アリエスの君へ

安芸咲良

アリエスの君へ

 木々が覆い茂る、深い深い雪山。木々の間を抜けて、少し開けたところ。

 どんな物音も吸い込まれてしまいそうな白銀の中に、一軒の小さな家が建っていた。

 辺りに他の家はない。ひっそりと隠れるように建つ家だ。

 その家から一人の少女が出てきた。

 歳の頃は、十ほどであろうか。少女は朝日に照らされた白銀の世界を見て、大きく息を吸いこんだ。

 少女はしっかりとフードを被ると、雪の中へ駆け出した。


 少女は獣。アリエスの末裔である。

 アリエスとは、羊によく似た生き物だ。普段は獣の姿を取っていて、白羊宮はくようきゅうの頃、ひと月だけ、人の姿になる。

 白銀の髪に金の瞳。その姿は獣のときも、人のときも変わらない。ツノの有無と、姿形が変わるだけだ。

 ただ、彼女はまだ幼い。今も木の枝から落ちてきた雪に驚いて、ツノが出てしまった。

 くるりと巻いた羊のツノが、フードの端から顔を覗かせている。

 少女はぽすっとフードに触れてみる。フードがぬげていないことを確認して、ツノをしっまった。フードのふくらみが、しぼんでいく。

 少女は大きな木の下まで来ると、その根元の雪を掘り始めた。

 すると、木の実や果物が雪の下から現れた。この辺りは冬が厳しいから、夏の間にこうして食べ物を埋めておくのだ。

 そうして食べ物を肩にかけた籠に入れて、少女は家路についた。

 静かな山に、少女の足音だけがする。

 少女のほかに、雪に埋もれた木々の間を動く影はない。少女はこの地に暮らし始めてずいぶん経つが、この季節はいつもこうだった。

 全ての生き物が、息絶えたかのような。世界に、自分ひとりになってしまったかのような。

 そのときだった。白銀の中に、なにか黒いものが見えた気がした。

 少女は、なんだろうと近づいていく。

 それは、人だった。

 耳あてのついた帽子をかぶり、膝まである黒のコートは分厚い。寒さを寄せつけないような格好の青年が、雪の中に倒れていた。

 少女は辺りをきょろきょろと見まわした。ほかに人影などない。この雪が深い季節に、こんなところまで来る人は、滅多にいないだろう。

 少女はじっと青年を見おろした。その胸は、ゆるやかに上下している。まだ息はあるようだ。

 しばらく眉間にしわを寄せていた少女は、小さく息を吐き、少女は獣の姿になる。

 雪に溶けてしまいそうな、真白な羊が姿を現した。

 ツノを使って、優しく自分の背に青年を乗せ上げると、少女は家路を急いだ。


「あ、気が付いた?」

 青年は起き上がって少女を見た。

「ここは……?」

「わたしの家だよ。びっくりしたよ? 雪の中に倒れてるんだもん」

 その人は「あぁ……」と窓の外を見やった。

 あいかわらず、窓の外には白銀の世界が広がっている。この季節、山に降り積もった雪が溶けることはない。夜にさえ、暗闇に浮かぶ星たちに照らされて、眩く光るほどだ。

 青年は家の中に視線を戻した。

 暖炉だんろには、まきが赤くぱちぱちと燃えている。

 少女が、湯気の立つスープをトレイに乗せて持ってきた。ベッド脇のテーブルに、少女がトレイを置く。

 青年は、それを、見るともなしに見ていた。

 家の中に、少女以外の人の気配がしないことに青年は気付いていたが、なにも口にはしなかった。

亜麻色あまいろの空を、見に来たんだ」

「ってなに?」

 ぽつりと呟く青年に、少女は首を傾げた。

 彼いわく、三百年に一度、白羊宮の終わりに、この地方に星が降るという。

 普段は漆黒の空も、この日だけは亜麻色に染まり、降る星は飴細工のように光る。

 幻想的なその風景を、麓の町の人も楽しみに待っているらしい。

「山の上の方が、さえぎるものがなくて星が綺麗に見えるからね。一人で登ってきたら、遭難しちゃった」

