あたしの推しはTS娘

中島しのぶ

アナタがどんな過去を背負っていても、今のキミと一緒にいたい。

 今日からあたしは高校生。

 と言っても中高一貫の女子校なので、自動的に高校に上がるんだ。

 そして、階段を少し登った丘の上の校舎に変わるだけ。

 成績が悪かったり出席日数が足らなくて退学や留年した子、進学校に行った数人を除いたほぼ全員といっしょに。

 そしてあたしは今まで通りの、なんの変哲もない女子校生のまま――いや、ちがう……たぶん。


 *


 あたし、清村百環(きよむら とわ)。今度の五月連休中に十六歳になる。家族は父と母だけ。

 容姿は自分で言うのもなんだけど、美少女の部類だと思う。茶髪ショートヘアに大きめな目で高身長。スタイルもいい……と思う。

 いつも周りに――取り巻きって言うの?――「トワさん、トワさん」ってくっついてくる子たちがる。


 高校に上がってクラスが変わっても、中学とおんなじ感じなんだろうなーと思いながら、入学式に出席するため散り際の桜吹雪の中を、いつもの子たちと校門をくぐった。

 高校から入学してくる子も一割くらいいる。その中に可愛くって、あたしと気が合う子、いるといいな〜と入学式で着席している生徒たちを見回すと――え〜すごい! 金髪の子がいる! おんなじクラスになったらいいなと思いながら入学式を終え、クラスに移動する。


 出席番号順に決められた席について入ってくる子たちを眺めてると、さっきの子――結構ちっちゃい――があたしの前の席に座る! 声かけちゃお。

「あたし、清村百環。トワって、よんでいいよ。あなたは?」

 前の子の背中をつついて、いつものように明るく声をかける。

「き、北澤忍(きたざわ しのぶ)……。しのぶ、でいいよ」少しぶっきらぼうな答え。

 よく顔を見ると、かなりの美少女で目が赤い! 充血してるんじゃなくて瞳が赤いんだ。

 ちょっとモジモジして黙ってたから思わず聞いちゃった。

「ね、しのぶの目と髪ってキレイ! もしかして外国人?」

「ち、ちがう。これでも百パーセント日本人」

「ふ〜ん、そうなんだ。これからよろしくね〜」

「う、うん……」


 忍はあたしの周りの子たちと違う。

 美少女なのを鼻にかけないし、ちょっとぶっきらぼうだけどあたしとも普通に話してくれる。

 この子ならあたしを特別扱いしないで、友だちとしてつきあってくれそう。

 そう思って席が前と後ろというのを利用して、何かにつけ声をかけたりお昼を一緒に食べたり、綺麗な髪を三つ編みにして遊んでいるうちに忍と仲良くなっていった。

 けれど、忍は本心を見せない――


 そしてその原因がわかったのは、入学してから一週間ほど経ってからのこと――

「ね〜しのぶ! 放課後どっか部活の見学に行かない?」

「ん〜部活〜? わたし中学の時は……ううん、帰宅部」

 中学でのことは避けているみたい。

「そっか〜、じゃあたしも帰宅部!」

「何それ?」

「帰宅部の初活動として、ワックに行かない? あたしお腹すいちゃったよ」

「な〜んだ。ただの腹減り? まいっか、そうしよ」


「――ワックに来るのなんて、久々〜」と忍。

「え、そうなの?」

「うん」

 なんだかんだ話しているうちに、つい忍が避けている中学のことを聞いちゃった。

「しのぶは中学、どこ?」

「あ〜、うんとね……隣の市の第五中なんだ……」

「へ〜引っ越してきたんだ。だからあんまり中学のこと、話さないんだね」

「うん。でも、トワにだけは理由、話してもいっかな〜とか思う……」

「ん〜なんか無理にじゃなくって、話したくなってからでいいんじゃない?」

「そ、そう? ありがと」

 しばらく他愛のない話をしていると、忍の後ろから声がする。

「あ!『おとこおんな』の北澤じゃん! 引きこもっちゃっていつの間にかいなくなったと思ったら、こんなとこでお嬢様学校の制服着て何やってるの〜? コスプレ〜? 何それ受ける〜」

