同棲しながら愛してるゲームしてるだけ
キノハタ
プロローグ まひるとあさひ
人間、誰しも隠してたいことくらいある。
心の部屋に鍵を掛けて、誰にも見つからない静かで暗い場所にそれを隠す。
誰も触れてはいけない秘密のこと。
それはいわば、その人の心の本質、内に秘めた儚い想い、あるいは触れてはいけない暗い過去。
たとえ、一つ屋根の下、暮らしていてもそれはある。
たとえ、どれだけ仲が良かったとしても。いや、時に仲が良いからこそ明かしたくないこと、明かしてはいけないことってあるはずだから。
知られてはいけない、だって嫌われたくないし。
悟られてはいけない、だって今の関係を変えたくはないし。
たとえその想いの在処を、相手がそっと知らぬうちに触れてきたとしても。
古傷を無自覚になぞられても、素知らぬ顔で笑顔でいなければいけない。
それはひとえに、今の関係を壊さぬために。
……つまり、何が言いたいかって言うと。
「あーいーしてる」
「…………………………」
「ね、まひるちゃん、あいしてるよ。世界で一番、好きだよ、大好き」
「…………………………………………」
今が、最高に生殺し、って話だ。
「ね、あーいしてーるよ心の底から、ね?」
「………………わかった! あさひ、もうわかったから! もう、だめ! 降参!!」
それは夜の自室で課題のレポートを終えて、うーんと身体を伸ばしていた時のことだった。気づけば、不意に部屋に入ってきた寝間着姿のあさひに耳元で愛を囁かれている今日のこの頃。
そんな状況に、バカみたいに頬が熱くなるのを実感しながら、私は思いっきり首を横にぶんぶんと振り乱す。そして、あさひはにたにたと楽し気に、でも可愛らしく笑みを浮かべてる。
「やった、えーと、これで三勝目! あ、ゆうちゃんと、よるみちゃんに報告しないと!」
そうやって、無邪気に、無自覚に、喜ぶあさひに軽い相槌を打ちながら、私はこっそりため息をつく。
事の発端は、大学の講義の合間に、英語のクラスが同じメンバーで集まっている時だった。
春の暖かな空気の中、いつもの四人で、テラスのベンチでだべっとしていたら、ゆうのやつが何を思ったか、唐突に「愛してるゲーム」をしようだなんて言い出した。
ルールは単純、いつでもどこでもいいから。愛してると言い合って、照れさせた方の勝ち。
時、場所、関係なし。いつでもどこでも、唐突に始まる仁義なき無差別バトル。
ただ、まあ、これ自体は大学生がよくやるお遊びの一つでしかないわけで。
問題はそこじゃない。
問題の一つは、私とあさひは今年の春からルームシェアをしているということ。
つまりいつでもどこでも、ほぼ24時間、あさひからの愛してる好き好き攻撃に耐えないといけないわけだ。これだけでも、正直かなりご褒美、違う、かなり危ない。常に可愛さという暴力で命を狙われているようなものなんだから。
そして、問題の二つ目は、まあ、もう説明するのもあれだけど、私があさひのことを、その…………憎からず想っているってこと。
もちろん、あれだよ、リスクが高いことなんてわかってる。まず女同士だし、ましてルームシェア相手だし。もし想いを知られれば、友人としての関係が崩れるのはもちろん、今のルームシェア生活すら怪しくなってくる。
例えば、今あさひは、洗濯の時、当たり前だけど私と一緒に下着や服を洗ってる。生理用品だって一緒に捨てるしたまに共有もする。ねぼけたあさひはよく私の歯ブラシを間違えて使ってるし、お風呂上りにあの子は無防備にタオル一枚でふらふら歩きまわっている。
危うい、とは思うけど、これは結局私が、女同士だから
だから私が、そっち側だと知られれば、あさひにとって今の生活はすごく危なくなる。うん、いや実態としてはもう危ないんだけどさあ。
そうなったら、今の生活はきっと崩れてしまうよね。あさひがそれを理由に出て行っても当たり前だけど、文句も言えない。後に残されるのはやたらめったら広い部屋と、二人で折半する前提で組んだ高い家賃と、空っぽの私の心だけ……。
それは……嫌だ。
だから、この想いは隠しておかないといけない。
本当は好きな人に、遊びで愛してる、大好きと言われつづけたまま、素知らぬ顔で。
控えめに言って地獄か?
