愛しい貴方へ

「全てお見通しだったのか」

「はい」


 マルクは頭を掻きながら目線を逸らす。


「そうだ。俺は、いわゆる闇商人だ。認めよう。でも君を思う気持ちは本当で足だって洗うつもりだ」


「残念ですが……私は誰の言葉も信じられません……」


 目を伏せる。

 喉の奥からなんとか続きの言葉を紡ごうと、唇をもごもごと動かしていると、前方から誰かが駆け寄る音が響く。

 マルクだった。目の前に立ったマルクは、私の両腕を掴んで壁に押さえつける。背中が壁に打ち付けられ痛みが走る。


「信じられないなら信じさせる。何があっても俺は君を……」


 このままだと、まずい。

 マルクの唇が私の首筋に迫る。

 呪文を唱えて抵抗しようとしたが、時すでに遅く、詠唱が終わる前にマルクの唇が、私の口を塞いでしまう。

 絶望のあまり目を閉じた、その時だった――。


「薄汚い子豚がまだ残っていましたか」


 聞き覚えのある男の声。

 脳が状況を理解するより早く、マルクは気を失ったように倒れ込む。

 そして、視線の先に現れたのは――。


「旦那様ッ――!」


 主人であるレイヴィスだった。


「どうしてここへ?」

「貴方が残してくれた術式の気配を辿ってみたんですよ」


 レイヴィスは倒れたマルクの傍でしゃがみ、腕についた宝石を取る。

 この宝石は護身用に貼り付けておいた魔法石だ。結局、不発となってしまったが。


「これは死霊妖精ヴァンシーしか使えない特殊な魔術ですよね。辿るのは簡単でした」


「今日はお出かけのご予定では?」


「あれは貴方と出かけるための口実ですよ。どうも最近避けられているようですから」


「では……なぜ私の跡を……?」


「それは気になったからですよ」


「気になった?」


 レイヴィスが私の膝と背中に手を伸ばし、いわゆるお姫様抱っこをする。


「私の可愛いメイドが、主人の誘いを断って外に出ようとするなんて……何をしようとしているのか気になるではありませんか」


 だから、あえて私を外に……?


「さて、この子豚から告白されたみたいですが、どうなさいますか?」


「もちろん、こんな誘いお断りです」


「そうこなくっちゃ。貴方には求めて……いや、執着して貰わないと、もっと良い住まい、食事、そして愛情を与えてくれる存在に」


「なるほど承知いたしました。では……」


「では?」


「ひとまず降ろして貰えないでしょうか?」



‪✿



 旦那様は私を離してくれない。

 マルクとの事件以降、旦那様は私の外出に厳しくなった。少なくとも一人で外には出してくれない。


 いちおう、死霊妖精ヴァンシーの魔法を使えば、脱出自体は可能だが……旦那様のことだ。どうせ何かしらの対策はされています。


「旦那様、朝食をお持ちいたしました」

「分かった、入って」


 銀のワゴンを押して、書斎に入ると、今日もレイヴィスがニコニコと笑いながら待っていた。


「今日も素敵な日になりそうだね」


 貴方にとって『素敵な日』の間違いでしょう?


 あぁ、私がメイドを辞められる日は来るのだろうか……?




‪✿ 



 私ことレイヴィス・アルヴァンという人間にとって『理想の生活』とは『何も変わらない日常』であった。


 毎日、同じ時間に起きて、同じ時間に食事を取って、同じ時間にロイゼと顔を合わせる。


 だから、あの日も理想の一日が始まると思っていた……思っていたのに。


「旦那様、朝食をお持ちいたしました」

「分かった、入って」


 ドアがノックされ、私が返事をすると銀色のワゴンを押している妖精の少女が現れる。

 いつもと同じ服を着て……私がプレゼントしたリボンをつけて……今日も食事を運びに来るはずだった。それなのに彼女が持ってきたのは『辞職願』と書かれた、つまらない紙。私の『理想』を打ち砕く悪魔のような紙だった。


 私にとってロイゼは特別だ。

 初めは、ただ可哀想な妖精の少女だと思っていたのに……。


 彼女と過ごすうち段々と日常的に彼女のことを考えるようになり、毎日のように彼女へ話しかける口実を考えるようになっていた。傍付きメイドにしたのも、その為だ。



 可愛いロイゼ、どこに行くつもりですか?


 貴方がいなくなってしまうと、私の『理想』はくずれてしまいまうのに。




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氷のメイドは今日も溺愛される〜虐げられていた妖精の少女は伯爵様に拾われる 白鳥ましろ @sugarann

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