幼馴染が引っ越すとか嘘だよな!? ~最後の夏に告白したら、とんでもない勘違いされた件~

久野真一

幼馴染が引っ越すとか嘘だよな!? ~最後の夏に告白したら、とんでもない勘違いされた件~

 夏の陽射しがベランダ越しに差し込んでくる。

 まだ朝の七時だってのに、やたら暑い。セミの大合唱が鼓膜をビリビリ刺激する。


「……はあ、今日こそ言わなきゃなあ」


 俺、瀬戸圭太せとけいた、高校二年生。

 起き抜けのぼんやりした頭で決意を新たにする。


 何を言わなきゃいけないかって?そりゃ幼馴染の白河乃愛しらかわのあに告白だ。

 この夏休みは残り半分。二学期が始まれば受験を控えた三年生も周りに増えて、いよいよ青春も残り少ないと感じる。俺と乃愛は同い年で、幼稚園からの腐れ縁。一緒に登下校することも多いし、家も隣同士だ。だけど、俺は臆病で、「今の関係が壊れるのが怖い」というヘタレ精神が抜けないまま現在に至る。


 ところが最近、友人の影山かげやまから「白河、親の仕事都合で引っ越すかもだってよ」なんて話を聞いて、俺は焦りまくり。

 乃愛の父さんは大手企業に勤めていて、転勤命令が出る可能性は確かにゼロではない。


(もし本当なら、今の関係を維持してたら一生後悔するじゃないか!)


 そう思った俺はこの夏中に何とか告白しようと心に決めた。それが今日だ。


◇◇◇◇


 その日の朝、俺はいつものように乃愛と一緒に登校するため、乃愛の家の玄関先で待っていた。

 すると、ガチャリと引き戸が開き、乃愛が現れる。


「おはよう、圭太」


 ふんわりしたショートボブ、涼しげな白いブラウス、膝上丈のスカート。それに長い脚。朝日を受けて眩しいくらい輝いてる。


「お、おはよ、乃愛」


 緊張していると声が裏返りそうになり、慌てて咳払い。


「今日も暑いねー。行こっか」


 乃愛はニコリと微笑む。俺は平常心を装いつつ並んで歩き出す。


 家と学校まで徒歩15分。この短い道中が俺にとって至福の時間だ。


「あ、そうだ。圭太、明後日の夏祭り、一緒に行くんだよね?」


「もちろん」


 今年も町内の夏祭りがある。高校生最後かもしれない夏祭りに、一緒に行こうと乃愛が誘ってくれたのだ。


「楽しみだなー。浴衣着ていこうかな。去年は着そびれちゃったし」


「お、おう、浴衣か。いいじゃん」


 浴衣姿の乃愛を想像して、顔が熱くなる。絶対可愛い。死ぬほど可愛い。そう思うと余計に、この夏祭りで告白したくなった。


 だが、その前に真偽を確かめなければならないことがある。そう、引っ越し疑惑だ。


「なあ、乃愛」


「ん?」


「最近、引っ越すって噂あるけど、本当?」


 核心に触れる質問に、乃愛は「へ?」と目を丸くする。


「引っ越し?私が?」


「ああ、影山がそんな話しててさ」


「うーん……何それ初耳。私、聞いてないよ?」


 と首を傾げる乃愛。

 よかった、デマだったのか。俺は胸をなでおろす。だが、乃愛は「でもさ」と続ける。


「確かにね、パパが転勤の話をちらっとしてた気がするのよ。まだ決定じゃないけど、可能性はゼロじゃないって言ってたかな」


「え……」


 乃愛の言葉に、心臓がキュッと縮む。


「転勤先は県外かもしれないし、そうなったら家族で引っ越すしかない……かも」


「そっか……」


 想像以上に真実味のある話だった。

 やっぱり、この夏中に告白は必須だ。もし乃愛が遠くに行ってしまったら、俺は一生後悔する。


◇◇◇◇


 学校に着くと、夏休み特別登校日で補習を受ける人々がちらほら集まっている。俺たちは部活動の朝練に顔出すためだけに来たようなもんだけど、その後は自由だ。

 乃愛は弓道部、俺はサッカー部。校門で別れ際、乃愛はニコリと笑う。


「じゃあお昼にまた会おうね」


「おう」


 背中越しに揺れる乃愛の髪がキラキラしてて、見とれてしまう。


(頑張れ俺。絶対この夏中に決着つけろ)


