遭遇

春世は帰宅してシャワーを浴びた後、洗濯を始めていた。洗剤と柔軟剤を適量入れて洗濯機の蓋を閉めた所で携帯のバイブの振動音が聞こえた。携帯を洗濯機の蓋の上に置いて歯ブラシに歯磨き粉をつけて歯磨きを始めながら洗濯機の上の携帯に目をやった。それはニュース速報だった。なんだ、伊予子じゃないんだ。そう思って速報のタイトルに目をやった。


「熊本・長崎・佐賀・福岡で巨大な爆発音。隕石の落下によるものか」


「熊本・長崎で震度4。隕石の落下によるものか」


これって、あの青い火球の事かしら。気になってニュースのタイトルから本文を開いてみたが、タイトル以上の情報が何も載っていなかった。するとまた携帯が振動し次のニュース速報が飛び込んできた。


「有明海沿岸に津波警報。1.0m 沿岸の住民に避難指示」


滅茶苦茶大変なことになってるじゃない!春世は目を見張った。歯ブラシをくわえたまま慌てて洗面所を飛び出しテレビのスイッチを入れた。画面の端に警報の情報が表示され特番が放送されている。特番の映像はどこかの夜の街並みを映していて空に青い火球が現れ遠く海の方へ飛んでいき海に着水した後に青い閃光が海から発せられ一瞬空を明るく照らす。そして街が激しく揺れている。何度もこの映像が繰り返し放送されていた。固唾を飲んで情報を見守っているとまたしても携帯が振動した。伊予子からのメッセージだった。


「ニュース見てる?有明の隕石ってさっき一緒に見たやつだよね!?」


「多分間違いないと思う」


「あの赤い方はどうなったんだろう」


「多分、空中で消えて無くなったんだと思う。ほとんどの隕石はそうやって無くなるから」


「そっか。一つでこんなに酷い事になるのなら二つとも落ちなくて良かったのかもね。」


伊予子の月並みな返信。春世はニュースに集中したいのでそろそろ話の切り上げ時かなと判断し「そうだね。私明日は仕事だからそろそろ……」と入力中にまたしても携帯が振動してニュース速報が届いた。


「阿蘇山が噴火。レベル3。今後レベル4に引き上げられる可能性も」


「えぇーっ!?」春世の驚愕(悲鳴)


九州で特大級の自然災害が起こっていそうな情報に驚いた悲鳴でもあるが、伊予子との話がまだ続きそうな事に対する悲鳴でもあった。一旦歯磨きを終わらせよう。腹を決めて携帯は置いたまま洗面所に戻り歯磨きを終わらせてテレビの前に戻ると携帯の待ち受けは追加のニュース速報と伊予子のメッセージが春世の確認を待っていた。


「阿蘇山が噴火だって!絶対関係あるよね!」


「そうだね、テレビでも可能性について無いとは言い切れないって言ってるし」


「どうなっちゃうんだろう」


「自然災害だからね。なるようにしかならないよ。明日は仕事なんだし私達は自分の事をちゃんとやろうね」(春世の話を終わらせたい返信)


 

「でもさ、赤い方はどうなったんだろう?」(食いつく伊予子)


「ごめん、それは知らないよ。」(嫌になってきた春世)


「何か凄い大変な状況だし、また明日もお話しようね。私も寝るよ。おやすみ」(意外と自分からあっさり話を終わりにする伊予子)


「うん、明日は日本中が大変かもね。おやすみ」(解放されて安堵する春世)


伊予子のメッセージラッシュから解放された後も春世はしばらくテレビを見ながら過ごした。しかし新しいニュースは特になく眠気に負けそうになる頃には特番も終わっていた。


 


目覚ましのアラームに起こされた春世はすぐさまテレビをつけた。洗面所に置いてある化粧道具入れと卓上ミラーを持ってベッドの横の小さなテーブルに置いてテレビを見ながら化粧を始めた。テレビでは夜間の青い火球を別角度から捉えた映像が数パターン流れている。


