第8話 アイル、オルリアと共に目的地へと向かう

 あれからすぐに船着場へと戻り、次の目的地への直行便が出ていると知り即座にその船へ乗る事にした。潮風に吹かれながら景色を眺めつつオルリアが自分に話しかける。


「……へぇ。初めて乗ったけどこの船って本当凄いわね。こんな大きな建造物が水に浮かんで動くなんて未だに信じられないわ。改めて思うけど人間の知恵って凄いのね。……で、いい加減勿体ぶらないでいい加減早く次の目的地を教えなさいよアイル。あと、そこのご当地の名物や名産品も詳しくね。特に食べ物」


 そう言いつつも船上から見える景色や時おり餌を求めて船に近付く海鳥の姿にそわそわしながらオルリアが言う。こうして見ると本当に普通の人間にしか見えないなと思いながらも言葉を返す。


「あぁ、確かにそうだな。駆け足で移動させて悪かった。説明したかったが船の時間もあったからな。だが、お前は次の目的地では大人しくしておいた方が良いんじゃないか?なんせ、次に向かう先はかつての俺の仲間の故郷だからな」


 そう言った自分にオルリアがうわぁ、と言った表情を浮かべて言う。


「げぇ。……っていう事は次の目的地はアイルの仲間がいるところに向かうって事よね?大丈夫かしら。私、アイル以外にまともに人間と会話をした事ほとんどないもの。確か勇者のあんたには何人か共に旅をしている仲間がいたのよね?それは聞いた覚えがあるわ」


 当時の記憶を呼び起こすように顎に手を沿えてオルリアが言う。


「あぁ。その通りだよ。あの時一緒に旅をしていた面子の中の一人の故郷だな。厳密に言うならその面子の故郷の少し先にある北の街に今回の目的地があるから、そこに向かう途中にそいつの故郷へ先に立ち寄る形になる感じだな」


 そう自分が言うと、露骨に嫌な顔をしたオルリア。わざわざそこに立ち寄る必要はないじゃないの、と言い出しかねないためここは先手を打つ。


「……ま、そこに立ち寄らず目的だけを果たすって事が出来ない訳じゃないが、そいつの故郷の熊肉を使った鍋料理が絶品でな。あと、蜂蜜をたっぷり使った小麦の蒸し菓子がこれまた美味いんだよ」


 そう話す自分にオルリアがぐっ、と言葉を飲み込み黙り込む。少しの沈黙の後、オルリアが口を開く。


「……まぁ、ただ目的を果たすだけじゃ味気ないわよね。長い旅の途中、多少の寄り道も大事だと思うわ」


 人間の文明、特に食に興味がありそうだとは思っていたが途端にこの手のひら返しである。これからこいつを上手く誘導するにはこの手が有効だと思った。


「だな。……おっ、そろそろ船が港に到着しそうだな。さ、準備しておこうぜ」


 かくして、自分とオルリアは次の目的地のあるアーリマ大陸へと辿り着いた。



「……ねぇアイル、まだ着かないのかしらその村?港からもう大分歩いたと思うんだけど」


 後ろを歩くオルリアがぶつぶつと愚痴る。どうやら港を出て目的地に向かう前に買い与えた露店の黒糖の入った粉菓子を食い終えたらしい。ちなみに二人分買ったのだが自分の口には一口たりとも入っていない。


「焦るな。もうすぐだからよ。……お、ほら見えた、あの村だ」


 そう言って自分が視界の開けた先を指差す。村にしては大きめの規模のため、遠目からでも容易に確認出来た。


「あそこが今回の目的地の中継地点、カザの村だ。さ、先が見えたら安心したろ?もう一息だから雨が降る前に急ごうぜ」


 そう言ってオルリアを促し再び歩みを進めた。


「へぇ……まだそこそこ距離がありそうだけどここから見ても結構大きい村なのね。人も沢山いそう。ねぇアイル。人間の村っていうのは皆こんな感じなの?」


 カザの村を目前にして周りをきょろきょろと見渡しながらオルリアが言う。確かにあの大陸からまともに出ていないオルリアからしたらここまでの道中を含め、初めて触れる文化ばかりなのだ。目に見える光景はどれもこれも新鮮に映るのだろう。そう思うと少し微笑ましい気持ちになりながらオルリアの質問に答える。


「いや。ここは世界中の村の中でも例外的な存在だな。他の村はもっと小さいしこじんまりしているよ。ここが他の村より栄えているのはある事情があるのさ」


「ある事情?何なのよそれ?……っ!」


 自分に声をかけようとしたオルリアが背後を振り返ると同時に魔剣を構える。自分もほぼ同じタイミングで同様に剣を抜き構える。村へと向かおうとする自分たちへ向けられた殺気に気付いたからだ。互いに剣を抜いたところで殺気を放った主の方へ視線を向ける。そこには唸り声を上げる一体の大きな獣の姿があった。厚い毛皮に包まれた巨大な体躯と鋭い爪が視界に映る。


「あれは……熊?それもかなりの大きさね」


 剣を構えながらオルリアがつぶやく。


「だな。野性のグリズリーだ。……だが、サイズ的にかなりデカいな。このレベルのグリズリーがこんな人里近くまで降りてくる事は滅多にないはずなんだがな」


 そうオルリアに言葉を返す間にも威嚇の雄叫びをグリズリーが上げる。おそらく山奥から抜け出て豊富な餌場を求めて人里近くまで降りてきたといったところだろうか。何にせよここで放置して村の方に向かわれたらまずい。ここで仕留めようと思ったその時であった。自分たちに向かって男の大きな声が響く


「そこの二人!危ないから離れておくれっ!」


 そう男の声が聞こえたと同時、グリズリーの背後から人影が見える。その姿を認識したと同時、その影が空中へ高々と跳躍する。更に次の瞬間、男が宙で叫びながらグリズリーへ攻撃を仕掛ける。


「……はああああっ!!」


 男の気配をそこでようやく察し、グリズリーが迎撃しようと上を向くもののもう遅い。その鋭い爪を振りかざすよりも先に男の一撃がグリズリーの眉間を貫いていた。雄叫びをあげる間もなくグリズリーは絶命しその巨体が地面に崩れ落ちる。


「……嘘。あのサイズのグリズリーをたった一撃で?」


 剣を構えたまま呆気に取られた表情でオルリアがつぶやく。途中から全てを察した自分は既に剣を鞘に収めていた。


「あ、もう剣はしまって大丈夫だぞオルリア。これから俺たちに出来る事があるとしたらこいつを村に運ぶのを手伝うくらいだな」


 オルリアにそう言いながらグリズリーの眉間に突き立てた鉄製の爪を引き抜く男に声をかける。


「よ、相変わらず見事な一撃だったな。ジルゼのおっちゃん」


 自分の声に男が振り向く。自分の顔をまじまじと見つめたかと思った次の瞬間、男が周りに響き渡る程の声量で叫んだ。


「……あんれま!誰かと思えば勇者の兄ちゃんでねぇの!久しぶりだのぉ!」


 先程までの殺気を放つ雰囲気とは一転、無精髭を生やした初老の男がこちらを見て満面の笑みを浮かべた。

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勇者でしたが終活します。ー終活勇者のセカンドライフー 柚鼓ユズ @yuscore

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