添い寝はメイドの業務でしょうか?

「旦那様たら、朝から不機嫌なんだけど……

誰か無礼を働いたのかしら?」


「銀食器に汚れが残っていたとか?」


「ちょっと、私のせいにしないでよ!」


 今日はメイドを含めた使用人たちが騒がしい。理由は大体想像できた。


 もし無理やり脱走するなら、みんなが寝静まった夜が狙い目だけど……そうしたら翌日の朝、大騒ぎになって他の使用人に迷惑がかかるわね……。


 やはり、本当にアルヴァン家を離れるならレイヴィスを説得してからにしないと……。

 

 廊下に出ると掃除用のキャップを被ったメイドたちが、モップで廊下を磨いていた。みんな、無駄話をしているせいで作業がとにかく遅い。これでは夕方までに終わらないであろう。


 本来、掃除を含めた肉体労働は傍付きメイドの仕事ではないが、今は手伝うべきだ。

 階段脇に放置されていたモップを持ち、廊下掃除に加わる。

 

「ねぇ、ロイゼ。貴方、旦那様の傍付きメイドでしょ。何か知らないの?」


 モップを持ったメイドが、こちらへ駆け寄っている。


「さて、私は何も存じ上げません」


 うたがっているらしく、私に話しかけてきたメイドは眉をひそめた。そして、その時だった――。


「はいはい、アンタたち。余計なことばかり考えてないで、黙って仕事に専念しなさい」


 メイド長である女性が、無駄話をしている掃除係を睨みつける。すると、先程まで騒がしかった廊下が静寂につつまれた。

 

 メイド長の翡翠色の瞳が、掃除をしているメイドたちから、私の方へ向けられる。同時に、彼女のお団子ヘアーにまとめられた茶髪の先がユラユラと揺れた。


「ロイゼ、手伝ってくれてありがとう」


「いえ、ちょうど手が空いていたので、手伝ったまでです」


「だからといって、ずっと働き詰めじゃ倒れちゃうでしょう。ほら、掃除はいいから休んでなさい」


「……承知いたしました」


 一瞬、頭の中で迷いが生じたが、結局モップはメイド長に渡すことにした。彼女がしっかり監視していれば、掃除は夕方までに終わるだろう。


「もし、何か悩みがあるなら遠慮なく話しなよ。アンタ最近、暗い顔ばっかりしてるからさ。見ていて心配になるんだよ」


「はい、感謝いたします……」



‪✿



 日が暮れ夕食の時間になった。

 今宵、銀のワゴンに乗せ、レイヴィスの元へ持って行かなければならないのは、コンソメスープ、ロブスターのデミドール風、サーモンのパイ包み焼き、マッシュポテト、デザートのプティングだ。


 どれもアルヴァン家専属のシェフによって完璧に盛り付けられている。後は毒味をするだけ。


 まずはコンソメスープから頂こう。

 味見用に用意された銀のスプーンで、味見……いや、毒味をする。


 妖精が銀のスプーンで食事を取ると火傷をするなんて迷信よ。少なくとも、この世界ではね。


 味はいつものごとく美味しい。


 今日はいつもより薄味ね。

 代わりに薬草が入っている。

 隠し味かしら?


 あれこれと思考しているうちに、段々と喉に鋭い痛みを感じ始める。まるで、喉を焼かれるような、そんな痛み。


 毒を盛られた?

 いや、違う。

 原因は薬草だ。


 改めて皿の中を見る。切り刻まれスープの中でプカプカと浮く薬草。もしや、これは人間には無害だが、妖精を含めた魔族には有害なものではないのか?


 真相に気づいた時には、時すでに遅く全身から力が抜け、代わりに痙攣し始めた。


 嫌だ、また死にたくない。

 せっかく、転生したのに。


「レイヴィス……さ……ま」


 微かに、この世界で一番敬愛している人の名前を呼びながら私は意識を手放した。



‪✿



 チュン、チュン。

 鳥の鳴き声がする。

 瞼の向こう側に光を感じて目を開けてみれば、白色のレース付きカーテンが揺れているのが見えた。


 それにしても見覚えがあるカーテンね。心做しかベッドもいつもより寝心地がいい。


「ここは……?」


「目覚めましたか?」


 鉛のように重い体を起き上がらせ、声がした方を見る。そこには、書類の山と向き合うレイヴィスが居た。レイヴィスは持っていた羽根ペンを机に置き、こちらに歩み寄ってきた。そのまま、ベッドの縁に座り込む。


「だっ、旦那様!」


 ようやく見覚えのある部屋の正体に気づく。飾られた美術品の数々、山積みの魔導書……どこからどう見てもレイヴィスの寝室だ。


「メイド長がキッチンで貴方を見つけ、私がすぐに魔法で治療を施した。おかげで薬草の効果は無効化できましたが、貴方が全然目覚めないので心配しましたよ」


「あの……私は一体、どのぐらい眠っていたのですか?」


「三日ほどですね」


「みっ、三日……私としたことが申し訳ありません。今すぐ部屋の清掃を……」


「こらっ」


 レイヴィスが人差し指を立て、私の口元で立てる。叱る声は小さな子供を諭すときのように優しかった。


「そうやって、すぐに自分を責めないで下さい。貴方は被害者なのですよ。今はむしろ甘えるべき立場です」


「私が旦那様に甘えるなんて、めっそうもない……」


 口元から人差し指が離れると、今度はレイヴィスがベッドの中へ入ってきた。


「ちょうど執務が疲れて昼寝がしたくなってきたところです。このまま私と寝てください」


「そんな……私が居れば、ベッドが狭くなり旦那様の睡眠を邪魔してしまい……」


「なにを今更。この三日間ずっと……一緒に眠って……」


「え……?」


 レイヴィスは欠伸をすると、そのまま目を閉じた。彼がなにを言いかけていたのかは、脳が理解することを拒んでいる。


 どうしよう……。

 このまま離れましょうか?


 なんとか、かけ布から脱出しようと試みたが、彼の腕に頭を捕まれ体を引き寄せられてしまった。耳元から聞こえる彼の寝息。


 知らず知らずのうちに心拍数が上がり、息が苦しくなる。


 ひとまずベッドから抜け出そうとしたが、腕を、どかした拍子に起きられても面倒なので、このまま放置することにした。


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