 見たことがない子が立っていて、忍のことをなんか言っている。


「バカゆみ! お店に迷惑だ。出るぞ」と彼氏らしい男がその子を引きずって店を出て行く。

「い、今の何だったの? 『おとこおんな』って? それに引きこもり……」

 混乱したあたしは思わず声に出ちゃう。

「ごめん、トワ。わたし……実は元男……TS娘で、中三の五月連休に女子固定化して……不登校になっちゃって、それから……」忍はしゃくりあげながら話はじめる。

「しのぶ、無理に話さないでいいよ」

「うん、でもこれ、トワにだけは知っておいて欲しいから……」


 忍は中学時代は隠キャで化学部。

 TS娘になってから、イジメとセクハラを受けて不登校になったこと。

 それでも自分を受け入れてくれるこの学校目指して勉強。

 合格してから、こっちに引っ越してきたことを話してくれる。

 口を挟まず聞いてるうちに、あたしまで涙が出てくる。忍が過去のことを話してくれたから。

 思わず「しのぶが元男で、TS娘だってそんなの関係ないよ。過去のしのぶのこと、あたしは知らないし、今のしのぶのことしか知らない。しのぶのこと、誰にも否定させない!」って告白めいたことを口走っちゃった。

「と、トワぁ〜!」

 その日、あたしに生まれて初めて親友ができた――


 一学期の中間テスト結果が一年生の教室が並んでいる廊下に、学年五十位までの生徒の名前が貼り出されている。各教科の点数、クラス順位と一緒に。

 忍は学年五位、クラス順位は二位。

「ダテに引きこもって受験勉強してたわけじゃないよ、勉強は好き」だってさ。

 あたしは……真ん中辺。恥ずかしいから教えられない。

「ねぇ〜しのぶぅ〜、なんでそんなに勉強できるのさ。美少女のくせに〜」

「はあ? 美少女は関係ないでしょ? トワが勉強しなさすぎ」

「え〜、しのぶだってあたしと一緒に部活してんのに〜?」あたしは帰宅部のことを、部活と言っている。

 それに最近は部員も増えて、十数人で放課後はワックに行ったりカラオケで歌いまくりのしゃべりまくり! ショッピングモールでプリ撮ってカフェでおしゃべり――と活発に活動している。

 忍もなんだかんだ部活につきあってるのに、おかしい。


「それにあたし、中学からそのまんま高校に上がったから、しのぶみたいに受験勉強ってしたことないから勉強方法イマイチわかってないんだよね。このまま系列の大学に行ければいいや〜なんて思ってるしさ」

「じゃあさ〜しばらく……そうね、期末テストの二週間前は普通のクラブみたいに休みにして、二人で勉強会する? もちろんわたしがセンセってことで」

「あ〜そう来るか〜……そうだよね〜」

「いい?」

「うん、そうしよ」


 期末テストの二週間前。

 あたしは部活を休むからテスト勉強するようにと、みんなに伝えた。部長だしね。

 部員たちは、トワさんが言うならそうしよっか〜と特に文句も出なかった。

 だけど、やっぱり勉強はイヤだよ〜

「あ〜勉強かぁ〜やりたくないな〜」

「休み宣言したからには勉強しなきゃでしょ? みんなに示しがつかないじゃん」

「それはそうなんだけどさ〜」

「じゃ〜さ。もし、トワの順位が……そうね〜五十位以内に入ったら……」

「入ったら?」

「どうしよっかな〜」

「えぇ〜?」

「あははは〜」

 忍にはぐらかされる。


 それから二週間、あたしの不得意な教科――って、ほぼ五教科全部なんだけど――の中間テスト後から直前までの範囲のおさらいをしてくれることになった。

 学校の図書館だとあまり声出せないし、ワックやカフェじゃ毎日だとお金かかるね〜ということで明日からは学校から徒歩十分、駅まで五分の忍のお宅で勉強することになった。

「じゃね〜」

 忍と駅で別れて自宅に帰る。わ〜うれしい! 友だちのお宅におじゃまするなんて初めてだ!

