告白されました

「ロイゼ、今からバレット卿の屋敷へ向かいますが……」


「同行なら他のメイドにして下さい。私はこの後、街へ買い出しに向かいます」


「まだ病み上がりでしょう?」


「問題ありません」


「おや、先日、掃除中に体調不良を訴えて休んだと聞きましたが」


「……詳しいですね」


「大切な人の情報ですから、当然ですよ」


 呼び止めようと手を伸ばすレイヴィスを無視して、彼の寝室を出る。いつもなら主人の意思を無視するなどということは絶対しないが、今は状況が違う。むしろ、クビにして欲しいぐらいだ。


 そのまま廊下の隅にある狭い階段を登り、使用人の部屋がある階に出る。

 

 ドアノブを捻り、部屋に入った。

 中には質素なドレッサーやベッドがあった。レイヴィスの部屋と比べるとひどく質素だが、かつて文字通り家畜のような暮らしをしていた私にとっては、楽園そのものだった。


 壁にかけられた防寒用マントと、マフラーを取り出す。


 早く、屋敷から出よう。

 

 そして、逃げよう。

 一時的にも旦那様から逃げよう。


 レイヴィスと添い寝をしたあの日から、頭の中は複雑な感情によって、ぐるぐるとかき乱されていた。

 

 彼のことは嫌いではない。

 彼と話すことも嫌いではない。

 彼に触れられることも嫌いではない。


 でも、どうしてだろう。

 あの日から、彼に話しかけられたり触れられたりする度に、胸の奥から悲しみや恐怖に近い感情が湧き上がって涙が湧き出そうになるのだ。


 私は彼の正体を知っている。

 だから、一刻も早く離れなくてはならないのに。未だにその決心がつかないでいる。



‪✿



「ユニコーンの角五本セット、サラマンダーの肉百グラムあたり四十クド。安いよー。安いよー」


 雪が降り積もる石造りの街並み。

 街全体は、こんなに静かで厳かな雰囲気なのにも関わらず市場は活気であふれている。


 このまま商人ギルドにでも入って、行商人に弟子入りしてしまおうかしら?


 それよりも、旦那様はどうして私をあっさり買い出しに行かせたのだろう?


 私が逃げる可能性は考慮しなかったのか。

 いや、考慮する必要がないとでも思われたのかもしれない。巣立った渡り鳥がやがて、元の巢へもどってくるように、


 市場の端、出入口辺りに構える屋台へ向かう。その屋台の前には『ニーラカナイで一番安い。魔法薬素材店』と書かれた看板が立っていた。


「やぁ、ロイゼちゃん」


「こんにちは、店主さん。グリフォンの羽を四枚いただけますか?」


「一枚十五クドだけど……ロイゼちゃんは常連だから、十クドにまけてあげるよ」


「ありがたいですが、支払いはアルヴァン家の資金から出るので私としては、どちらでも良いのですが」


「残りの五クドはヘソクリにすればいいじゃん」


「絶対にダメです」


「真面目だねぇ、それじゃあオマケとしてサワーミルク味のキャンディをつけてあげるよ。ちょとこのキャンディは特殊でね、すぐに食べてくれないと風味が……」


「はいはい、おっしゃりたいことは分かりました。感謝いたします」


 商品が入った紙袋と虹色のキャンディを受け取る。後は肉屋と、ドラゴンのミルクを買えば……。


 ぼんやり市場を眺めながら歩いていると、前方から毛皮のマントを羽織った男性が現れた。茶髪、ブルーの瞳、そして頬にはそばかす。高価そうなマントを羽織っているわりに、着ているシャツはヨレヨレであった。


「やっほー、ロイゼ」

「こんにちは、マルクさん」


 彼はマルク。この辺りに住んでいる鍛冶屋らしい。市場で買い物をしていると時々彼に会うことがある。

 初めは世間話をしながら買い物をするだけの仲であったが、今では休日、一緒に蜂蜜パイを買いに行くほどの仲となった。世間では、このような関係を『友達』と呼ぶらしい。


「マルクさんも買い出しですか?」


「そうだよ、親方からまたパシられてさ、ロイゼはいつもの買い出し?」


「そうですよ」


「ねぇ、ロイゼ。少し二人きりで話したいことがあるんだけど、時間はあるかな?」


 懐中電灯を取り出して時間を確認する。

 今日はいつもより早く出たおかげで、少し時間がある。


「少しぐらいなら構いませんよ。とはいえ、昼前には戻らなければなりませんが」


「分かった、手短に終わらせる。じゃあ、まずは近くの酒屋に行こうか。お代は僕が出すから」


「私は未成年ですよ。酒屋に行ったところで何も飲めませんが」


「分かってるよ。シナモンケーキとリンゴジュースでも奢るから、それで我慢してくれ」



‪✿



 マルクに案内された酒屋は、二回だけの古い建物だった。中に入ると、鼻に粘り着くような甘い香りに襲われる。十中八九、酒の香りではない。


 この香り……どこかで……?


 客層は妖艶な美女から屈強な男まで、予想以上に広かった。


「いらっしゃい、マルク」

「よっ、マスター。シナモンケーキを頼む」

「あいよ」


 マルクは店の主に会釈すると、私を店の二階に導いた。階段に登る過程でマルクの腕に、魔法で作った紫の宝石を付着させる。宝石は、かなり小さいので気づかれる可能性は低いだろう。


「ロイゼ、どうしたんだ?」


「階段が急なものですから」


「そうか……」


 マルクは目線を逸らしながら呟く。心做しか頬も赤い。


「ここなら、二人きりで話せるだろう」


 二階は宿泊スペースになっていた。


「それで……ご要件は?」


「単刀直入に言わせてもらう」


 マルクが頭を下げる。


「ロイゼ、君のことが好きだ。どうか一緒に旅へ出てくれないか?」


 あぁ、そんなことだろうと思った。

 この甘い香り、違法ポーションのものだ。

 そして、シナモンケーキという単語もなにかしらの隠語だろう。だって、酒屋でシナモンケーキを一つだけ頼むのはいくら何でも不自然だ。


「へぇ、その『好き』というのは商品として……という意味でしょうか?」



 マルクが顔を上げる。

「この場所が闇商人の根城であることぐらいお見通しなんですよ……」


 こちらが不敵に笑ってみせると、マルクは一瞬無表情に戻ってから、同じように笑い返した。

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