いや、好いている人から、愛してるなんて言われるのは、天国みたいではあるけれど。結局、私から手を出すのは危ういし、やっぱり地獄だと想うのです。
というわけで、今日も私は、いつもの四人の合同ラインに、自分の敗北が刻まれていくのを、心の中で涙を流しながら見ていることしか出来ないのでした。
隣でスマホを持っていたあさひがうきうきで勝利報告をしているけど、その間もお風呂上りの少し湿った匂いと、リンスの香りが混じった甘さが私の鼻をくすぐってくる。いや、こんなの勝てるわけないじゃんね。
程なくして、あさひの入力が終わると同時に、私のスマホがポヒョっと間抜けな音を鳴らした。
あさひ『まひるちゃんに勝利! これで三連勝だよ! 私、愛してるゲーム天才かも!!』
今、私の隣で心底楽しそうにしてる顔が、画面の向こうの二人にもさぞありありと浮かんでいることだろう。すんごい表情と感情が解りやすい子だからなあ。そこがかわいいとこなんだけど。
程なくして既読がついて、ポヒョっと通知の音が鳴る。
よぞら『草』
笑ってんじゃねーぞ、こんにゃろう。
ゆう『やだ、私の友人……このゲーム弱すぎ……?』
こっちも大概だな……っていうか、絶対向こうで二人揃って爆笑してるに違いない。
あんにゃろうども……と内心舌打ちしていたら、となりのあさひがどうしてかぷるぷると震えてた。どうしたんだろ……って軽くそっちに視線を向けると、なんでか顔を真っ赤にしたあさひと目があった。
ぼーっと見ること、数秒。
どふって鈍い音がして、座椅子に座っていた私の腹にあさひの頭が突撃してきた。
「お…………ご………………」
明らかにダメージが入ってはいけない内臓に痛みを感じながら、なんだなんだと突撃風呂上がり娘の方を見る。
「ふん……がい!!」
憤慨している。そりゃあ、まあ、こんな行いをしているんだもの憤慨くらいしてるかそりゃ。まあ、私の下腹が結果的にその憤慨の犠牲になっているんだが。
「勝ったの私なのに、私へのコメントがないよ!!」
ちなみにポヒョっという音が同時に鳴って、いましがたの遺憾のコメントがそのまま投稿されていた。器用なことするなあ。
「…………まあ、ちょっと私が弱すぎるからかな」
そう言って、適当にお茶を濁してみる。
「違うよ! 私が強いからだよ! だって、まひるちゃんはこの前、よぞらちゃんとやって、全然決着つかないくらい耐えてたの知ってるもん!! まひるちゃんが弱いわけじゃないよ!」
憤慨娘は子どものように憤慨なさっている、非常にかわいいのはいいんだが、若干理性のネジが外れているようにも見える。さては眠いな、この子。気のせいか目がちょっととろんとしてるし。
まあ、それはそれとして、言われてることに思わずうぐっと胸を刺されてしまう。
あさひにだけ負けがこんでいるというのが、気付かれてしまえばどうなるのか。それで結果的に私の想いがバレるのも、なんかまずい気がするんだよなあ……。
なんて悩んでいたら、ぽひょって音がスマホから鳴っていた。
よぞら『まあ、そうね。そうかもね』
含みあるな、おい。
ゆう『まあ、実際あさひの攻撃力は大したものだよ。ただ、まひるの防御力の低さも同じく大したものだからね』
うるさい、事実を陳列するんじゃない。傷つくでしょうが。
そんな二人の返信に、あさひは少し不満げに口をとがらせていたが、やがて諦めたようにスマホをおくとすとんとそのまま目を閉じ始めた。
「…………あさひ、自分のベッドで寝な」
「うひひ、勝利者特権。まひるちゃん、運んでー…………」
すでに半分夢の中の彼女はそう言って眼を閉じたまま笑ってた。私はやれやれと軽くため息をつくふりをしながら、そっとその細くて柔らかい身体を、お姫様抱っこの要領で抱き上げる。
肩を抱くことでわかる、その柔らかくて暖かい身体の感触から、どうにか意識を逸らしつつ。
隣のあさひの部屋まで彼女を連れて、そっとベッドに優しく寝かせつけた。あさひは寝つきがいいから、多分このまま朝まで起きはしないだろう。
ふうと一息ついた後、ベッドで笑顔で眠る彼女の髪をそっと撫でてみる。
それから小さくその髪に口づけるように、顔をよせて「愛してる」と小さく呟いてみた。
………………はあ、寝てる間なら言えるんだけどなあ。
改めてため息をつきながら、あさひの部屋を出て、今日もまたちょっともんもんとした夜を過ごすことにした、春の静かな夜のことだった。
よぞら『このペースだとすぐ10勝しちゃうんじゃない?』
ゆう『さて、どうかな。でもまあ、あさひは”お願い”を早めに決めてもいいかもしれない』
問題の三つめは一人の人に計10勝した人は、その相手に対して好きなお願いを何でも一つできると言うこと。
……何でも、か。私の方が10勝できる見込みは今のところないから、ほぼ私があさひから”お願い”喰らうことは確定してるわけだけど。
平穏無事に終わるやつだといいなあ……。想いがバレないようなやつ……。
なんてことを考えながら、でももし、私があさひにお願いをできるとしたら……。
なんてことも、無駄に考えている自分がいた。
頭の向こうであさひの愛してるがまだ小さく木霊してる。
うん、やっぱり今日もうまく眠れそうにないや。
※
愛してるゲームルールその1:いつでも、どこでも、愛してると言いあって、先に照れさせた方の勝ち。
愛してるゲームルールその2:一人に対して10勝した場合、その人に何でも一つお願いをしてもよい。
本日のリザルト
あさひの勝ち!(3勝目)
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