プロローグ あさひとまひる
人間、誰しも隠していたいことの、一つや二つあるのでしょう。
誰にも知られてはいけない、秘密のこと。
隠したい過去。
言えない言葉。
伝えられない想い。
誰だって、そういうものを抱えて生きている。
それでも人は何も隠してないふりをして、誰かと共にいるんでしょう?
だってそうしないと、隣にいる大切な人との関係を壊してしまうから。
言葉の全てを伝えてしまえば、きっと誰かを傷つけてしまうから。
だから明るく声を上げていましょう、だから気丈に笑っていましょう。
どんくさい私には、それができる精一杯。
ただ、でも。
ずっと抱えた言葉は、どこかで淀んで、心を蝕んでしまうから。
時々吐き出してあげないといけなくて。
だから、お遊びの体を借りて、あくまでゲームのふりをして。
本当の言葉をそっと、あなたに伝えてる。
「ね、まひるちゃん、あいしてるよ。世界で一番、好きだよ、大好き」
そして、こんな私のちっぽけな言葉で、あなたが少しだけでも照れてくるのが。
きっと何より、一番の幸せだった。
※
愛してるゲームのルール、その3。
『ゲーム内でのやり取りはあくまでお遊び、深くは追及しないこと』
このルールのおかげで、私がいくら愛を囁こうが、大好きと告白しようが、それはあくまでゲームの中のお話ということになる。
現実的には、私たちの関係は何も変化することはない。
少し寂しい気はするけれど、まあ、だからこそいいのかなって想ってる。
だって、本気で伝えてしまえば、きっと今の関係は変わってしまう。
私の抱える秘密もきっと話さないといけなくて、それは同時にまひるちゃんの秘密を暴くことにも繋がってくる。
そして、私たちは多分二人ともそれを望んでない。
だから、あくまで私たちは些細なゲームをしてるだけ。
私が伝える『愛』も『大好き』も架空のもの、子どもが画用紙に描く拙いハートと何も変わらない。たいした意味なんてそこにはない。
だからこそ好きに言える。だからこそ気楽に伝えれる。
きっと、本気にしてしまえば臆病な私じゃ絶対に伝えられないような告白も。
お遊びだから簡単に言える。
……でもまあ、最近、少し要反省な気もしてるかなあ。
さすがにちょっと一方的にやりぎているというか、楽しくなっちゃって、独りで盛り上がっているというか……。
このゲーム、私以外のゆうちゃんやよぞらちゃんは、一・二回やったかやらないかくらいだし。今のところ、三連続もしてるのは私だけ。しかも全部まひるちゃん相手。
これは……あれですな、あまりやりすぎると、さすがにバレてしまう気がしますです。
折角、ゲームというていでやりたい放題、好き好き言える環境なのだから。もうちょっと大事に味わってもいいのかもしれない。
具体的に言うと……ちょっと、仕掛ける回数を自重した方がいいかなあ。
もっと他の三人が、何回かしたあたりで、そこに並ぶようにするくらいでいいのかなー……なんて。
考えていた頃のことだった。
「ね、あさひ、あいしてる」
春も盛り、ゴールデンウイークもすぎて、窓から差す日差しも随分暖かくなってきたそんな頃。
いつも通り、日曜日の静かな時間を、朝の洗い物を二人でしながら過ごしていた時のことだった。
「あ、わ、たったっ、た?!」
耳元で囁くように、少し低めのまひるちゃんのハスキーな声が私をくすぐって、思わず泡をつけていた皿を落としそうになる。
え? あ、あれ?
