第6話
†
そのギャラリーは名もない通りにあった。とても小さくて、質素で、お世辞にも繁盛しているとは言い難いような所。そんなギャラリーにチェフィーロの描いた絵が一点、扉を開けてすぐ目の前の壁に飾られていた。
薄暗い部屋に天蓋に覆われたベッドがあり、そこに窓から明かりが射し込んでいる。それを渇望するような表情で手を伸ばす少年の絵。
絵の題目は【生まれた日】。
「ねぇ、チェフィ」
「なんでしょう」
「俺が言うのもなんだけど、絵を飾る場所はここでよかったの?」
絵心が皆無のアッスワールでさえ美しいと思う絵だ、大きな美術館に飾ればもっと大きな反響があるに違いない。そのための財力も身分も実力も、彼には全て揃っているはずなのに。
「これでいいのですよ、絵描きとしてのわちきには地位も名誉も何もありませんから」
「……そっか」
こんなにきれいなのにもったいない、と口にしかけたが、それを飲み込んだアッスワールはそう返事することしかできなかった。
しばらくの沈黙が空間を支配する。
「…………ねぇワール、わちきは一体誰なのでしょう」
自分が自分に飲み込まれていく感覚。わちきが《私》をかじって砕いて、一つになろうとする。それを望むわちきとそれ恐れる《私》がいる。
都合のいい話だ。狂った絵描きの自分がいつか本当の《私》になるまで演じようと決めたのに、いざわちきが本物になるという時になって恐くなるなんて。
結局自分は何者にもなれないのか……。
自嘲気味に笑っていると、突然チェフィーロの両頬をアッスワールが両手でパシンと強く触れてきた。驚いて目を見開いているチェフィーロに顔をめいっぱい近づけて、アッスワールは力強く言葉を続けた。
「君が誰かって?そんなの、決まってる。チェフィはチェフィだろ?聞くまでもないよ」
「……」
「君は俺の幼馴染みで、すごく大好きで大切な親友だ。ちょっと普通からかけ離れてる時もあるけど、それも全部含めて君だよ、チェフィーロ」
考えすぎるなよ、これ以上君が壊れていくのは我慢ならないよ。
そう満面の笑顔でそう言ってくれるだけで、どれ程の勇気がわいてくることか。あなたがくれたその言葉のおかげで、《私》はまだ生きていける。例えわちきがどんなに大きくなっても《私》を飲み込むことはできないのかもしれない。
本当にいい男だ……。
「それは、告白と受け取ってよろしいので?」
「ば……っ! 違っ、いや嫌いじゃないけど。えっと、その、とにかくチェフィはチェフィってことだよっ!!」
「フフッ、照れ屋さんなんですから」
「だから違うってば!!!!」
狂った絵描きの話 朱鳥 蒼樹 @Soju_Akamitori
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