昨日は流れなかった映像だ。港では漁船が転覆したり、船の向きがてんでバラバラになった様子が流れていた。長崎側の諫早方面が特に被害が激しく、上空からの映像のみだったが巨大津波に飲まれて街ごと被災した様に見える。そして巨大な噴煙を上げる阿蘇山の景色。時々噴煙が瞬き火山雷が走るのが見える。幸い地震による被害の映像は流れていないので大した事はなかったのだろう。


それにしても地震大国で隕石まで地震の原因になったんじゃ安心して眠れそうにもない。春世は昨晩伊予子と火球を眺めた時の事を思い出した。


「やっぱり凶兆だったんだ……」


職場に着いても同僚達の話は青い火球の話で持ちきりだった。そしてその日の仕事は激務となった。春世の勤務するコールセンターは福祉関係の公的なコールセンターで本来は閑散期に近かったが隕石騒ぎによる社会不安は人々を突き動かすらしく、そのコールセンターが担当する業務だけなら兎も角、問い合わせ先の全く違う電話まで含めて休みなくコールが続いた。


午前の業務だけでメンタルを極限まで擦り減らした春世は昼休みに食事を取る気力を失い昼食用に解放されるホールには行かず、打合せ等でも使うフリールーム(休憩室)の自販機でイチゴミルクとカロリーメイトを買って大型テレビの前に一人座って災害中継を眺めながら時々携帯でネットのニュースやSNSを眺めて過ごしていた。


 


SNSのトレンドに「隕石落下現場」「ヘリコプター」等とあるのを見つけて開いてみるとテレビ局のヘリコプターが隕石の落下現場と思われる海上に入り込んでいるという非難のコメントが多数見られたので休憩室に他に誰もいない事を確認して非難の矛先となっているテレビ局にチャンネルを合わせた。


確かに海上から空撮している映像なのは間違いないが、どうやったらこれが調査のため封鎖されている空域に入っているとわかるんだろうとテレビとSNSを見比べていた。なるほど安全確認のために隕石落下現場付近が封鎖する旨、政府が発表しているのはわかった。でもヘリの位置は?と調べていると、飛行機やヘリコプターの位置情報を取得できるアプリもしくはサービスがある事がわかった。なるほどなぁと感心しながら改めてテレビの映像を眺めていると海面に長く黒い部分がある。カメラはそこを重点的に映している。


「その上空から見て海面の黒い影になっているのが隕石と考えられているのでしょうか?」

テレビの司会が中継の記者に問いかけた。


「はい、港でこの映像を漁師の方に確認してもらったところ、この海域にこの様な影があるのを見た事がないと言うことです。ただしこの影は上空から見ても数百mほどはあるので落果した隕石本体だとすると被害が小さすぎるのではないかと思います。なので隕石の落果痕であるとか、あるいはその影響で発生したものと思われます。」


「隕石は落果前に爆発したとも伝えられていますし、隕石の破片とも考えられますよね。」今度は司会がゲストに話しかけている。


「詳しい事は調査結果を確認しなければ判断できませんが、隕石の影響で発生したと言うことになるのかもしれませんね。」専門家らしきゲストの回答に「何も答えてないじゃん。」春世は思わず呟いた。


「見てください、黒い影の部分が一部見えてきました!」中継の記者が慌てた様子で叫ぶのを機に画面が再び海上の映像に変わった。沢山の黒く鋭い突起が海上に現れているのが見える。岩の様だ。


「岩礁の様に見えます。これは隕石でしょうか。波が引いて姿を現したのでしょうか。徐々にその範囲が広がっています。」


「でも、調べたら有明海は今、干潮時ではないんですよね。潮が引いたのではないんじゃないでしょうか。」別のゲストが携帯を片手にコメントしている。


「だとすると阿蘇山も噴火していますし、海底が隆起して岩礁が現れたと言うことも考えられますよね」司会がゲスト達に問いかける。


「現在も隆起を続けていると言うことですか?」先刻コメントしたゲストが「それはないだろう」という雰囲気で問い返した後でコメントを続けた。「それよりも状況だけ見れば浮かんできている様に思えるんですけどね。なんでかわからないけど。」