◇◇◇◇


 午前中の部活を終え、中庭のベンチで乃愛を待つ。

 俺たちは時々こうして昼を一緒に食べている。弓道場帰りの乃愛は、汗でわずかに首筋が光っていた。


「お待たせー。今日のお弁当何かなあ」


「俺はコンビニおにぎり」


「また手抜きだなー。私、母さんが作ったおかず、分けてあげようか?」


「マジで!?ありがとう!」


 乃愛のお母さんが作るおかずは絶品だ。乃愛自身も料理上手で、その血を継いでいるらしい。

 おかずをちょっともらいながら雑談していると、唐突に乃愛が尋ねてくる。


「圭太、夏祭りの日なんだけど、ちょっと早めに集合しない?」


「早め?別にいいけど、どうして?」


「いや、ちょっと話したいことあるんだ」


 話したいこと……何だろう。こちらにも話したいこと(告白)があるのでドキッとする。


「いいよ。どこで待ち合わせる?」


「うちの庭先で。浴衣姿見せたら感想聞きたいし」


 浴衣で来るなんて、相当に気合い入ってる?まさかな、期待しすぎはよそう。


「わかった。楽しみにしてる」


◇◇◇◇


 結局、その日も告白どころか、引っ越し問題について突っ込むことはできなかった。

 翌日も特に進展なし。俺は焦れた気持ちを抱えつつ、夏祭り当日の夕方を迎えた。


 夕暮れ色に染まる空。浴衣姿の乃愛はどうなっているだろう、と想像して胸が高鳴る。

 乃愛の家の庭は、昔からよく一緒に遊んだ思い出の場所。ちょっとした花壇があり、昔二人で植えた朝顔が今年も咲いている。


「乃愛、来たよー」


 声をかけると、玄関から乃愛が現れた。


「お待たせ。どうかな……へへ」


 紺地に朝顔模様の浴衣。少し上げた髪からうなじがチラリと見える。可愛い。いや、可愛いなんてもんじゃない。天使だ。


「き、綺麗だよ、似合ってる」


「あ、ありがとう!……そんなに褒められると照れるな」


 頬を紅く染める乃愛。この空気、完全に告白チャンスだ。


「乃愛、その……俺、伝えたいことがあってさ」


「私もあるんだ。先に私から言ってもいい?」


「あ、ああ、どうぞ」


 乃愛は浴衣の袖を弄びつつ、少し視線をそらして恥ずかしそうに話し始める。


「実はね、私……将来のこと考えてみたの」


「将来のこと?」


 いきなり将来の話か。告白しようとしてる俺からすれば結構な核心。


「うん。転勤があるかもって話、したでしょ?もしそうなったら、私たち離れ離れになっちゃう。だから思ったの。もしも引っ越す前に、形を残しておきたいなって」


 形を残す?何だろう。


「形って……」


「ほら、もし私がいなくなっても、圭太がちゃんと幸せになれるように……保険をかけときたいというか」


 ちょっと待て、嫌な予感がする。


「まさか、乃愛……俺に誰か紹介するとか?」


「ちがうよ!私が言いたいのは……その……」


 言い淀む乃愛。もじもじと浴衣の帯を握りしめ、顔を真っ赤にして言う。


「私……実は圭太がすごく大事で、大好きなの」


 ドキン!俺の心臓は今、花火のように破裂しそうだ。


「本当か!?乃愛、それってつまり、俺と、その……付き合いたいとか?」


「え、あ、うん……そう。いずれそうなれたらいいなって」


 乃愛はしどろもどろだが、これは完全に両想いじゃないか。

 嬉しさで俺は飛び上がりそうになるが、同時に不安が湧く。

 なぜ彼女は「引っ越し」に拘るような言い方をする?まさかもう決まったのか。


「でも、乃愛が引っ越しちゃったら、遠距離になってしまうよな……」


「それは……まだ確定じゃないし、希望的観測だけど。もし本当に引っ越したら、私たち、婚約だけでもしておこうかなって」


「こ、婚約!?!?」


 一気に飛躍した言葉に動揺する。告白どころかいきなり婚約を口にする幼馴染がいるか!?いや、いるんだここに。


「ちょ、ちょっとまて。俺は乃愛が好きだ。ずっと前から。だから、付き合ってくれと言いたかった。だが、婚約ってのは話がデカすぎるだろ!」


「ご、ごめん……いきなり大きく出すぎた。けど、もし離れ離れになるなら、中途半端よりもちゃんと関係を固めておきたいって思っちゃって」


 乃愛は不安げに俯く。

 確かに気持ちはわかる。でも、高校二年生で婚約だなんて現実的じゃない。


「あのさ、婚約はちょっと早いよ。まずは付き合って、それから将来を考えればいいんじゃないかな」


「そ、そうだよね。ごめん、私、なんか焦っちゃって。圭太がもし他の子に取られたらって思うと不安で……」


「大丈夫だよ、取られない。俺は乃愛一筋だから」


 そう言うと、乃愛はパッと顔を明るくする。


「本当?嬉しい……」


 バサッと庭木が揺れる音に振り返ると、そこには乃愛の母さんがこっそり覗いていた。


「きゃあ、ごめんなさい!盗み聞きするつもりはなかったんだけど……二人とも初々しいわね」


 バッチリ聞かれてた!

