桃簾石末の青時雨
小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】
第1話 チューライト・ブルー・レイン
それは静かに降る適量の雨が、青時雨になっていた日のことである。
「チューライト?」
「そう。自分の能力を引き出してくれるお守りの石。綺麗でしょ? パワーストーンみたいなやつかな」
「ふーん」
調べてみると灰簾石(かいれんせき)という鉱物の一種で、マンガンを含むモノをチューライト、バナジウムを含むモノをタンザナイトと呼ぶらしい。チューライトは明るい赤橙で、タンザナイトは透明な紫に青い光を混ぜた感じ。まあ、女子はそういうの好きだよね。パワーストーンとか、宝石とか。
「あっ、今、女子はそういうの好きだよねとか思ったでしょ。一括りにして。違うんだからね」
「そうだな。悪かったよ、SJ」
「それも違う! 私はスバールバル・ヤンマイエンよ!」
「まだそんなこと言ってんのかよ。それはノルウェーの島々の名前だろ? 仮にお前の名前がそうだったとしても、それは長い。国コードがSJなんだから、そっちでいいじゃん。そもそも勝手に名乗るとか現地の人に失礼というか、迷惑なんじゃないか?」
「大使やるから! 観光大使! 日本代表の!」
「またむちゃくちゃな。ノルウェーがどんな国なのか、その諸島がどんなところか知ってるのかよ」
「これから勉強させていただきます!」
そうですか。勝手にしてくれ。
「おい! 大変だ!」
「大変だ!」の声と同時に暇部の部室は勢いよく開けられた。なんだよ、今度は。気怠いが、一応聞いておこう。
「どうした、山本。青眼のレリーフでも引き当てたか?」
「違う! もっと真面目な話だ!」
「なんだよ」
「美術部の石が盗まれた! 希少な物なんだ。何か知らないか? 見かけたとか?」
「石?」
「そうだ。まだ石だ。赤というかオレンジ、橙系の色だな。桃、簾、石で、桃簾石(とうれんせき)っていう名前だ。粉末状にして使う、天然岩絵の具。でもまだ砕いてないから石。ちゃんと顔料にして使うには、知識と技術が要るからまだ石。参考資料。希少だから平凡な美術部が手にできるモノじゃないんだ。でも、先生がマニアで。よく集めては俺たちに見せてくれるんだけど、今日確認したら無くなってたんだ。もちろん、部員が出来心で盗んだんじゃないかと一番に疑って全員調べた。けどでてこなかった。それで、保管場所をよく見ると外部の人間が犯人だと分かった」
「どうして?」
「鍵が壊されてた。部員は用具を取り出せるようにスペアの鍵を、置き場所と使用した日付を記録して使ってる。だから盗むにしても、わざわざそんな乱暴なことしなくていい。わざとやって内部の犯行の線を消して、外部の人間の犯行に見せかけたことも考えたけど、それにしては鍵の壊し方も雑だし、保管棚の中も不用意に漁っていた形跡があって乱雑になっていた。不可解な点が多い。だから両方の可能性で探すことに。何か知らないか?」
「なんで俺に聞くんだ?」
「他に友達がいない!」
「それは残念だったな。他を当たれ」
「頼むよー! 先生の大事なコレクションがなくなって先生の悲しむ姿は見たくないんだ!」
「あー、そうか。お前、あの先生に恋してたもんな」
「そんなことないやい!」
やれやれ。仕方ない、身内を売るか。
「そういえばここにいる佐倉純(さくらいと)が綺麗な石を持っていたぞ。パワーストーンだとか。赤っぽいオレンジだったような」
「佐倉!」
「し、知らないよ。人違いじゃないかな」
「とりあえず見せてくれ。探している石じゃなかったら返すから」
「え、えー。でもなー」
「なんだよ。見せられないのかよ、佐倉」
「見せてやれよ。さっき俺には自慢げに見せてただろSJ」
ちなみに彼女の名前はSakura junじゃなくてitoだからsjってあだ名は合ってるかどうかすら怪しい。いや、合ってない。佐倉純って漢字なら読み手を騙せるかもしれないけど。
「それじゃあ、はい。これなんだけど……」
「おい……! 佐倉この石、桃簾石じゃないか! どうしてこれを。まさか、お前が犯人か!」
「ご、ごめんなさい。私パワーストーンが好きで、よく集めているんだけど、目に入っちゃって。今のお小遣いじゃ手が出せないから、でも憧れの石だったというか、ごめんなさい。そんなに大事だったなんて知らなかったんです。返します。先生にも謝ります」
それから佐倉は先生に謝って石を返した。怒られはしなかったが、石の素晴らしさについて先生が一時間嬉しそうに喋った。俺は隣で適当に相槌打ってごまかした。佐倉とは友人であるので、こういう場面に出くわしても当然のようにいつも同席していた。四人の石トークは盛り上がったが、程なくして下校時刻となった。佐倉とは電車の駅の方向が同じなのでよく途中まで一緒だった。ちなみに山本は間逆なので駅で手を振る。
帰り道。夏の雨は、綺麗に音もなく静かに然して確かに降っていたので、傘をさした。前を歩く赤い傘の持ち主はどんな様子でどんな表情をしているのかは確認できない。落ち込んでいるのか、泣いているのか、または疲れたのか。俺は笑顔はないかもしれないなと思いつつ、一方で声をかければすぐにあっけらかんといつもの明るい声になるだろうとも思っていた。
駅に向かうまでの間、雨粒の雫はハマナスの葉が受け止めていた。そして一縷の水滴となって緑葉を小さく揺らして落ちた。
これは取るに足らないこの高校生活の一幕を叙情的にしたがる、しがない高校生の呟きである。
桃簾石末の青時雨 小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】 @takanashi_saima
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