確かにそうだと春世も頷いた。


 


映像はいよいよ海上に顕わになった岩礁を映し出す。直線的に長い岩礁の片方の端は先端に近付くにつれ尖った様に細くなっている。反対は尖った突起がが激しい。真上から見れば巨大な船、もしくは楔の様な印象だ。


「岩礁が!岩礁の様なモノが動いています!」中継している記者が叫んだ。


それは植物の発芽を思い出させるような動きだった。長い岩礁の様な物が弧を描き海上にアーチの形状を作った。そして角張った方の端がゆっくりと空に向かって持ち上がっていく。そしてついに真っすぐと直立した状態になった。尖った方はゆらゆらと揺れて左右に激しい波しぶきを立てている。


「何でしょう!これは何でしょう!何が起こっているんでしょう!岩礁が動いてまるで倒れた高層ビルがタワーマンションが一人で起き上がったかの様です!」


「本当にそれは岩なんですか?まるで生物的な動きに見えますけど。これは自然現象なんでしょうか。何か確認できそうですか?」興奮する記者に司会が問いかけた。


「はい、残念ですが、今、ヘリのパイロットの方が取材飛行をやめて帰還するようにかなり強く言われたそうで、取材はここまでとなります。最後に旋回してその様子を確認したいと思います。」


「そうですか、中継ありがとうございました」司会が締めた後、聳え立つ岩を見下ろす様に周囲を旋回する映像が無音で流れている。旋回するヘリの映像は本当に海上に聳える超高層ビルの様で中継している記者の例えは上手かったなと感心した。


岩礁と思われていた時点では海中側の言わば底と思われていた方にカメラが回ってきた。高層ビルの最上部に当たる部分は裏側も鋭い突起が多かったが、下の方では突起が無くなっている。


「あれ?」


春世は岩の上部の映像にほんの直前までなかった変化を見つけた。岩肌に大きな艶のある黒い球形が一つ飛び出して見えるのだ。


何か目玉みたいで怖い……そう思っている間に旋回する映像はさらに回り込むと黒い球体は岩の反対側にもう一つあってまさに目玉の様であった。両側に見える黒いモノが目ならそれは顔と言うことになる。春世は人間が反射的にモノを顔の様に認識しようとするという話を思い出して自分の感覚を否定しようとしていた。しかしテレビの中でも皆が同じ反応をしていた。


「なんか岩の天辺が顔の様に見えるんですけど」「なにこれ怖い」「生き物みたいに見えますね」スタジオがざわめいている。


映像は無音で音声は繋がっていないようだが、にわかに映像がガタガタと揺れだした。一度カメラの映像がヘリ内部に変わって青ざめた記者が何かをパイロットに話している様子が見えた。間違いなく同じ判断をして慌てている。


 


「聞こえますか?それ顔みたいじゃないですか?」司会が再び問いかける。


「逃げて!逃げて!うわーーーー!」突然音声が繋がり記者の慌てる声と他の誰かの叫び声が響いた。再び巨大な顔状のモノを映そうとしているのか海面を映し出した。そしてカメラが動くと画面の右端で高層ビルの様な巨大な何かの顔がヘリの方を見上げていた。その頂上の顔に見える両端の目の下には先刻まで無かった大きな裂け目があり、正しく口の様であった。


「ヤバい!こっち見てる!ヤバいって逃げて逃げて!」


記者の声が響く中、口の裂け目の奥が青く光り、直後に映像が途絶えた。


「映像が切れましたが何かありましたか?」司会が何度も呼びかけるが応答がない。「港の方はどうですかね」港から海を見渡す映像に切り替わるとカメラを背に海を見つめてガタガタと震えているキャスターの姿があった。その奥には海を見て騒いでいる人だかりがあった。


