Odd Dance

和立 初月

Odd Dance

「それでは皆様、お待ちかね! 新生アイドルグループ『フリューゲル』のダンスをご覧ください!」

 会議室の中、質素な応接セットに腰掛ける二人の視線の先には、現代のダンスシーンを席巻するアイドルグループのライブ映像が流れていた。

 統一感のある衣装に、キラキラとした笑顔。時に可愛く、時にドキッとするような声。そして、何よりキレのあるダンス。

 ヒップホップや、ブレイクダンス、ジャズダンス等々ジャンルに縛られない全く新しい形のダンスはまさに時代の先駆者たる彼女たちにかなしえない所業だった。

 メンバー全員が中央に集まって、大きなハートの中に一回り小さなハートを形づくって、軽くウインクして拍手喝采の中、ライブ映像は終了した。

「率直に感想を聞こう。どう思った?」

 神妙な面持ちでリモコンを操作して、もう一度ライブ映像を再生した山野は目の前に座る男に問いかけた。その重さは重々承知とばかりに、伊藤はライブ映像をちらりと見やり。その重苦しい口を開くのだった。

「非の打ちどころがないですね……。私も今までそれなりの数のアイドルグループを手掛けてきましたが、ここまで完成度の高いダンスを見せられたのは初めてです。ジャンルに捕らわれず、ともすれば『アイドル』という枠にすら捕らわれていない(囚われていない)彼女たちは、籠の鳥じゃない。いや、籠があったとしても、自らの力でこじ開けていくでしょう。彼女たちを囲っておくなら、徹底的に守るための『檻』のようなものでもなければ……。表現が手荒なのはお許しを。わかっていますとも。彼女たちに手荒な真似はしませんから。……というより、私では近づくことすらできませんから」

 伊藤の言葉に時折頷きながら、山野は重い腰を上げて、執務机の引き出しから一枚の紙を取り出した。机の上に置いてある、正方形の印鑑にしっかりと朱肉をつけて勢い任せに一押し。山野はその様子を視線でずっと追っていた。……正確には、その紙切れの行方を。そして、その紙切れはだんだんと山野に迫っていき、ついに山野の目の前に置かれることとなる。

「これはお前にしか頼めないんだ。これでどうだろうか」




 数日後。山野の姿はラスコー洞窟にあった。薄暗い洞窟内には、いくつもの壁画が散見され、芸術に疎いものでもその精巧な画の魅力に圧倒されることだろう。

 道はどんどんと細くなっていく。そろそろ懐中電灯のバッテリー残量が心許なくなってきた頃、それは現れた。

 ドーム状に天井高く描かれているのは、原始人と思しき人類がステージ上で、ダンスのようなものを踊っている様子だった。踊り方に規則性や、法則性はなく。しかし踊り手の誰をとっても、皆とても楽しそうに踊っている。そして、それを客席で見ている観客も手を叩いて笑っていたり、小さな子供は一緒になって振付を真似したりしている様子が描かれている。

「これだ……よし、これを映像として持ち帰れば……」

 伊藤は、手にしたカメラでじっくりと壁画を撮影してから次なる目的地へと向かうのだった。




 伊藤の姿はオーストリアにあった。目の前ではまさに、ブドウ踏みが行われている最中だった。軽快な音楽に合わせて、民族衣装に身を包んだ若い娘たちがリズミカルにブドウを踏みつける。そのたびに、風に乗ってふわりとブドウの芳醇な匂いが漂ってくる。

「これは絶対に、画になる……間違いなく『フリューゲル』を超える……」

 伊藤は嬉々として、ブドウ踏みの様子を時間が許す限り、カメラに収めるのだった。




「……」

「社長、どうかされましたか?」

 アイドル事務所社長、山野は沸々と湧き上がる怒りを必死にこらえていた。だらりと下げた手が、無意識の内に上がってこようとする度にもう片方の腕で必死におろす。という動作をかれこれ十回は繰り返している。

「どうかしているのはお前の頭だ!」

「はて……?」

 伊藤にはその原因がわからずぽかんとしていた。取材の為、海外へ旅立つ前に山野から差し出された書類に必要事項を書き込んで、差し出して今に至るのだが……。

「前から言ってたよな、新しいアイドルグループに社運をかけてるって! それでお前を起用したんだ! なのになんだこのふざけた内容は! 素人から見ても、こんな支離滅裂なダンスが踊れるわけがないことは明白だろ!」

 山野が改めて紙を机に叩きつける。そこには、伊藤が取材をもとに書き上げたダンスの詳細と振付が書かれていた。

 山野の激昂ぶりに、伊藤は怯むどころか、瞬き一つせずに、こう言い放った。

「社長、何をおっしゃいます。ほら、良く見てくださいよ」

「何をだ!」

「まぁそうカリカリせずに。……この文章、俺の取材した内容が上手い具合にまとめられてて、まるで『ダンスをご覧ください』って言ってるみたいじゃないですか」

「じゃあ、ここに書いてあるダンスを今すぐ踊ってみろ!」

 怒りの炎が噴出する山野を冷めた目で流しながら、「分かりましたよ」と伊藤は応接セットをどかして、わずかなスペースを作る。そして、一言。誰でもない誰かに、まるで、予告編をつぶやくようにこう言った。

「それでは、皆様。この後この部屋で起きるであろう『壮絶な修羅場』という名のダンスをご覧ください。」

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