không

 ざく、と土を踏み締める。老体に鞭を打ちながら、千賀子は懐かしい道を歩いた。視線の先にいる、彼女を目指して。


 ゲコゲコと、カエルの合唱。それに負けないように、千賀子は大きな声で呼びかけた。


「こんなところで、めげてはいけませんよ!」


 小さな背中が振り向いた。それは間違いなく、Hoạだった。


「チカコ……? チカコなの?」


 Hoạは大きく目を見開いた。その顔には、「信じられない」と書かれている。


「ええ、そうよ。久しぶりね」


 彼女たちは駆け寄って、何十年ぶりのハグを交わした。


「何で、チカコ……。どうして……」

「さぁ、どうしてかしらね。急に、貴女に会いたくなったの」


 千賀子は思わず泣きそうになって、バレないように目線を落とす。これだから歳を取るのは嫌だわ、と。そう思いながら、言いづらそうに言葉を続ける。


「私、貴女に謝らなくてはいけないことがあるの。貴女から貰ったルビー、売ってしまったの。旅費がなくて、それで……」

「いいのよ」


 Hoạはキッパリと言った。芯の通った、綺麗な声だった。


「だって、貴女の瞳、ルビーよりも美しいもの」


 彼女は笑った。子どものような無邪気さで。

 その一瞬だけ、時が昔に戻った気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

ルビー色の乙女たち 中田もな @Nakata-Mona

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画