歴代最強の魔法騎士団長はブラコンです。 〜婚約破棄は男女の問題だけとは限らない〜

くれは

歴代最強の魔法騎士団長はブラコンです。

 星空が煌めく寒い夜。

 魔法騎士団によって名を馳せた、サフィール王国では毎年恒例の建国祭が催されていた。


 賑わいをみせる王都では、王国が誇る彫師によって創られた噴水広場に、おとぎ話に出てくる愛の女神像が飾られている。

 通称:愛の反鏡シュピーゲルと呼ばれ、恋人達の憩いの場として親しまれているにも関わらず、男女が揉めているような声が、夜空を明るく飾る花火ひばなに負けないくらい響き渡った。


「なっ、なななっ……!? どういうことよ!?」

「だから、ローゼン。君との婚約を白紙にしてくれないか」

「えっ……? 婚約白紙って、つまり――婚約破棄ってこと!?」


 祭りで多くの国民や、サフィールが誇る魔法騎士団も集まっている中で揉めていたのは、貴族風の男女だった。

 男の方は、歴代最強とうたわれる団長のシュテルン・イグナルス。  

 叫び声を上げていた女性は、第一王女でありながら副団長でもあるローゼン・サフィールである。


 二人は婚約者で、幼馴染だった。



 5歳差の二人は、シュテルンの父親が魔法騎士団団長だった頃に出会う。

 ローゼンは王女でありながら、ただ守られるだけは嫌だと、共に魔法や剣術を学ぶ中で仲良くなった。

 シュテルンが15歳のときに、10歳のローゼンが婚約してほしいと告白して付き合って早15年が経過している。


 なぜそんな二人が揉めているかというと、ローゼンが告白をして婚約をした年に、シュテルンの家に10歳違いの弟が誕生した。

 弟が生まれたことで、良くも悪くも二人の人生は狂わされてしまう。


 それが今回の原因にもなっていた。


「理由は一つだ。君は今年で25歳になる。王族として婚約者がいる女性は、25歳までに結婚しないといけない。それに、これは”愛弟あいてい”が生まれてから”毎年”話し合っていることだ」

「当たり前でしょう!? 弟が可愛いからって理由で婚約破棄なんて聞いたことがないわよ!」

愛弟あいていは16歳で魔法騎士団に入隊し、今年で20歳になり……”ついに”、俺の団に所属した。魔法の腕は俺を遥かにしのぐ実力を秘めている。だが、まだ20だ。悪い大人に騙されないか心配だ……」