 青年は困ったように笑った。少女はその話を聞いて目をキラキラさせた。

「星が降るの!? お空から!?」

「あぁ。僕も記録でしか知らないけど、それはそれは綺麗だそうだよ」

 少女は想像した。

 ビロードの空が亜麻色に染まり、こんぺいとうのような星が降ってくる。

 それは、とても素敵なことのように思えた。

「いつ降るの?」

「白羊宮の終わりだから、三日後だね」

 少女は目を輝かせた。そんな素敵なことがあるなんて。しかも、その日までもうすぐだ。

「一緒に見ようよ! それまでこの家にいればいいし!」

 青年は目を瞬かせた。助けてもらっただけでもありがたいことだ。

 寒さをしのげる場所を貸してもらえるなど、願ってもない話だった。

「いいのかい?」

「うん!」

 少女と青年は、その日まで共に過ごすことにした。


   *


 夜が更け、眠りに就いた青年の顔に月の光が落ちる。

 少女は、その横顔を見おろしていた。

 少女の脳裏に、過去の風景がよみがえる。


 少女は幼い頃、母と二人で暮らしていた。

 この山から、遠く離れた小さな村だ。アリエスの末裔ばかりが暮らす村で、ふたりは小さな家で、幸せに暮らしていた。

 その幸せがくずれたのは、少女が七つのときだった。

 ある日、前触れもなく、村に大勢の人間がやってきた。彼らは村に火を放ち、アリエスの村人たちを狩った。

 目の前で繰り広げられる惨劇さんげきに、少女は涙を流し、どうすることもできなかった。

 あとから行くという母の言葉を信じ、少女はひとりなんとか逃げ出した。

 だが、母と二度と会うことはなかった。


 少女はひたすら走り、雪山に逃げ込んだ。辺りに人の姿はない。

 しかし小さな体にその距離はこたえた。少女は雪の上に倒れ込んでしまった。

 せっかく逃げられたのに、と薄れゆく意識の中で少女は思った。

 自分たちが、何をしたというのか。

 ここで朽ちるのならば、母と共に天国へ行きたかった。

 少女の意識はそこで途切れた。


 パチパチと薪の爆ぜる音がする。

 目を覚ました少女の目に、まず飛び込んできたのは、木目板の天井だった。

「あぁ、気がついたかい?」

 視線を横に向けると、そこには老婆ろうばがいた。

「雪の中に倒れていたから、びっくりしたよ。どこか、痛いところはないかい?」

 優しくたずねてくるが、少女は状況を思い出して青ざめた。

 警戒を強める少女に、老婆は優しく微笑ほほえみかけた。

「おまえさん、アリエスだろう? こわがらなくていいよ。私の夫も、アリエスだったから」

 少女ははっとして、頭に触れた。羊のツノが、出てしまっている。

「アリエスのツノは高く売れるからねぇ。おまえさんもひどい目に遭ったんだろう? 行き場がないなら、ここにいるといい」

 その優しい口調に、母を思い出してしまって、少女は涙を零した。


 老婆はここに一人で暮らしているらしい、と気づいたのは次の日。

 起きられるようになった少女は、食卓についてスープをすすっていた。

 アリエスだったという主は、とうの昔に亡くなったという。老婆はこの小屋に、一人で暮らしていた。

「おまえさんと同じようなものさぁ。いろいろ煩わしくてねぇ。人目を逃れて、この山に移り住んだんだ」

 少女の向かいで同じようにスープをすすりながら、老婆は言う。

 夫が亡くなったのならば、もうここで一人で暮らすこともないのに、と少女は思う。

 その気持ちを感じ取ったのか、老婆はくすくすと笑った。

「おまえさんも、いつか大切なひとができたら、わかるよ」

 老婆は目を伏せて、そう言った。

 大切なひと、と聞いて、まず母の顔が浮かんだ。

 ずっといっしょにいたひと。

 もう二度と会えないひと。