「上空からの映像が切れたんですが……えぇ!?」司会が大声を出した。


人だかりの奥に例え通りの高層ビルの様な黒いものが聳え立ち、そこから少し離れた空中に煙が漂っている。ヘリが爆発したとしか思えない。


「ヘリ、落ちたんですか!?何があったんですか!?」司会の問いかけに港の記者は答える事無く背を向けたまま震え続けている。


「その時の映像ありますか?」司会はすかさず指示を出した。


切り替わった映像では海の向こうに聳える塔とそこから離れるヘリが白い点の様に見える。そして黒い塔の天辺から青白い光線が一瞬放たれ、同時にヘリが爆発する様子が映っていた。


スタジオに映像が戻ると誰もが沈黙していてしばらく司会は口を開け目を見開いたままでいたが、その目から涙がボロボロと流れ出して咄嗟に顔を手で覆った。「何ていえばいいのか。すみません……」司会の絞り出すような声の後CMに変わった。


春代も想像を絶する巨大な生き物めいた何かと目の前の中継で人が死んだ事とを受け入れきれずにボロボロと涙を流していた。ニュース速報が何度も届いて携帯が振動し続けている。食事中に携帯のニュース速報やSNSの情報で驚いた同僚たちがテレビを見ようと押しかけてきた。皆が現実を受け入れきれずにそれぞれの悲鳴の様な心の声を口にした。


春代は逃げるように一人自分の席に戻って放心したように椅子にもたれかかった。何が起こったのかわからない。わからないが、何かとてつもない事が起こっている事だけはわかる。胸を押しつぶしそうな不安が黒い塊となって身体の中で渦を巻いているようだった。


その後、午後のコールセンターにコールは一件もなかった。日本中が有明海の巨大物体から目を離せないのだろう。上司がテレビ会議システムの大きなテレビにアンテナ線を繋いでニュースを流した。あちこちで大きなため息が聞こえる。気分が悪くなって早退する人も出てきた。皆無言だった。伊予子はどう思っているだろう。春世は伊予子の事を考えていた。


こんな時に何て連絡すればいいんだろう。言葉が何も出てこない。なるべく余計な事は書かずにおこう。そう考えて「今日、仕事が終わったら会える?」とだけ送信した。


「OK」


即座に返信があった。少しだけ気持ちが軽くなった。





俺はは拘束衣で自由を奪われ何もない部屋の片隅に座り込み項垂れていた。何日も精密検査と尋問が続いていた。レプティリアンは俺の前では秘密を隠すことなく、むしろ積極的に話していた。そちらの方が精神的にダメージが大きいと悟ったからだ。


奴らの関与する薬物と複合的に作用して超人的状態を作り出したものの正体を調べるために催眠術を施しが調査以降は体への影響を考慮し自白剤等は一切使わず直接情報を聞き出す、もしくは調べだす事に専念しているそうだ。


レプティリアンは俺の多くを調べ上げていた。大学卒業後SEとして就職し、出向先で受けたパワハラが原因で精神を病み数年で退社した事。実家に引き籠った時に片親と大喧嘩になって家を飛び出し絶縁状態になった事。


その後は派遣会社に登録して働いたが、どこに行っても解雇、もしくは契約期間が終わった時点で再契約してもらえず職場を転々としている事。病院で処方される向精神薬では収まらずドラッグに手を出し、いよいよ人生のどん底に転げ落ちた事。どれを取っても胸を抉られる様な話だった。


ドアが開き白衣の男の姿のレプティリアンが二人部屋に入ってきた。


「おはよう。蒸辺君。今日もよろしく頼むよ。」


また今日も地獄が始まるのかと絶望し目を閉じた。クスリの無い状態で精神を痛めつけられるのは気が狂いそうになるほど辛い事だった。今日も両脇を抱えられて項垂れたまま引きずられている。地獄の鬼と地獄に落ちた人間の絵図の様だ。