 俺たちは顔を赤らめる。母さんはクスクス笑っている。


「ま、まあとにかく、乃愛がそんなに真剣なら……圭太くん、あなたはどう思う?」


「え、えっと……俺は乃愛が大好きです。引っ越しの話が確定じゃないなら、なおさら付き合って、これから先もずっと一緒にいたいって思ってます」


 恥ずかしいが、もう開き直るしかない。

 母さんは「ふふ、若いっていいわねえ」と微笑む。


「二人とも、まだ若いし焦ることはないわ。もし本当に転勤があっても、相談はいつでも乗るから。今は恋人同士になって、ゆっくり愛を育てたら?」


「はい……」


 乃愛はテレテレしながら頷く。


「じゃあ、圭太、改めて……私と、付き合ってくれる?」


「もちろんだ!」


 こうして、俺たちは紆余曲折の末、正式に恋人同士になった。


 夏祭りまでまだ時間がある。二人で近所を散歩してから行こうということになり、俺たちは並んで歩き出す。


◇◇◇◇


 蝉時雨を背景に、乃愛と手を繋いで歩く。

 恋人というステータスが付与された途端、手の温もりが違って感じる。


「何だか不思議な気分。幼馴染だった人が、今日からは恋人だなんて」


「俺もだよ。今までどおりのようで、全然違うようで」


 乃愛はクスクス笑う。


「圭太さ、私が婚約とか言い出したとき、すっごくびっくりしてたよね」


「当たり前だろ!高校生で婚約なんて、ドラマじゃあるまいし」


「ごめんごめん。私なりに真剣だったのよ。引っ越しの不安もあるし、圭太を逃したくなかったし」


「それは嬉しいけどな」


 正直、乃愛がそこまで俺を想ってくれてるとは思わなかった。臆病になって告白を先延ばしにしてた俺が恥ずかしい。


「ねえ、圭太」


「ん?」


「これからは、もっと色んなとこ行こうよ。二人きりで遠出したり、映画見に行ったり、食べ歩きしたり」


「いいね。俺も乃愛といろんな思い出作りたい」


「もし引っ越しになったら、その思い出が私たちを繋いでくれるから」


「そうだな」


 寂しげに微笑む乃愛。でも、俺はもう臆病にならない。離れても俺たちは繋がっていられると信じられるから。


「まあ、まだ決まったわけじゃないしな。転勤しないことを祈ろう」


「うん」


◇◇◇◇


 夕闇迫る頃、夏祭りの会場へ向かう。駅前商店街が提灯で彩られ、浴衣姿の人々が行き交う。

 手を繋いだまま歩く俺たちカップルは、知り合いに見つかったら冷やかされるだろうが、気にしない。


「リンゴ飴、買おうよ」


「いいね。あとかき氷も食べたいな」


 射的や金魚すくい、ヨーヨー釣りと、子どもみたいにはしゃいでしまう。


「昔と変わらないよね、私たち」


 乃愛が笑う。確かに、こうして祭りに来るのは毎年恒例だ。でも、今年は手を繋いでる。それが唯一で最大の変化。


「あ、あそこ花火が見える場所だよ。行ってみよう」


 町内会が打ち上げる小規模な花火。その音が高く響く。

 俺たちは人混みを抜けて、少し高台になっている公園へ移動。そこなら花火がよく見える。


 ドーン……と夜空に花が咲く。その光に照らされる乃愛の横顔。綺麗だ。


「乃愛、さっきは慌てたけど、俺は本気で乃愛を大切にしたい。だから、いずれは婚約して、結婚してもいいって思ってるよ」


「え、ほんと?」


 乃愛が目を丸くする。


「ただ、今はまだ高校生だから、まずは恋人として過ごしてさ、将来のことはゆっくり決めよう。焦らなくていいんだ」


「うん。ありがとう。焦ってたのは私だもんね。ごめん」


「謝らなくていいよ。俺、嬉しかったし。乃愛がそれほど俺を想ってくれてるなんて知らなかったから」


「圭太が鈍感なんだよ。私、けっこうアピールしてたつもりなんだけど?」


「マジか。全然気づかなかった……」


 乃愛はくすっと笑い、俺の手を強く握り返す。


「ねえ、キス、してもいい?」


「なっ……!?」


 一瞬、頭が真っ白になる。告白は済ませたし、両想い確定だが、キスなんて早すぎないか?