 自分以外のアリエスが、この世にいるかはわからない。もし出会うことができたとしても、母のように、いっしょにいたいと思うだろうか。

 黙り込んだ少女を見て、老婆は目を伏せ微笑んだ。

「出会ってしまったら、もうどうしようもないんだよ」

 その時の老婆の顔は、今でも少女の脳裏に残っている。


 アリエスが人になれるのは、白羊宮の頃だけだ。少女が白羊宮の頃に老婆と出会えたのは、幸運だったといえよう。

 少女は老婆から、生きるための様々なことを教わった。

「わっ……ととっ!」

 少女が、雪の上にころんと転がった。

「おやおや、大丈夫かい? 斧を持っているときは、気をつけなきゃいけないよ」

 働かざるもの食うべからず。老婆は、少女に薪割りを手伝ってもらうことにしたのだが。

 斧を振り上げた少女は、転んでしまった。すぐそばに転がる斧に、少女はぞっとする。驚いてツノが出てしまっていた。

「おまえさん、初めて斧を持ったのかい? 今まで、寒い日や料理はどうしていたんだい?」

 老婆は少女の手を取って、起こしてあげながら尋ねる。

「ごはんは木の実や野草だったし、寒いのはこれがあるから……」

 そう言って少女は、アリエスの姿になった。白銀の毛並みは、見ているだけでも暖かくなりそうだ。

「なるほど。それなら暖炉いらずだねぇ」

 老婆は楽しそうに笑った。

 またある時は、少女にスープの作り方を教えてくれた。天秤宮てんびんきゅうの間に取って干しておいた山菜を煮込みながら、老婆は言う。

「獣の姿のときは、草しか食べない? まぁまぁ、覚えておいて損はないだろう? 食は人生を、少し楽しいものにしてくれるんだよ。誰かと囲む食卓は、特にね」

 なるほど、老婆と向かい合って飲むスープは確かに温かかった。

 少女の心が、次第にほどけていく。


 ほどなくして、老婆は亡くなった。

 生前、この家は好きにしていいと言われていた。ここを出て行くも、寿命を全うするも、おまえさんの好きにしなさい、と。

 夫婦には子どもがいなかったという。少女が現れて、まるでひとの親になったようだと笑っていた。

 少女もまた、老婆を母のように思っていた。本当の母と村を奪った人は許せないけれど、老婆だけは憎むことができなかった。

 老婆の言う『大切なひと』とはまだ、出会うことができていない。それでもいいと思った。

 しずかに雪が降りしきるこの地で、少女はまたひとりになった。


   *


 少女が助けた青年の体はすぐに回復し、少女の家の細々したことを、手伝ってくれた。

「なかなか難しいな」

 青年は斧を雪に突き立てて、丸太を切り株の上に載せた。

 小屋の住人が増えたことで、薪が少し足りなくなっていた。

 青年に薪割りをしてもらおうと思ったのだが、青年には初めての経験だったらしい。なかなかうまくできていなかった。

「一直線に振り下ろすんだよ。迷っちゃだめ」

 少女は青年から斧を受け取ると、スパンっと丸太を叩き割った。青年はぽかんとしている。

「たくましいんだなぁ」

 そう言って、くしゃりと笑った。

 少女は胸の辺りを押さえた。心臓が跳ねた気がする。

「あなたがやるんだよ。わたしはお昼ごはんを用意してくるから」

 少女は動悸どうきの理由は深く考えず、青年に斧を手渡した。

 ぐつぐつ煮立つ鍋の前に立って、少女はスープの味見をしていた。干し野菜をたっぷりと入れた鍋は、とろりとしている。

 その味は、いつもよりおいしく感じた。

 外からはカーン、カーンと薪を割る音が聞こえていた。


 青年と向かい合って座る食卓は、忘れてしまっていたものを、少女に思い出させた。

 母と暮らした穏やかな家。

 老婆と過ごした陽だまりのような家。

 過ぎ去った感情が、少女の心によみがえる。

