何者にもなれなかった私たちへ
間川 レイ
第1話
何者かになりたい。何かを成し遂げたい。そんな思いを今までの人生で味わったことのない人なんているのだろうか。夢を見たことのない人なんて、いるのだろうか。
そんな人なんていないのではないか、なんて。私はそう思ってしまう。人間は希望がなくては生きられない生き物だ。夢無くして生きてはいけない生き物だ。今日よりも明日、明日よりも明後日がより良い日である事を祈って生きていくものだ、なんて。そう思ってしまうからこそ、私は夢を追えなくなった時、壊れてしまったんだと思う。
私にはかつて、夢があった。人生を賭けてもなりたいものがあった。人生を賭けてでも、叶えたい夢があった。そしてそれは、私にしか出来ないことのように思えた。私にならできることのように思えた。能力不足は自覚している。それでも私には夢を叶える動機があった。夢を追いかける理由があった。夢にかける思いなら、誰にも負けないと思っていた。夢に対する努力でも、断じて他人に負けるものかと思っていた。
そう、私は努力した。それこそベタな言い草だけど寝る間を惜しんで努力したし、アルバイトで得たお金も全てその夢のために費やした。身嗜みなんてかなぐり捨てて、全てのリソースを夢のために費やした。他人からあんまり根を詰めすぎないようにねとアドバイスされても。そんなに無理して夢を追わなくてもいいんじゃないとアドバイスされても。私はただひたすら努力した。だって私には夢しかなかったから。夢を追うことが私の全てだったから。
だからこそ私は努力した。夢を叶えるハードルの高さを自覚して何度泣きながら吐いたことか。夢を叶えられなかったらどうしよう。夢を叶えられない私に価値などないのでは。夜、布団に入るとそんな思いが溢れてきて。そして見るのは夢を叶えられなかった私の姿ばかり。やめてよっ!そんな私の叫び声で目を覚ましたのも一度や二度ではない。私は眠るのが怖くなった。それでも私は努力した。髪の毛が抜けても。目の下から隈が去らなくなっても。必死に。必死に。
でも破綻とはある日突然訪れるものだ。ある日から、ふつんと糸が切れたように私は夢を追えなくなった。努力しようとしても身体が思うように動かない。本を読もうにも、まるで頭が真っ白になって何が書いてあるのか分からない。内容がわからないのではなく、そもそも日本語として識別できないのだ。
昨日まで当たり前にできていたことが出来なくなることの恐ろしさと言ったら。私は半狂乱になりながらそれでも努力した。泣きながら課題に向き合った。
でも駄目なのだ。そもそも努力することすら妨げられる。参考書を広げたとて、それが日本語としてすら認識できない有様で成績が上がろうはずがない。低迷する成績。それが嫌で私は自分を傷つけた。ある時は刃物で、ある時はロープで、ある時は洗剤で。でもそんな毎日で上手くいく訳がない。部屋がひたすら血生臭くなっていくだけのこと。
見るに見かねた友人達に無理やり連れ込まれた心療内科。私は重度の鬱と診断された。その時の気持ちをうまく言語化するのは難しい。ああ、やっぱりなという、どこかストンと腑に落ちるような、納得感にも似た感覚と。これで夢を追うのはもう無理だなという身の凍りそうな絶望感。そして、もう夢を追わなくてもいいんだというあるかないかの安心感。
そう、私は夢が絶たれた時、愚かにも安堵していたのだ。もうこれ以上頑張らなくていいと。その時の開放感をなんと表現したらいいだろう。肩の力が抜けたというべきか。ホッとしたというべきか。いや、厳密には救われたというべきなのだろう。私は夢を絶たれた時、確かに救われたのだ。
かつての私なら言っただろう。人は夢をみて人間たらしめる。夢を追ってこそ人間なのだと。努力しない者に価値はないと。その観点からすると今の私は人間未満だ。追うべき夢すら持たないがらんどう。楽な方に逃げ続ける愚か者。自堕落に毎日が楽しければそれでいいとする享楽主義者。かつての私が大嫌いなタイプだ。
でも、今の私はそれで良いじゃないかと思うのだ。何者にもなれなかった私たち。なんの夢も叶えられなかった私たち。それでも私は楽しく生きているのだから。
何者にもなれなかった私たちへ 間川 レイ @tsuyomasu0418
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