見上げると若い女性が公園のフェンス越しに俺を見下ろしている。
そいつから感じる感覚からレプティリアンで無い事はわかる。レプティリアンの手先の人間だろうか。いずれにしてももう俺の邪魔は出来ない。口元から勝利の笑みがこぼれた。そして着地した家の庭から塀を飛び越え追跡者を巻いた。
家に帰ると家の中は全てが滅茶苦茶になっていた。レプティリアンかその手先が家中を調べ上げたのだろう。天井裏まで調べてそのまま放置されている。足の踏み場の無い部屋の中でバッグを見つけ出しとりあえずの着替え等を探して詰め込んだ。
駅の電光掲示板には昼間に現れた有明海の巨大破壊兵器に翌朝から攻撃を開始する旨の速報が流れている。政府は未曾有の生物もしくは兵器の出現に対し状況を確認すると言い続け、結論を先延ばしにしていたが、世界の多くがソレを即座に危険な兵器と判断し日本政府に対処を求めており、それに流される形で決断されたらしい。幸いそいつは起き上がって以降、尻尾だけを揺らしたまま現在も直立状態だという。多くの人が携帯を見つめている。駅前で配られている号外を受け取り、切符売り場へ急いだ。
博多までの切符を買いホームへ走る。号外では巨大生物の事や対巨大生物防衛軍発足かという記事が特集されている。世界が突然の大転換期を迎えたような騒ぎだ。
世界の著名な富豪にとどまらず多くの有力者が一早くアレの危険性を訴え国家間の枠組みを超えた防衛組織を作ろうとしているらしいが、気になるのはそこで宇宙からの脅威に対応するためと言う言葉があった事だ。確かに隕石の落下と共に現れた様だが、既に宇宙からの飛来物として認識しているという事になる。
それは俺がレプティリアンから聞いた言葉と符合するが日本政府は今のところそれを認めていない。見た目からして確かに脅威だが、今のところ被害はヘリ一機だけで動いてもいない。その割に各国で暴動が起こっているというのも先走り過ぎで不自然な気がする。防衛軍設立に向けた世論の誘導のために煽動されて発生しているのかもしれない。それだけ早急な対応が必要という事か。
少なくともトカゲ共が直接人を殺す、もしくは人類が手にしていない兵器などであの巨大生物を殺す……などの掟破りが行われた場合に監視者が現れるというのは聞いている。あのトカゲ共を駆逐するにはその監視者が不可欠だ。相手も知的生命体なのだから話せば通じる可能性はあるんじゃないだろうか。
そしてあの侵略破壊兵器もまた掟破りと言うことだから、あの現場に監視者が現れる可能性もあると考えていいのではないか。そこでコンタクトが取れれば……
動き始めた新幹線の中で号外の巨大生物の写真を睨みつけていた。
伊予子と春世は呂久が博多行のチケットを買ってホームに走り去るのを人混みに紛れて確認していた。
「なんで博多に行ったんだろう。やっぱりあの巨大生物と関係あるのかな」
春世が聞いた。
「流石に蒸辺呂久が宇宙人ってのはありえなくない?」
「でもね、何十メートルもある崖を飛び降りたんだよ。絶対人間じゃないって!」
伊予子と春世は呂久を尾行していたが、呂久がボロアパートに入った時に二手に分かれていた。UGMの情報で呂久の住所を知っている伊予子が先回りしたのだ。その間に尾行していた春世の目の前で呂久が崖の上の公園から飛び降りたのだった。伊予子はその先の呂久のアパートの近くで張り込んでいたので見失わずに済み、春世に連絡して駅で落ち合ったのだ。
「そういえば春世は呂久に蹴られた警察官がパトカーの上を飛び越えるのも見てるんだよね。警察の取り調べとかもあったけど逮捕されてる訳でもないみたいだし。うーん……宇宙人とは認めたくないけど、わかんないなぁ」
完全に宇宙人だと信じ込んでいる春世にこれ以上反論する事も出来ず。唸ったままだった。
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