第9話 冬の冷たい視線【ドジ!仕事にまつわる笑える怖い話】

(本話の分量は文庫本換算1ページ程です。)




Hさんは、正社員塾講師。生徒を合格に導いた実績のみならず、日常の態度についても生徒や保護者から評判は良いなどなど、バイト塾講師たちのお手本にも位置づけられていた。


現在は冬前。一年の内で最も忙しい時期でもあって、Hさんの実力が発揮されることも期待されていた。ただ、空気読めないというかドジというか、そんな一面も有る。そしてその日、やっちまったのだ…。


この時期には例年のことで、冬期講習を宣伝するポスターやら合格実績をアピールするポスター等を、駅前で配布する。


ポスターは、ポスターの種類毎に段ボールに分けて、作成業者から塾に送られてくる。或る段ボールには冬期講習の受講者受付中のポスターのみで、違う段ボールに合格実績のポスターのみといった具合に、4種類の段ボールが今年も届いた。


でも、配布する時には、4種類を1セットにして1つのビニールに詰めて配布する。よって、各段ボールから1枚ずつ取り出して1つのビニールに詰める作業が必要なのだ。


このビニール詰めの作業をするのはバイト講師だが、この作業にHさんは絡んでやらかした。




その日の空き時間、大学生バイト講師男女5人は、事務室でその作業を行っていた。


やり方は、流れ作業。事務室のパイプ机に段ボール1、段ボール2、段ボール3、段ボール4、ビニールの束を並べておく。そして、段ボール1から順に2、3、4、ビニールそれぞれの前を歩きつつポスターを1枚取っては上に重ねて、最後にビニールに詰めて1セットを作る。


同じ作業、しかも単純動作の繰り返しなので、みんな仕事は覚えられた。それ程難しい仕事ではないものの、立ちっぱなし歩きっぱなしであって、一時間程続けるとみんな腰が痛いだの指が痛いだの言いだした。


とは言え、まだ段ボールにはちらしが10cm以上の厚みをもって残っている。果たしてあと何分要するのだろうかと、精神的疲労も重くのしかかる。




そんなバイト講師たちの作業だが、中断することに。ポスターは大量に残っているのに、ビニールのみ尽きたのだ。ビニールの発注ミスかな。バイト講師たちは正社員事務員に報告、ビニールのみを追加発注することになった。


さて、ビニールが無い以上は、作業を継続できない。集まって話すバイト講師たちは、閃いた。その日はポスター4枚重ねを作っておいて、後日ビニールの届いた時に詰めると、ポスターを重ねる手間を省けるので早い、と。


そうしようと納得しあったバイト講師たちは、ポスター4枚重ねを作る作業を開始した。先程同様に歩きつつポスター4枚重ねの1セットを作って、縦横の交互に積み重ねた。交互に積み重ねると、後日ビニールに詰める時に1セットの切れ目はわかりやすい。


作業時間の経つにつれて、ポスターの縦横交互の積み重ねは高くなっていった。パイプ机に、30cm程は積み重なった。




同じ頃、正社員講師Hさんは、換気のため廊下の窓を順々に開けて回っていた。まあ、ね、いつもこの時間に換気をしているので正社員講師Hさんに落ち度は無い。ただ、ドジな人って、どうしても一部情報入手が後手に回るっている気もするんです。


冬の冷たい風は、開けた窓から入り込んでくる。継続的に、時々には突風も入ってきて、廊下のポスターや蛍光灯をパタパタガタガタ揺らす。


バイト講師たちが作業をしている事務室の出入口は、その廊下に面している。


窓を開け終えた正社員講師Hさんは、用あってそのまま事務室の扉を開けた。バイト講師が、室内でタワーを作っているとも知らないで。




事務室内に次々と冷たい風が入って来た。十字に積み重なったポスターは、重しのない上の方がパラパラと飛んでいく。それだけでも、バイト講師は悲鳴を上げる騒ぎだった。さらに、冬の突風がドッと入り込む。


タワーは、中程からバランスを崩して傾き、立っているための許容範囲を超える。ここで誰かがとっさに抑えると、タワーは保てていたかもしれないが、みんな呆気にとられたように動けなかった。ドズングシャッパラッという鈍い音とともに床へと雪崩れた。


バイト講師たちは、床に広がるポスターを向いたまま凍りついてしまった。もはや悲鳴もなく、人々の沈黙と吹き付ける風のぴゅーぴゅー言う音、パラパラガタガタ言う音が流れる事務室となった。


正社員講師Hさん自身、この風景を前に、自分がこの現場にどのように関わってしまっているのかを知った。俺のせい?…と思って立ちつくしていると、バイト講師たちの視線はゆっくりとHさんへと集まった。




まあ、仕事だからね。くじけるわけにもいかずに、大学生たちは作業をやり直しました。4種のポスターは床に雪崩れた時に混ざっちゃっているから区別する面倒は増えましたけどね。


その年の冬期講習は無事に乗り切った。


ただ、冬期講習を終えてからも日々の会話等でポスター事件を蒸し返されたり、Hさん笑いのネタにされ続けている。


それもまた、Hさん人柄かな。



以上「第九話:冬の冷たい視線【ドジ!仕事にまつわる笑える怖い話】」。

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