寂れた水曜日

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寂れた水曜日

 三峰ヨウイチは、違い棚に飾った鷹の羽を見て呟く。


「一体、あの鷹はどうなったことやら……」


 七十年ほど前、中学三年生だったヨウイチは、俗に言う「遅刻魔」だった。あの日も例外ではなかった。

 そんな時、電線を見上げると、止まっていたのは、カラスでもハトでもなく、鷹だった。

 その鷹が落とした羽を、どうしてか、今も飾っている。


「あの鷹は、生きているのだろうか。いや、一度目の寿命で尽きたのか……」


 鷹の寿命は二つ。三十五歳と七十歳だ。

 七十歳で死ぬ鷹は、三十五歳のときに、弱った爪とくちばしと羽を、自分で再生させる。

 あのときの鷹がいくつか知らないが、もし若い鷹だったなら、まだ生きている可能性はある。


「どうしても、忘れられぬ……」

「そんなに鷹の羽に思い入れがあるの」


 突如として、声がした。若い、少し中性的な、男の声だった。

 ヨウイチが、開けた障子の外を見ると、そこには少年が立っていた。


「な、なんじゃお前は。人ん家の庭に勝手に入りやがって」

「別に草は踏んでない。飛んでるから」


 よく見ると、少年の足は地に着いていなかった。改めて見ると、背中から六対の羽が生えている。ただ、鳥の羽というより、天使の羽だ。


「だ、だからといって」

「それより、昔々の鷹の羽に思い入れがあるなんて、相当だね、おきな。忘れられない思い出でもあるの?」


 老人相手にこの馴れ馴れしい口調と、翁という古臭い言葉。

 あまりに不釣り合いすぎて、ヨウイチは目を見開く。

 よく分からない少年だ。長寿の人外だろうか。


「何でも話してよ。叶えられる範囲なら叶えてあげる」


 吸い込まれるような藍色の瞳に誘われて、ヨウイチは話した。

 若いころ、授業をサボっていたせいで、社会に出てから骨が折れたこと。どこかの偉人の言う通り、若いうちから真面目にいるべきだったこと。若いころの苦労を忘れないようにか、ずっと鷹の羽を飾っているということ。


 ヨウイチの話を聞いた少年は、うなずいてから答えた。


「分かった、翁。長生きさせてあげる。今のあんたじゃ、長生きできそうもないしね」

「でも、どうやってやるんじゃ」


 ヨウイチが訊ねると、少年は答えた。


「妖力だよ。あんたの鷹の羽と、人としての能力を引き換えに」


 耳が遠かったためか、ヨウイチには、後半部分は「人となり悪癖を……」としか聞こえなかった。肝心な部分を聞き逃すのは、今も昔も変わらないらしい。


「分かった。羽はこれじゃ」

「ありがとう。それじゃ、五龍神田寳來の名にかけて、あんたを幸せにしてやるよ」


 * * *


 その後、ヨウイチは大空の帝王として、寳來と共に穏やかな日々を送っていたが、脳味噌が縮小したためか、物覚えが悪くなったらしい。

 生前の学習不足も影響しただろうか。

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