俺はこの人間社会をコントロールして格差を生み追い詰められた無力な人間を食料にしているレプティリアンこそ自分の身の上の不幸を作った張本人だと認識し、彼らへの恨みだけを尋問に耐える拠り所としていた。


「俺が自由になったら今度こそお前らを殺してやる」


「我々が君を自由にしてやっても君はおかしな事ばかり言う麻薬中毒者だ。せっかく自由にしても人間社会が君を殺すだろうね。」



 


「もう一度薬を使えば俺はお前らを確実に殺せる。その後で人間に殺されるのなら本望だ」


「本当に君は馬鹿だなぁ。君がクラブで売人から買ったドラッグは我々が関与してリリースしたものだと言っただろ?とっくに回収したさ。もうどこを探しても手に入らないよ。君の様なイレギュラーが増えると困るからね。さぁ、今日こそその我々のドラッグと何を組み合わせてあの力を手に入れたのか聞かせてもらうよ。」


「でっかいハンバーグだったかな、いやビーフカレーだったかも。食ったら思い出すよ。」


「まだまだ時間がかかりそうだね。まぁ時間はいくらでもあるし逆らっても君の苦痛が増えるだけだ。せいぜい頑張り給え」


そして尋問が始まった。俺は覚悟して何も考えないように務めていたが、その日は様子が違った。


昼を回った頃、助手をしている方のレプティリアンが突然驚いたような表情を見せた。そしてしばらく硬直していたが尋問を取り仕切る方のレプティリアンが目を見開いて助手を見た。そして二人で真剣な面持ちで見つめあっている。どうやらあの頭蓋骨メカの中には無線機能が搭載されているらしい。


「何か事件でもあったか?俺みたいなやつが他にも出てきたか?」


「その程度なら何の問題も無かったよ。とんでもない事が起きている」

助手が答えた。尋問者が無言で睨みつけてきた。


二人はまた俺の脇を抱え一般的な病院の診察室に入り、診察室の丸い椅子に座らせた。医師の座る椅子に尋問者が座り助手は診察ベッドに腰かけて診察室の壁に据え付けられたテレビをつけた。


テレビには海上に巨大な塔の様なモノが聳える映像が繰り返し流れていた。塔の先端部から一瞬青い閃光が走り、同時に空中で爆発が起きている。別の映像で見ると塔ではなく直立した爬虫類にも見える。長い尻尾らしきモノが海上を踊る様に畝っている。


「なんだこれは」


「兵器とでも言うべきかな」

尋問者は答えず頭を抱えている、代わりに助手が答えた。


「生き物なのか?もしかしてこれがお前らの恐れる監視者か!だとしたらざまぁみろだな!ははは!」


尋問者が声を荒げてテレビをにらみつけ机を拳で叩いた。

「もっと……もっと酷いものだ。我々はルールを遵守してこの星で生きてきたと言うのに!」


「もう少しわかる様に教えてくれないか」


「あれは生物ではない。惑星侵略破壊兵器とでも言うべきものだ。自立して動き何もかも破壊する。攻撃を受けて破壊されれば大爆発を起こして一帯を場合によっては星ごと吹き飛ばす。放っておいても攻撃しても甚大な被害が出る事は間違いない。そしてそんなものを発達途上の惑星に放り込むなどという野蛮な行為は宇宙の先進文明間の条約で禁止されているのだ。」


