最終話

 ラルフはその宣言通り、一分もかからず賊を瀕死に追い込んでしまった。

 ジャンナも目で追うのがやっとで、彼がどのような動きをしていたのか理解できなかった。


(まさかバーナード殿下が廃嫡になるなんて思ってもみなかったわ)


 騎士に引き渡されたバーナードが去り際にぺらぺらと王国の内情を喋ってくれたのだ。

 曰く、ジャンナの隠密で得られていた情報が無くなり、ものの一ヶ月で国家が傾き初めてしまったらしい。

 そのためジャンナを連れ戻そうと帝国に手紙を送ってみたものの、返事が来なかったために、強硬手段にでた。

 バーナードが連れて来られたのはジャンナを婚約破棄した罪を身を持って償え、とのことだ。

 賊の処理という急務に見舞われたラルフと共に公務をこなした後、ジャンナは執務室のバルコニーで風に当たっていた。


「ジャンナ。お待たせ」

「あら? メイクして来なかったの?」

「あぁ。今はこれでいいんだ」

「?」


 首を傾げるジャンナの隣を陣取ったラルフが、月明かりに照らされた。

 銀色の髪が月光を浴びて煌めく。

 褐色の肌と相まって艶美えんびな雰囲気を纏っている。

 少し細められた紫紺の瞳にはジャンナしか映っていない。

 当てられそうな色気にジャンナは思わず喉を鳴らした。


「ジャンナ。俺は君のことが昔から好きだったんだ。正直、今日のことで俺はものすごく嫉妬している」

「……え?」


 両手を取られ、じっと見つめられる。

 ジャンナを見つめる瞳の奥には仄暗い熱が宿っていた。

 その熱に食べられそうだと感じたジャンナは思わず一歩下がろうと足を引く。しかし、それは許されなかった。

 両手を握っていた手を引かれ、逆にラルフの胸に飛び込む形になる。

 ぎゅうぎゅうと抱きしめられたジャンナは抗議しようと上を向くが、破壊力の高い顔面に何も言えなくなってしまった。


「密偵として潜り込んでくる君を見る度、胸を高鳴らせていた」

「え? えっと……?」


 状況に追いついていない頭を回す。

 しかし、続いた言葉にジャンナの思考は完全に停止してしまった。


「城に忍び込めずに悔しそうな顔をするジャンナはとっても可愛かった」

「は……?」

「極秘任務なんて信じてない。俺はずっとジャンナを見てきた。やっと手に入れられたんだ。あんな奴に壊されてなるものか」

「ラ、ラルフ陛下?」


 耳元で呟いていたかと思うと、ラルフが唐突にがばりと顔を上げた。


「ジャンナ」

「は、はい」

「俺は君が好きだ。狂おしいほどに」

「ならどうして部屋に来てくれないの」

「俺は段階を踏んでから一歩ずつ進みたいの」

「なにそれ。初々しい恋人みたいなこと言うのね」


 思わずくすりと笑えば、そうだよと拗ねたような言葉が返ってくる。


「俺はジャンナと恋人になるつもりだよ」

「私と、恋人に……?」

「そうだよ。冷え切った結婚生活なんて御免だしね」

「確かにお互いを尊重しあって生活したいわね」

「うん。なら、俺が我慢の限界だって言っても受け入れてくれる?」


 可愛らしく首を傾げるラルフに、ジャンナは後先考えず小さく頷いた。


「内容にもよるけど、夫を受け入れるのが妻の役目よ」

「男前だね。じゃあキスしよっか」

「え?」


 ラルフの言葉にジャンナは困惑するしかない。

 言質を取られてしまっているため、逃げ場がない。


「ね、いいでしょ? 俺たち夫婦なんだし」

「えっと、あの……」


 楽しげなラルフが急かしてくるものだから、ジャンナはますます焦ってしまう。


「ほーら。早く。目を閉じて」

「ちょ、ちょっと待って」

「待たない」


 強引に重ねられた唇から、

「もう逃がさない」

 と聞こえた気がした。


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あとがき


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