「だめ?」


「だ、だめじゃないけど……人目が」


「今、誰もいないよ。この公園、花火のときは穴場だから」


 確かに、ここは数人いるかいないかくらい。周囲は花火見物に夢中だ。


「わかった。じゃあ、軽くだぞ」


「うん」


 乃愛が目を閉じる。その睫毛が光に揺れ、唇がほんのり桜色に染まる。


 ドン、とまた花火が鳴る瞬間、俺はそっと乃愛の唇に触れた。柔らかくて、ほんのり甘い気がする。

 パッと花が散ったような、頭の中に綺麗な軌跡が走ったような不思議な感覚。


「……えへへ」


 乃愛は照れ笑いする。俺も顔が熱くなって恥ずかしい。

 でも、もう俺たちは恋人同士。こういうことが特別じゃなくなるのかもな。


◇◇◇◇


 夏祭りの帰り道。

 乃愛の家の前まで送るのは、これまでと同じお約束。

 でも今日は違う。恋人としての帰宅だ。


「今日はありがとう、すごく楽しかった」


「俺も楽しかったよ。浴衣、すごい似合ってたし、可愛かった」


「ふふ、また来年も着ようかな」


「来年も、再来年も、その先もずっと、乃愛と一緒に祭り来たいな」


「いいよ。もし遠くに行っても、帰省して絶対一緒に行くから」


 まだ引っ越しがあるかどうか分からないけど、仮にあっても俺たちは別れないだろう。そんな確信がある。


「おやすみ、圭太」


「おやすみ、乃愛」


 乃愛は名残惜しそうに手を振って家に入っていく。

 俺はその背中を見送りながら、心の中で感謝する。


(影山が変な噂流してくれなかったら、俺は動かなかったかもな……)


 結果オーライとはいえ、今度影山にはお礼を言わないとな。


◇◇◇◇


 翌朝、いつものように乃愛の家の前で待つ。

 出てきた乃愛は相変わらず可愛い。いや、昨日よりかわいく見える。不思議だ。恋の魔法ってやつかもしれない。


「おはよう、圭太。今日は補習ないからどうする?」


「んー、せっかくだし、駅前まで行ってカフェで一緒に朝食でもどう?」


「いいね!」


 今までなら、こんな誘い方は照れてできなかった。だけど今はもう恋人だから自然と口に出る。


「そういえば、引っ越しの件、昨夜パパが言ってたんだけど、どうやら無くなりそうだって」


「え、ほんとに?」


「うん。本社が人事計画を変えたとかで、転勤の話が一旦白紙になったんだって」


 よかった!安堵で全身の力が抜ける。


「そっかあ、じゃあこのまま一緒にいられるな」


「うん。安心した?」


「めっちゃした」


 乃愛は楽しそうに笑い、「私も安心したよ」と言う。


「結局、婚約はまだ先だね?」


「そりゃそうだろ、高校生だからな。でも、将来……うん、いつかは」


「ふふ、楽しみにしてる」


 軽口を叩き合いながら、二人で歩く。


◇◇◇◇


 駅前のカフェでモーニングセットを分け合いながら、乃愛が言う。


「昨日のキス、夢じゃないよね?」


「俺だって半信半疑だよ。でも、もう夢じゃない」


「こうして一緒にいることも、全部本当だよね」


「当たり前だ。俺たちは恋人同士だ」


 乃愛は満足そうに微笑む。その笑顔を見るだけで胸がいっぱいになる。


「これからの残りの夏休み、何しようか?」


「プール行きたい!あと、花火大会も行きたいし、水族館も!」


「いいね、行こう行こう」


「それから将来、もしまた引っ越しの話が出ても、怖がらないよ。だって、圭太がついてるもん」


「俺も乃愛がいれば怖くない」


 手を取り合って笑い合う。カフェの他のお客さんから「若いねー」なんて微笑ましい視線を感じるが、気にしない。


◇◇◇◇


 こうして、俺と乃愛の関係は一歩踏み出した。


 引っ越し疑惑から始まった騒動だったけど、結果的にはちゃんと両想いを確認できたし、恋人にもなれた。

 乃愛の「いきなり婚約」発言には驚かされたが、それだけ俺が大切なんだという証拠なのかもしれない。


 花火の残像と、唇の柔らかさを思い出しながら、俺は乃愛と歩いていく。


(さあ、夏はまだまだ続くんだ。)

 

★★★★あとがき★★★★

題材はいつも通りながら、ちょっと文体とか雰囲気をちょっと変えてみました……

変わったかな?


楽しんでいただけたら、応援コメントや★レビューいただけると幸いです。

★★★★★★★★

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