第10話 怪奇?鼠?深夜のカリカリ【アパートの怖い話】

(本話は文庫本換算3P程です。)




東京23区の外れに有る住宅街。折れ線一車線の道路に、戸建てや2階建て程の低層アパートが延々と並んでいて、俺の暮らすアパートもその途中に有る。



俺は、都心に有る大学に通うために、今年の春に地方から引っ越して来た。折れ線一車線道路沿いにはコンビニも有るし、二車線道路に合流するところにはスーパーも有るし、二車線道路からはすぐ駅やら駅前の小さな繁華街も有る。暮らすに困らない。


暮らし始めて二ヶ月程。朝起きて、大学で講義を受けて、夕方から夜に図書館で勉強をしたり都心でバイトをしたり友人と遊んだり、アパートに帰宅する前には近所のスーパーで買い物をしたり、そしてアパートで晩ごはんと睡眠。日々の習慣も確立した。



だが、そんな安定の日々を過ごしていた或る日、不可解なのものが登場してきた。


深夜の、カリカリという物音だ。




深夜2時。TVを消して布団に入り、電気を消す。横になると、バイトの疲れも相まって、じんわりと心地よく身体は重く暖かく眠たくなる。


薄いカーテンを通じて、外の街灯の白い灯りが窓際辺りに漂うが、それ以外は真っ暗な部屋だ。静けさのために、遠く四車線道路のエンジン音が、時々関係のないことのように窓の外で漂う。



おそらく眠ったのだろうが、ふと気がつくと、カリカリという音が続いている。


意識はぼんやりと覚醒のはざまを往来しつつ、音の出どころを探る。暗闇のどこかだろう、う〜ん天井裏の方だ、窓側だ。天井を隔てた向こうからのカリカリと言う音は、静かな部屋にあっては、目立っている。


鼠かと思って緊張もしつつ(この部屋は2F建てアパートの2F)、だるさ半分に起き上がると、机から椅子を引っ張って行って窓際に設置すると、脚をかけて椅子に立って、天井をコンコンと叩いた。


すぐにカリカリという音は止んだ。椅子を降りると、このアパートに鼠が住み着くようになったのかと、衛生面や家電製品のトラブルを気にして憂鬱になりながら椅子を机に戻して、俺も布団に戻った。


次に目覚めると、朝だった。鼠のことを不動産仲介屋さんに相談しようかと迷いつつ、大学に向かった。




それから毎日深夜、カリカリの音を聞くようになった。寝ている時、寝る前の歯磨きの時やTVを見ている時などなど。天井を隔てた向こうつまり天井裏から音は発生する。


そのたびに、音のする真下に検討をつけて、椅子を引っ張り出して設置して、コンコンと刺激した。だが、日が経つ毎に鼠も慣れて来たのだろうか、一度コンコンとするだけではカリカリは止まなくなった。二度コンコン、三度コンコン、何度もコンコン、さらにはドン!と強く…。鼠のことは嫌いではないものの、静かにして欲しいため、日に日に「さあ逃げるんだ!」等と格闘意識は強くなった。



そのな日々が続いた今。ふと目が覚める。カリカリ。暗闇と静寂に不釣り合いな音が目立つ。窓際辺りの天井裏だ、横になったまま、目だけそっちを見る。外の街灯でうっすら白く、天井は浮かび上がっている。カリカリカリカリ、続いている。鼠も慣れてきたのかもしれないが、俺も慣れてきた。起きるのも面倒だ。窓際の天井裏と反対に身体をよじって、眠りを続ける。


すると、カリカリの音も大きくなった。こっちがコンコンと警告を与えないから、行動も大胆になっているのだろうか?構わない。俺は眠ろうとする。


カリカリ!カリカリ!と、力強くなった。いよいよ大胆になりやがった。俺は気にしないように努めた。カリカリ!カリカリ!俺に訴えているようにさえ聞こえる。


すると、無視する俺に愛想を尽かしたように、パタンと音は収まった。静寂が戻ったことよりも、カリカリの音やリズムが消えたことが逆に気になり、ふと目を開けてしまった。暗闇が、広がるのみ。


その時。背後から、ゆっくりカ〜リカ〜リという音が部屋中に響いた。天井裏からではない、この部屋の壁をひっかく音だ。俺の背筋深くに、恐怖を伴う冷たいものが駆けた。俺は、横になったまま、ゆっくりと身体をよじって窓際を振り返る。



闇よりもさらに暗いことで浮かび上がる、真っ黒な人影が、窓の前に立っていた。俺の全身を、冷たいものが何往復もする。頭は真っ白になった。声も出ないし身体も動かないことに気付いた。恐怖をやり過ごすべく寝るしかないと思って、目を閉じた。




次に目が覚めた時は、朝だった。窓際には、朝日が差し込んでいる。怖い話定番、深夜に怪奇現象が起こるアパートが有るなんて、嘘だと思っていたのに。恐怖を感じつつ部屋を見渡す。異変はない。窓や窓際の壁も見るが同じく異変なし。


それから、黒い影がいきなり現れるのではないか等と特に洗面所やトイレで恐怖を感じつつ、そそくさと準備をして大学へ向かった。


帰りに不動産仲介屋に連絡して訪れた。カウンターで、職員の男に昨晩の恐怖体験を話した。親身に聞いてくれたものの幽霊の類は信じていないことと事故物件でないことを説明してくれた上で、鼠かもしれないことを重く受け止めていた。すぐにアパートオーナーに連絡したら、明日の午後に業者とともに屋根裏を調べると言うことになった。その日、俺はバイト代をはたいて安ホテルに泊まった。



翌日、午後の講義を休んでアパートに戻ると、オーナーの中年女がアパートの外に立っていて、屋根裏へと梯子がかかっておりその先を見つめていた。


オーナーは俺を見つけて歩み寄って来て、鼠で騒がせて申し訳ないと、低い姿勢で謝る。俺はいえいえと低い姿勢で応えていると、作業服の中年男がはしごから降りてきた。「鼠が住んでいる形跡はないですねと」と言って、俺とオーナーの前にタブレットを差し出して画面を指さしながら言った「屋根裏で撮った写真なんですけど」。画面を見た俺の全身は電気が走るようだ。壁や床は、ひっかき傷のような形に茶けている。さらに、俺は気が付いた、画面奥の壁は人型に茶けていると。冗談に、俺はタブレットに触れてその部分を拡大して言った、「ここの汚れは人型みたいですね」と。作業員は「確かにね~幽霊かな」何て笑う。一方で気が付いた、オーナーは何かを知っているかのように目を見開いて無言で驚いている。ただ、特にはつっこまないでおいた。


あのカリカリは幽霊の仕業か屋根裏に忍び込んだ生きた人間の仕業か?この茶けた跡は幽霊の仕業か生きた人間の仕業か?どっちも安全だとは思えない。俺はこのアパートを出る。


それから引っ越し以外でこのアパートを訪れたことはない。バイト代をはたいてホテル住まいと引っ越しと新たに暮らすアパートの初期費用を支払った。その後何年も過ぎた。大学を卒業して、就職もした。特に害はない。仕事は大変だが、総じて社会的な既定路線に乗った日々を過ごす今となっては、幽霊騒ぎは大学時代の思い出の一つとなっている。



「第十話:怪奇?鼠?深夜のカリカリ【アパートの怖い話・短編】」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪奇現象?顔面蒼白ミス!笑い有り!【本当にあった怖い話】短編集 柿倉あずま @KAKIKURA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