「お母様、明日友だちのお宅でテスト勉強をします」

「あら、百環。勉強だなんて珍しいわね。それにお友だちだなんて」

「はい、親友です」

「親友? 周りにいつもいる子たちはちがったのかしら?」

「はい。ちょっとぶっきらぼうで本心を見せないような子だったんですけど、わたしを特別扱いしない子です」

「そう? よそ様のお宅におじゃまするなら、手土産を持っていきなさい」

「はい。お母様」


「母さんただいま〜 友だち連れてきた」

「おじゃまします。わたくし清村百環と申します。つまらないものですが、母からです」と、玄関先で手土産を忍のお母様にお渡しする。

「あらあら〜気を遣わなくても。ありがとね。今、紅茶淹れるから忍の部屋で勉強始めてて」

「ありがとうございます」

「忍はコーヒーでいいでしょ?」

「うん」


「ね、しのぶはお母さんのこと、『母さん』って呼んでるんだね」

「ん〜男の時からずーっとだからね〜 急には変えられないんだよ〜」

「でも、外じゃちゃんと女の子してて偉いわよね〜 ちょ〜っとぶっきらぼうだけどさ〜、あははは」

「う、うるさいな〜 トワだって柄にもなく『わたくし』とか、『申します』なんて言ってたくせに〜」

「そりゃそうよ。よそ様のお宅におじゃまするんだし〜」

「そだね〜、わたしも見習わなくっちゃ。勉強しなさすぎなとこ以外ね〜」

「しのぶは一言多いんだってば〜!」

「ごめんって……」

 忍のお母様がお茶を淹れて持ってきてくれるまでいろんなことを話し込み、勉強を始めた――


 二週間が経ち、三日間のテスト期間。

 テストが終わるとあたしは翌日の勉強のため、忍のウチに。

 そしてテスト最終日、あたしは打ち上げだ〜! カラオケ行く〜? それともプリ撮りに行く〜? 部員たちに声をかける。

 遊びまくるぞ〜 もちろん、忍も一緒にね。


 それから一週間遊び倒した翌日、テスト結果が貼り出される。

 忍は中間テストからちょっと上がって学年三位。

 忍と一緒に勉強したから、もしかしてーと貼り出されている順位表を見ると、下から数えた方が早いところにあたしの名前があった――四十五位!

「うわ、あたしの名前がある! やった〜! なんかやる気出た! しのぶ〜ありがと〜!」忍に抱きつく。

 身長差であたしの胸に顔をうずめる格好なって苦しそうだけど、嬉しい!

「やったね! トワ! あ、ごほうび何も考えてないや、ごめん……」

「あ〜ごほうびか〜……そういえばそんなこと言ってたね。それより一緒にテスト勉強し始めた時にさ、しのぶは後天性女子固定化症候群の研究をしたいって言ってたじゃん? あたしそれ聞いてなんか感動しちゃってさ。あ〜しのぶってすごい! 一生推せるかも〜って」

「はぁ〜? 推しぃ〜?」

「だからあたしを……しのぶと同じ大学に連れてって。それがあたしへのごほうび!」

「うわなにそれ! もっのすごく、大変そう……わたし一人なら大丈夫だけど、とわも連れてくとなるとなぁ……。今からなら、間に合うと思いたいけど……」

「やっぱりしのぶは一言多い!」

「だからごめんって……」


 *


「思い返すとすとあの時、声をかけてくれなかったら、わたしそのまんま中学の時みたいにボッチだったな〜」

「何言ってるの。しのぶがテスト勉強見てくれなきゃ、今あたしはここにはいないわよ」

「あはは、そうかも。でも本当、トワには感謝してる」

「あたしの方こそ、しのぶには感謝してもしきれないよ。ちっちゃくってかわいい、あたしの推し友だし」

「え~照れちゃうなぁ〜」


 あれから数年――ここは帝大医学部の病理学研究室。

 二人で後天性女子固定化症候群の研究をしている。

 女子化メカニズムの解明と予防方法。そして女子化した身体を元に戻すこと。

 でも忍は女子固定化のままがいいらしい。女子化したおかげで親友――あたしに出会えたんだからって。


 そう、あたしの推しはTS娘なんだ〜


Fin.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あたしの推しはTS娘 中島しのぶ @Shinobu_Nakajima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画