 あんなにきらいだった『人』のはずなのに。青年といっしょにいると、かたくなだった心がほどけていくようだった。


 青年はいろいろなことを話してくれた。

 たくさんのところを、旅してきたという。

 大きな時計塔のある町。

 飛沫しぶきを上げる大海原を見下ろす教会。

 一面に広がる黄色の花畑。

 少女は生まれ育った村と、この雪山しか知らない。

 青年の話すそのすべてが、素晴らしいものに思えた。

 少女は、旅をする青年の隣に並んで歩む自分の姿を想像し――やめた。

 白羊宮の頃が終われば、少女はまた獣の姿に戻ってしまう。薪割りをすることも、スープを作ることもない、アリエスに。

 それに、人に自分がアリエスだと知られてしまえば、無事ではいられないだろう。この地で暮らすほかないのだ。


 青年を拾ってから、三日後。

 少女は空を見上げていた。

 晴れた空に浮かぶ太陽は、白銀の大地を照らしていて、雪解けが近いことを知らせている。

 この分なら、晴れた天気は夜まで持ちそうだ。

 あんなに『人』を憎んでいたはずなのに、青年のことはいやではなかった。

 青年とならば、いっしょに亜麻色の空を見たい。

 ただ、ひとつ気がかりなことがあった。

 亜麻色の空を見たその後。彼は再び旅立つだろう。いや、立ち去ってもらわねば困るのだ。

 白羊宮の頃が終われば、少女は獣に戻ってしまう。 青年は優しいから、村を襲った人のようにはならないだろう。

 だけど、今までと同じとはいかない。

 少女の表情は、自然と暗いものになっていった。

「どうしたんだい?」

 そんな少女に、青年は声を掛ける。

「なんでもないよ」

 少女は首を振った。

 せっかく待ちわびた日が来たのに、暗い顔を見せるわけにはいかない。少女は、慌てて笑顔をつくったみせた。

 そして夜が訪れた。

 二人は、揃って木々の切れ間を目指す。少女は、相変わらずフードを被っていた。

 ツノが少しずつ出始めていた。これを青年に見られてはいけない。

 息を切らしながら、雪道を登る。やがて視界が開けた。

「うっ……わぁ……!」

 空は既に亜麻色に染まり、満天の星が輝いていた。

 薄紅や黄金に瞬く星は、この季節で一番美しく見えた。

「すごい……! すごいすごいすごい! ねぇ見て!」

 雪の大地を駆け回る少女を、青年は優しい眼差しで見ていた。

「僕にも見えているよ」

 今度は少女にも、心臓が跳ねたことがはっきりとわかった。


『おまえさんも、いつか大切なひとができたら、わかるよ』


 老婆の声が聞こえた気がした。

 二人は揃って地面に寝転がる。

「始まるよ」

 青年がそう言って数秒。それは唐突に始まった。

 亜麻色の空を、星がひとつ滑り落ちた。それを合図にまたひとつ、またひとつと星が零れていく。

 赤や青のこんぺいとうが、空から降ってくるようだった。

 二人は黙ってそれを見つめていた。

「ねぇ」

 ふいに少女が呟いた。青年は少女の方へ首を向ける。

「どうして、一人で旅をしているの?」

 たくさんの旅の話をしてくれた青年だったけれど、旅を始めたきっかけについては、語っていなかった。

 青年は逡巡しゅんじゅんした。やがて口を開く。

「僕はね、そこそこいい家の生まれだったんだ。……正妻の子ではなかったけど」

 それがなんなのか、少女にはわからない。ただ、青年にとって、あまり良くないものなんだとは感じた。

 青年は、亜麻色の空を見上げたまま。少女はその横顔を見つめていた。

「母と二人で縮こまるように暮らしてたんだけどね、その母も去年死んでしまった。僕にはもう、あそこにいる意味なんてなかったんだ。だから、好きに生きようと思って、家を飛び出した。亜麻色の空のことを聞いたのは、偶然だったんだ。別に何でも良かった。あの場所を離れられるのなら」