「お前ら人食いレプティリアンが野蛮でないとでも言うのかよ」


「我々は条約の許す範囲で行動している。人類の存続に寄与もしている。あんな野蛮な行為をする者共とは違う」


「侵略しているのは同じじゃないか」


「侵略などしていない。我々がやっているのは君達人類が家畜を買うのと同じだ。また種の保存のために環境を守ろうとするのも。」


「わからんね。」


「君達が獣と分かり合う事が無いように我々と人類も分かり合う必要はない。」


「分かり合いたくもないね。で、あの化け物をどうすればいいんだ。」


「被害が最小限になるよう撃破するしかない。しかし人類の武力ではアレを倒すのは難しい」


「お前らの武器でもUFOでも持ってくればいいじゃないか」


「我々はこの星で生きてきた。これからもそのつもりだ。ルールを破る気はない。」


「お前ら人食いのくせに妙に紳士ぶった偉そうな態度が気に入らねぇな。とっとと星に帰れよ。」


「我々に帰る星は無い。あの侵略破壊兵器を撃破せねば二つ目の故郷も失う事になるかもしれんのだ」


「だったらルールを破ってでも片づけて見せろよ。今までさんざん人の命を奪ったんだろうが、役に立つことやって地球を去れば少しは見直してやるよ」


「そんな事をすればきっと奴が来る。侵略破壊兵器よりも最悪だ」


「監視者か」



尋問者は質問には答えずしばらく沈黙していたが、突然思いもよらない事を言い出した。


「今、世界中の仲間と連絡を取り合っている。この状況を打破するためには我々も全力で当たらねばならない。そこで蒸辺君、君は一旦解放しようと思う。」


「なんだって?」


「君の身に起きた事に対する研究を続けたいのは山々だが、状況的にやむを得ない。それに逮捕されたままでは留置所や保護施設で君が人間に何をされるかもわからない。我々が君を長時間拘束すれば監視者に知られ我々がまずい立場になる。君が逃げても我々はすぐに見つけられるのだから一旦自由になってもらうのが最も安全に君を生かす方法というわけだ。それにあの侵略破壊兵器が人類の前に現れた今、世界は大混乱だ。薬物中毒者の君が人食いレプティリアンが人間に化けているなどと喚いたところで誰も相手にしないさ。」


俺は突然拘束衣から解放されその場で自由の身となった。





夕方、春世はUGMのあるビルの前の花壇のへりに座って伊予子が出てくるのを待っていた。コールセンターが状況を鑑みて定時に全員残業なしで帰る様に促したのだ。勿論午後からは一本の電話も無かったので残業して片付ける様な業務は一つも無かった。


早過ぎるのでどこかで時間を潰そうとも思ったがどこに行っても落ち着く気がしなかった。SNSを見れば各国の首脳も謎の巨大生物(?)に対して声明を発表しているが、どれも決断を先送りにする内容ばかりだった。


財界の著名人などの所謂億万長者達がいち早く世界の危機を訴えて連名で世界的規模の厄災に備える組織を共同で立ち上げる事を発表した。国家以上の国際防衛組織にするという。これには賛同の声が多く上がっているが、現時点で起きている事に対して対応が間に合わないと不安の声も多い。


また、巨大生物を見てこれこそ終末の始まりだと感じた人々も多いらしく、世界のあちこちで暴動や神へ祈りを捧げる集会が起きたりもしているらしい。


当事国では巨大な何かに対してヘリが一機撃墜された事以上の被害は出ていないと言う事にしてその後の展開を固唾を飲んで見守りつつ何とか普通の生活を続けている。その割に世界のあちこちでは当事国以上の反応が噴出しているのは不思議だと思った。


政府は今だあの化け物を生物と断じてはおらず、兵器の可能性もあると言ったままそれ以上の情報は出して無い。有明海沿岸部の住民に対して緊急安全確保の指示が出た事だけは早かった。


伊予子を待っている間、行き交う人を眺めても皆が携帯を凝視し険しい顔をして歩いている。自分はこんな時なにをすればいいんだろう。道行く人を目で追いながらそんな事を考えていると背後から伊予子の声がした。


 


