20 あの夏の花火を、もう一度。


 八月の最初。

 地元の花火大会は相変わらず盛況で、河川敷にはどこからこんなに人が来るのかと思うくらい人でごった返している。


「先に地元に戻るって言うから、浴衣を着てくれるかと思ったのに」


 また車に乗せてもらったら二人きりの空気に耐えられそうになくて、わたしは速水の申し出を頑なに断って金曜日の夜に電車で実家に帰っていた。


「自分はそんなラフな格好しておいて何言ってんの」

 わたしは呆れて言う。


 速水は白い短パンにグレーのTシャツ姿だ。

 本当にラフな格好だけど、服から延びる手足が長くて浅黒くて筋肉で引き締まっていて、思わず見惚れてしまう。元が良い人は何を着てもサマになるんだ。ズルい。


 元が良くないわたしは浴衣くらい着た方が速水と釣り合ったかもしれない、と思っていると、


「でも、そのワンピースもめちゃくちゃ可愛いからいい」

 屈んでささやいた速水の唇が、そっとわたしの耳に当たってわたしは思わず顔を上げた。


「な、なにすんの!」

「可愛いすぎるのが悪い」


 速水は笑って、わたしの手を取って歩き出した。


 すでに花火は上がっていて、交通整備の人が立ち止まらないでください、ってスピーカーでアナウンスしている。花火が上がるたびにどよめきや歓声が上がる。


 大輪の花火の音、上がる歓声。雑踏の音。

 あの夏の光景が脳裏に浮かぶ。

 喧噪のただなかにいたはずなのに速水のその言葉だけが耳に届いた。


「ごめん無理だわ、村上」


 今も同じシチュエーションで、速水のその言葉だけが耳に届いて。


 でもその言葉の響きに、あの頃とはまったく違うやわらかさを感じて、わたしは速水を見上げる。


「ごめん、俺、やっぱり村上が好きだよ。今までは知らなかったから我慢できたけど、いろんな経緯や村上の気持ちを知った今、もう我慢とか無理だ」

「速水……」

「10年前に言えなかったこと、今度は俺が言うよ。村上が好きだ。ずっと一緒にいたて、いろんなことしたい。いろんな場所に行きたい。あの頃からずっとそう思ってる」


 どんっ、と花火が上がる。ひと際大きな花火に夏の夜が明るくなり、拍手や歓声が上がる。


「だから付き合ってほしい」

 わたしの言葉を待つ速水の瞳が、切なそうに揺れて。

 今までのこととか、自分の気持ちとか、いろんなものがごっちゃになって、視界がぼやけて。

「……うん」

 それだけ言うのが、精一杯だ。


 速水が少しだけ笑って、わたしの肩を抱いた。


 もっと何か、気の利いたことを言わなくちゃと思うけれど、花火の爆音の中、大切な言葉が消えてしまいそうで、わたしはそっと目を閉じる。

 これがわたしの答えだよ。

 わかってる、というふうに、速水の唇が少しだけ、わたしの唇に触れた。



 次々に大輪の花火が上がる中、唇が離れたわたしたちは、十年越しに微笑みあった。





〈おわり〉




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わたしを溺愛してくるのは、かつて失恋した人だったという件。 桂真琴@『転生厨師』コミックス1巻発売! @katura-makoto

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