 そこで言葉を切った青年は、一度目を伏せた。頭上を星たちが流れていく。

 青年の顔には、怒りも悲しみも浮かんでいない。ただ、雪のような静けさがあるだけだ。

 けれど少女は、そこにひとつの感情を見つけていた。

「わたしたち、ひとりだったのね」

 少女の境遇を、青年は知らない。こんな場所にひとりで暮らす少女の事情を、問いただすことはしなかった。

 ―― 一人とひとりが出会って、ふたりになった。

 それは、亜麻色の空を流れる星のように、尊く思えて。

「……ここに来て、良かった」

 それきり二人は口を閉ざした。


 亜麻色の空には、途切れずに星たちが流れている。

「ねぇ」

 ふいに少女が口を開いた。

「まだ、旅を続けるの?」

 その問いかけに、青年は少女の方を向いた。薄く微笑んで、口を開く。

「そのつもりだよ。僕は、いろんな世界を見てみたい。海の終わるところや、大地の切れ目……。すべてを見るなんて、叶わないことかもしれないけれど」

 そう言って、また星空を見上げた。

 次から次へと流れる星々を見ていると、もしかしたらその願いは叶うんじゃないだろうかと、少女には思えてくる。

 自分がこの地を離れられなくても、青年が世界を見て回るのならば、少女はそれでいい気がした。

 二人の頭上を、静かに星が流れていく。

 どれくらいそうしていただろうか。

 日付が変わろうかというとき、少女は身を起こした。

「ねぇ、いっしょに見てくれてありがとう」

 少女の突然の言葉に、青年は少女を見上げた。

「どうしたんだい? 急に」

「ううん。わたし、眠くなってきたから、先に戻ってるね」

 そう言うやいなや、立ち上がって駆け出した。

「ひとりで大丈夫かい?」

「大丈夫!」

 本当は大丈夫ではなかった。もうツノは、半分以上出てしまっている。

 せめて木々の間に隠れるまで――。

 暗闇に紛れた瞬間、少女は獣の姿に戻った。闇の中に、白銀のアリエスがぼんやりと光る。

 もう二度と、青年と会うことはできない。家に戻って、少女がいないことに驚くかもしれない。

 少し、胸が痛んだ。

 せめて最後に一目だけ、と少女は振りかえった。

「おーい!」

 驚いたことに、うしろから青年が追ってきていた。

「やっぱりひとりじゃ危ないよ! 僕もいっしょに帰る!」

 立ちすくんだ獣の少女と目が合った。辺りに沈黙が落ちる。

「……君、なのかい?」

 青年がようやく言葉を発する。さっきまでの姿とは、似ても似つかないだろう。

 それでも、青年はそうたずねた。

 だが、少女はもう、人語を話すことができない。そのままその場を去ろうとする。

「待って!」

 その背に青年が声をかけた。

「君なんだろう!? なにか隠してるようだったけど、こういうことだったんだね」

 少女は振りかえらずに聞いていた。

 正体を知って、青年はどう思っただろうか。『人』は、少女の村を襲った。

 でも、という想いが少女の胸を占める。

「ねぇ、僕は楽しかったよ。君はどうだい?」

 青年の言葉に、少女はゆっくりと振りかえって、首を傾けた。

 うなずいたように見えただろうか。

「また、次の白羊宮の頃に会いに来るよ。そのとき、また僕の旅について聞いておくれ。君の話も、聞かせてほしい。どうかな?」

 少女は、今度はしっかりとうなずいた。それを見て、青年は安堵あんどの表情を浮かべる。

 少女は大地を蹴った。

 また来年、それまでしばしのお別れだ。

「ねぇ! 君のツノ、あの星より綺麗だ!」

 少女の体温が上がる。

 それは、寒い季節の終わりを表しているようで。


 まだ恋を知らない、獣の少女の物語。

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