「春世。もしかしてもう仕事終わったの?」

伊予子は外回りをしていたらしく会社にこれから戻るようだ。


「伊予子、外回りだったんだね。私はあの化け物騒ぎで仕事が暇になったから今日は定時上がり」


「化け物騒ぎってなに?」


「伊予子知らないの!?」


「ニュースとかネットだけでなくて世界中が大騒ぎしてるんだよ!?」


「そうなんだ。私は今日もずっと蒸辺の件で迷惑をかけた派遣先の担当者にお詫びとか色々回ってた。ついでにこれからもよろしくって事で種まきもしとかないといけないしね。」


「昼過ぎから会った人とか化け物の話してなかった?」


「うーん、別に。昼から会った人は小林商事の村松さんが最初で次が警備会社社長の桐山さんに会って、車修理の坂田さんに会って……あ、そこの車修理屋さん働いている人が蒸辺の後輩って言うから少し話も聞いたっけ。みんな仕事中はテレビもネットも見てなさそうな所ばかりだったから話が出なかったのかな」


「……そう、知らないんだ。何か伊予子って凄い強運を持ってる気がしてきた。触れたくない様な情報が勝手に避けていくような。」


「ははは。何それ。悪いけど一旦事務所で報告あげなきゃだから向いのカフェでお茶でもしててくれる?」


「うん、じゃぁカフェで待つね。」


何も知らずに普通に仕事をしている伊予子のノリに春世は良い意味で調子が狂ってすっかり気が楽になってしまった。カフェで待ってる間もやっと人心地ついた様な気がした。

しばらく待っていると伊予子がカフェに来た。春世の前に立って昼の有明海の映像が映った携帯を突き出した。


「あんたが言ってたのってこれの事ね。なんか凄い事になってる。で、なにこれ?」


「いや、私もわからないよ。生き物かもしれないし兵器かもしれないって情報が出ている事くらいしか」


「そっか。これ動くんだよね?」


「尻尾みたいなものが動いているけど立っている本体みたいなのは立ってから顔を動かした時以外はまだ一度も動いていないみたい。」


「うーん、変なヤツ」店員の運んで来たレモンスカッシュをストローで飲みながら眉間に皺を寄せて携帯の画面を眺めている伊予子に春世は噴き出してしまった。


 


「何?わたしおかしな事言った?」


「だって世界が終わるとか終末が来たとか言って世界中が大騒ぎしているのに、伊予子は変わった動物でも眺めているみたいに普通にしているから。」


「だってこんなの全然ピンと来ないじゃん。ヘリが撃ち落されたりとか滅茶苦茶ヤバいのはわかってるけど、現実味が無いというか。男の子の好きそうな番組みたいじゃん。」


「それが現実だからみんな怖がってるんだよ」


「そっか。そういうもんか」


腕組みして他人事の様に納得している伊予子を見て春世はしばらく笑い続けた。伊予子と一緒だと大変な事も大した事じゃないように思えてきて面白いと春世は思った。


それから春世が知る限りの化け物の情報を伊予子に教えて仕事への影響や世界の動きなどについて思うところ等を互いに話していた。


春世の話を聞きながら頬杖をついて残り少ないレモンスカッシュを音を立ててすすりながら外の通りを眺めている伊予子が突然立ち上がった。


「春世!あいつ!蒸辺がいる!」


伊予子の指さす方を見るとちょうどUGMのあるビルの前を男性が歩いている。だが春世は蒸辺の容姿を知らない。


「本当なの?」


「この1週間毎日写真を見てるから絶対間違いない。あの野郎、散々人に無駄働きさせといてのうのうと……一発ぶん殴る」

伊予子が店を飛び出そうとするのを春世は必死で止めた。


「相手は人殺しかもしれないんだよ。危ないって。」


「それが本当だったらこんな所をぶらぶら歩いていないって。」


「決めつけるのは早いよ。」

春世に腕を掴まれて説得され伊予子は口をとがらせたまま考えてから言った。


「じゃぁ、とりあえず後をつける。」

伊予子の目が座ってる感じがして春世は伊予子の事を少し怖いと思った。

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