「ね、あさひ、好きだよ」
「ま、まひるちゃん、い、いま、あ、洗い物中だから……」
そんな私の言葉に、まひるちゃんはふーんと少し呟いてから、そっと私の肩にゆっくりと肩を寄せてくる。まひろちゃんは私よりかなり背が高いから、そうしているだけで、迫られているような不思議なドキドキがやってくる。
「ね、あさひ」
「だ、だから、えと」
そう必死に言い訳しようとするけれど、あ、って思わず言葉が漏れた瞬間に、まひるちゃんはこつんと私とおでこを合わせてきた。
「時、場所、関係なし、でしょ?」
愛してるゲームはいつでも、どこでも、問答無用。
始まってしまえば、後は勝者か敗者が決まるだけ。
「あ……う…………」
とりあえず、必死に気持ちを抑え込もうとするけれど、まひるちゃんの顔が近くてそれどころじゃない。手はまだ洗剤の泡が一杯で、このまま逃げたら部屋汚しちゃうし、だけどまひるちゃんの顔も近くてどうしたらいいのかわからない。
なんて考えている間にも、まひるちゃんはどんどん迫ってくる。
「好きだよ、ずっと隠してたけど、ほんとに好き」
「ま、またまた、冗談ってわかってるんだからね!」
そう、これは結局はただのゲーム。伝える言葉はお遊びで、本気なんて……ことはない。ない、はず。
「違う、嘘じゃない。ずっと本当は出会った時から好きだった、一緒に住み始めて、本当はずっとドキドキしてた」
「え、え、え?」
あ、あれ、でもなんか雰囲気がおかしいような……。
まひるちゃんの眼はすっごく澄んでいて、まっすぐに私を見つめてくる。
気づいたら、少し濡れたまひるちゃんのすらりとした手が、ゆっくりと私の手首に添えられる。
泡がついてるから、つるつる滑って、それがどうしようもなくくすぐったい。
だ、だめ、照れちゃ、だめ。
「ね、あさひ」
「て、照れないもんね! こ、こんなことで負けないからね!」
ああ、もう、そうやって必死に抗う言葉すら、ちょっと言葉尻震えてて、余計にダメな気がしてくる。そうしている間に、まひるちゃんの手は、すっと絡めるように私の手を握ってた。
その時、ぎゅって握られる、その感触が。
優しくて、なのにどこか必死に握ってきているようで。
もしかして、人は本当に誰かが好きな時、こういう握り方するのかなって。
いつか、まひるちゃんが私の手を握った時。
こういう握り方してたかなって想い出しちゃって。
それからは。
「嘘じゃない」
なんか。
「本当に好き、本当はずっとこうしたかった」
もう。
「ゲームじゃないから、本当にあいしてるから、だからお願い、逃げないで」
本当にやばくて。
「ずっと、ずっと隠れて想ってた、だけどもう耐えられない」
こんなの、あれ、私、どうしたいんだっけ。
「だから―――ね?」
もう頭が、パンク―――。
「あいしてるよ、あさひ」
だめ―――。顔熱くて、もう―――。
それから少し高い位置にある、まひるちゃんの唇がすって私の顔に寄ってきて。
私は思わず目を閉じて。
閉じて。
閉じて。
………………閉じて?
おでこのあたりにふって、柔らかい感覚が重なった。
「ん、さすがに私の勝ちでいいでしょ。……ふふ、あんまり近づきすぎたら火傷するよ?」
それから、そう。
さっきみたいに、低く囁くような声じゃなくて。
いつもの、どことなく気の抜けたまひるちゃんの声が……した。
えと…………あれ?
「えーと、録音ってこれでいいのかな? ……うわ、自分の声、恥ず」
これは、その、もしかして。
「あとはメッセージをラインにあげて。うし、これでいいでしょ」
ピロリンといういつもの音が鳴って、私のポケットから無情な通知をスマホが知らせてた。
私はとりあえず、無言で手の泡を洗い流してから、そっとポケットのスマホを取り出してみる。
まひる『いえい、初勝利。これで1-3だね』
そこに描かれているのは、あまりにも無慈悲な文字列。
えーと、これはその。
つまり、あれですね。
要するに全部がゲームの――――。
「ゔにゅあぁぁぁぁっぁぁ!!!」
「どしたん、あさひ。落ち着きな、どうどう」
「だって、だって!! だって!! その! あの! この! ずるくない?
ずるくない!!!???」
「…………どこが?」
「だって、だって!! あんなの本当に好きなの隠してたのかなとか、想うじゃん!?? あれ、これ本気のやつなのかなって! 滅茶苦茶距離も近かったし!! ずっと前からとかも、ああもう!!」
「まあ、…………そういうゲームだし? ていうかほら、『ゲーム内のやり取りあくまでお遊び、追及禁止』でしょ? 距離はあさひも近かったし……」
「そう! だけど…………。ゔにゃぁぁっぁぁぁっぁ!!」
「ま、いかに『こいつガチか?』って思わせた奴の勝ちだから」
「なっとくいかな―――――――い!!!!!」
日曜の朝、あたたかな陽だまりに野良猫が欠伸をかくころのこと。
学生街のアパートの一室から、無駄にドキドキした私の、心からの叫びが響き渡っていたのでした。
よぞら『へえ、勝ったんだ。やるじゃん』
ゆう『これが後に雷光のまひると呼ばれる愛してるゲーム覇者伝説の始まりだとは、まだ誰も知る由もない……』
まひる『無駄に壮大にしてんじゃないよ……』
あさひ『なっとくいかなーーーーい!!!!!』
※
愛してるゲームルールその3:ゲーム内でのやり取りはあくまでお遊び、深くは追及しないこと。
本日のリザルト
まひるの勝ち!(初勝利!)
次の更新予定
2024年12月17日 18:00
同棲しながら愛してるゲームしてるだけ キノハタ @kinohata
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