おやすみ映画館

吉岡梅

おやすみシアター

今からかわいそうな話をします。


才華さいかは眠る事が好きでした。眠っている間なら素敵な夢が見れたからです。夢の中の才華はとても元気で饒舌で、熱々のトーストにたっぷりのバタを塗って頬張ったり、たくさんの友達と一緒にお喋りしています。まるで素敵な映画みたい。才華は目が覚めた時にはいつもうっとりしていました。


なかなか眠れないときもありました。風が冷たかったり、喧嘩の声が怖かったり。だから才華は段ボール箱を1つもらえた時から、すっぽりとそれを被せて寝る事にしたました。箱の中にぴっちり納まるように、隠れるように小さく体を丸めます。そして目を瞑って夢を見るのです。


大切な段ボール。そこに才華は絵を描きました。扉に銀幕スクリーン・椅子・ポスター。ポップコーンの販売機もあります。最後に看板を描き、ちょっと考えて名前を書きました。『おやすみ映画館シアター』と。


おやすみ映画館では悲しい話は上映しません。みんなは悲しいお話を見るのが大好きですけど、そういうのは現実だけで間に合っているのです。かわいそう物語はもうたくさん。見たくないの。ではかけません。上映されるのはいつだって楽しくて、わくわくして、時にちょっとわんぱくな、えりすぐりのフィルムばかりなのです。


ある夜、才華がおやすみ映画館に入ると、いつのまにか1匹の猫が潜り込んできました。家の隙間から入ってきたのでしょうか。猫にはそういうところがあります。体を小さく丸めている才華の、そのまた小さな隙間に、ぎゅうぎゅうに入り込んできます。それどころか、もうちょっと席空けて? と、居るのが当たり前のように才華を見上げるのです。猫にはそういうところがあります。


仔猫特有の青い目キトン・ブルーで、混じりけの無い真っ白な猫だったので、白湯さゆと名前を付けました。その日から才華は白湯と一緒に毎晩映画を見たのです。映画の中では、才華は白湯と一緒に事件を解決したり、ときには、爆弾を仕掛けたりと大活躍。ここではない場所に旅をしたり、お仕事が貰えておさがりでないまっさらな服を買ってみたり。おやすみ映画館は毎晩大盛況でした。


そしてもうすぐクリスマスという夜。今夜はどんな映画がかかるのかしらん、と楽しみに目を閉じた才華は、しかし、もう目を覚ませませんでした。その年は夏がものすごく暑かったのです。その反動でしょうか。遅めの冬がものすごく寒かったのです。こと、夢見る事だけしかなかった才華にとっては。


朝になって、白湯はものすごく鳴きました。にゃあにゃあと。それはもう、ものすごかったのです。まわりの人が、うるさい猫を追い払おうとやってきました。


そして映画館と才華を見たのです。普段はかわいそうなお話は物語だけで間に合っているのでもうたくさん。現実では見たくないの。と、才華を見ていなかったまわりの人が。


その時でした。映画館の窓が一斉に開き、瑠璃色の羽をはためかせ、蝶がいっせいに飛び出てきました。まわりの人が呆気に取られている間に、蝶たちは外へ外へと羽ばたいていきます。


白湯はにゃおうと一声鳴いて、まわりの人に見向きもせずにさっと外へと飛び出していきました。猫にはそういうところがあります。


かわいそうなお話になった才華は、お寺で供養されました。


そんなかわいそう物語をまわりの人が忘れかけた頃、ミニシアターの界隈でひとりの監督が話題になりました。決して人前には姿は現さないのですけど、とても楽しくて、陽気で、ときにわんぱくな映画を撮り続けているという覆面監督が。


その監督は言います。


「次のお話ですか? そうですね、次の蝶を捕まえたら考えます。ええ、必ず作りますから楽しみに待っていてくださいね」


と。


もしあなたが、決してあきらめずに蝶を追いかける白い猫を見かけたら、それはもうすぐ、キトン・ブルー・フィルムのさいかさゆ監督の新作映画が出来上がるなのかもしれません。


ものすごく楽しくて、明るくて、映画なんかじゃないはずだった映画の。

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おやすみ映画館 吉岡梅 @uomasa

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