「”アーテル”も立派な大人でしょう!?」


 二人のやり取りを少し離れた場所から見守る団員たちの中に、シュテルンと同じ髪と瞳を持つ好青年がいた。

 いつの間にか二人の周りを取り囲むように集まる野次馬かんきゃくから離れ、闇に溶け込むように呆れた声がこぼれる。


「団長たち、またやってるのか?」

「はぁ……。勝手に俺を巻き込んで争うのはやめてほしい……」

「ははっ、お前も大変だな……同情するよ」


 毎年の見慣れた光景ではあるが、今年は期限も迫っているからかローゼンの声はいつも以上に真剣だった。

 ただ、自然と集まった野次馬かんきゃくからは、ほっこりエピソードとして緩んだ顔の人たちで溢れている。


「今年もやってるねー」

「本当に仲が良いんだから」

「毎年恒例の一大イベントだからねー。でも今年でそれも終わりかー?」


 二人の夫婦喧嘩じゃれあいは、誰もが知る一大イベントになっていた。

 建国祭主役よりも盛り上がっているかもしれない。



 それを示すように、二人の頭上には無数の透明な鏡が空中に浮いていた。映し出されるのは二人の姿である。


 これは魔導具の一つである反映鏡スペクルムと言って、遠くに映像を送ることが出来る優れものだ。


「えー、毎年恒例となっている一大イベントも今年で最後か!? という、状況になっております」

「我らが団長よ、今年こそは結婚すると言ってくれ!」

「”狂気的なブラコン”だからなー」


 サフィール城の内部にある魔法騎士団員が集まる大広間で実況をしているのは、祭りに参加出来なかった居残り組である。

 このときのためだけに、サフィール王国に住む魔法使いから、魔導具師までが協力して作り出した傑作けっさく反映鏡スペクルムに映る二人を祈るように見つめていた。

 ただ、二人のおかげで反映鏡スペクルムは沢山の用途に使われている――。




「駄目だ。俺がお前と結婚すると、男であるアーテルは家を”追い出される”」

「ちょっと、言い方!? 20歳で未婚なのだから、家を出てもおかしくはないでしょう!?」

「外は危険でいっぱいだ。"悪い大人"しかいない……」


 シュテルンが相手で興奮もしているからか、普段は王女らしい口調のローゼンは残念ながらどこかに消えてしまった。

 声を荒げるローゼンは、副団長をしているときと同じで淑女らしさすら微塵も感じられない。


 シュテルンの妄言は野次馬かんきゃく全員の想像を軽く超え、遥か上をいっていた。


「ちょっと、魔法騎士団に入って4年間よ! 揉まれてきているでしょう!?」

「――それは違うぞ。なんせ、入団した直後。馬の掃除をするにも、道具の使い方すら分からなかったんだ……いまでは、完璧にこなしているけどな」


 愛弟あいていの失敗談を嬉しそうに語り始めるシュテルンに、思わずアーテルは声をあげる。

 それに気がついた野次馬かんきゃくは自然と道を開け、バージンロードのようになった。

 恥ずかしさが最高潮のアーテルは、下を向きながら歩み寄る。


「ゴホン……。兄上、恥ずかしいのでやめてください……」


 野次馬かんきゃくが口を揃えるほどの、ほっこりエピソードも元凶はシュテルンだった。

 アーテルが可愛いあまり、やることなすこと先手先手でやってしまい、本人の意思とは関係なく箱入り愛弟むすこにされてしまっていたのだ。


 思いがけない愛弟あいていの登場に歓喜するシュテルンは、両手を広げて抱き締めようとする。

 それを軽く横に避けるアーテルは、真剣な表情でローゼンを見つめた。


「ローゼン王女殿下。失礼を承知で言わせてもらいます。このような兄のどこに惚れられたのですか?」


 辛辣しんらつな言葉にも動じないシュテルンの代わりに、顔色を変えたのはローゼンである。

 しかし、それは集まった全員が想像した反応とは反対だった。


 顔を両手で隠してブンブンと首を振る姿は、誰がどう見ても照れている――。


 集まった老若男女の野次馬かんきゃく全員が、互いに顔を見合って口を揃えた。


「早く結婚しろよぉぉぉお!!!」


 思いがけない総意に対して慌てふためくローゼンと、動じない男シュテルンは、呆れるアーテルを腕の中に抱えている。


「わっ、わ、私は! 魔法と剣術に真摯に向き合う姿勢と、女で王女の私にも臆することなく接してくれて、弟であるアーテルが生まれたときの、天使のような笑顔に二度惚れた!」


 集まった全員が一斉に”天使の笑顔”という言葉に反応して、アーテルに引き剥がされて肩を落とすシュテルンを白い目で見る。


 漆黒のような艶のある短髪に、宝石のような紫水晶アメシストの瞳。誰もが認める容姿端麗ではあるが、残念ながら、この男の中から天使は失われてしまっていた。



 漆黒の色は異国の髪である。


 二人の父親はサフィール王国出身ではない。

 根深い歴史という、しがらみによって滅んだ国出身だった。


 ただ、歴史を知った上で懐の広いローゼンの祖父に当たる前国王が、避難民を受け入れて移住した。

 すでに両親を失って孤児だった父親は鍛錬たんれんを積み、持ち前の魔法の素質と人柄で、異国民として初めて魔法騎士団の団長に上り詰めた経歴の持ち主である。


「――私を、嫌いになったの?」

「いや、お前のことは異性として”好きだ”。ただ、愛弟あいていの方が可愛くて仕方ないんだ……」


 さらっと「好きだ」と告白するシュテルンに、顔から湯気が出そうなほど熱を帯びるローゼンと、二人に巻き込まれるアーテルは片手で頭を押さえた。


「……兄上。俺のことを大切に思ってくれることは嬉しいです。ですが、”迷惑なので”、早く結婚してください」

「喜んでくれて俺も嬉しいぞ。そうだ、父上にアーテルが結婚するまで家に居られるように話そう。”他”はそれからだ」

「はっ! それなら大丈夫よ。私が、王女の特権で貴方のお父様に話をつけるわ」


 ここぞとばかりに、話に割り込む真剣なローゼンが声を大にして言い切る。

 それに対して、顎に手を当てて少しの間を置いてからシュテルンも真剣な表情をした。


「それは駄目だ。君の言葉で父上が許可しても、面倒な手続きがある。すべてが終わってからだ。だから、”結婚破棄を白紙”にする」


 シュテルンの言葉で、風すら止まったように、しばしの沈黙が訪れる。

 集まった野次馬かんきゃくも、言葉を忘れてしまったように、全員で夜空を見上げて放心していた。


 そして、夢が覚めたかのように互いの顔を見合わせ――。


「婚約破棄の白紙ってなんだよ!!!!?」


 最後まで結婚するとは言わなかったシュテルンに、呆れた声で二度目の総意が木霊すると、建国祭の終わりを告げる花火ひばなが、ローゼンを応援するかのように夜空を明るく彩った。

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