第4話 始まったばかり

「チェルシー。今日もきてるわよ、あの男」


 窓の外を見つめ、ハロルドが溜息を吐いた。

 あの男、というのはもちろんアルヴィンである。


 しかも、毎回ド派手な馬車に乗ってくるようになったのよね。


 最初はお忍び姿でやってきていたアルヴィンだったが、回を重ねるごとに派手な装いになっていった。

 今では白馬が引く馬車を店前にとめ、やたらと派手な服で店内に入ってくる。


 正直、かなり浮いている。


 本当、どういうつもりなの?


 アルヴィンは入店すると、真っ直ぐにチェルシーのもとへ歩いてきた。そして、いつもと同じ物を注文する。


「バナナケーキとローズティーをくれ」

「かしこまりました」

「……それから、これ」


 小さい声で言うと、アルヴィンは懐から黒い小箱を取り出した。


「もしかして、プレゼントですか?」

「ああ」


 本当に何のつもりなの?


 チップは毎回くれるし、最近は手土産だと花束を持ってくることもある。だが、それ以外の物をもらうのは初めてだ。


 そういえば婚約してた頃も、会うたびにプレゼントをくれてたわね。

 まあもう、全部売っちゃったけど。


「開けてみてくれ」

「……はあ」


 言われるがまま、箱を開けてみる。中に入っていたのは、黄金に輝く指輪だった。しかも、中央には花を模した大きなアメジストがはめ込まれている。

 その周りを縁どっている小さな石は、おそらくダイヤモンドだろう。


 うわ、高そうな指輪……!

 って、指輪!?


「チェルシー」

「はい」

「……もう一回、俺と婚約してくれ」

「……は?」


 何度瞬きをしても、目の前の景色は変わらない。どうやらこれは夢じゃないみたいだ。


 だったら、今の状況って何なの!?


「えーっと……その……」

「返事は?」

「……無理です」


 アルヴィンが大きく目を見開いた。断られるなんて思ってもいなかったのだろう。


 アルヴィン様との婚約が再び成立すれば、両親も喜ぶし、実家も安泰だわ。

 だけど私はもう、笑顔のない日々には戻りたくない。

 こうやってハロルドさんのところで働いている今が、すっごく楽しいんだもの!


「私、今の生活が、すごく楽しいので」

「……初めて、俺の前で笑ったな」

「え?」

「次は、もっといい物を用意する」

「はい? 次?」


 それ以上、アルヴィンは喋らず、バナナケーキとローズティーの料金をおいて定位置となった奥の席へ行ってしまった。


 次ってどういうこと?

 また婚約を持ちかけられるってこと? 自分から婚約破棄したくせに?

 アルヴィン様の気持ち、全く分からないわ。


「チェルシー」


 奥のキッチンにいたハロルドに手招きされる。近寄ると、耳元で囁かれた。


「簡単に頷いちゃだめよ。ああいう奴は、とことん痛い目見ないと分からないんだから」

「はあ……」


 簡単に頷くもなにも私、頷くつもりはないんだけど。


「まあでも、こんなに会いにくるなんて、根性だけは認めてあげてもいいわね」


 ね? とハロルドはウインクした。とりあえず、ウインクを返しておく。意味はよく分からないが。


 ……よく分からないけどまあ、この指輪は、売らずにとっておこうかな。お花モチーフのデザインで可愛いし。


 それに、アルヴィンはどうやらチェルシーがここにいることを他の誰にも話していないようだ。

 今のところ、両親が連れ戻しにくる気配もない。


 これからも、好き勝手に楽しく生きてやるわ!


 チェルシーの自由気ままな生活は、まだ始まったばかりである。

 そして、長きに渡るアルヴィンの婚約要求もまた、始まったばかりなのであった。

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気味が悪いと大貴族に婚約破棄された貧乏令嬢、一人で好き勝手に生きてたら復縁を申し込まれました 八星 こはく @kohaku__08

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