第16話 後日談


チャーチル家の支配を打破したムハマドは、立ち尽くして息を整えていた。その顔には疲れが見えたが、目は力強く輝いていた。

ラクシュミが駆け寄り、涙を浮かべて彼を抱きしめる。

「ムハマド、あなたがいなければ、私は…。」

ムハマドは彼女の肩を優しく抱き、微笑みを浮かべる。

「これで、全てが終わったんだ。お前は自由だ。」

グラニートも一歩前に進み、満足そうに頷く。

「そうだな、そして新たな時代が始まる。」

その言葉に、ムハマドは静かに頷いた。


こうして、ムハマドは踊りの力でチャーチル家を打ち倒し、ラクシュミとともに新たな未来を切り開いたのだった。


次の日、ムハマドが学校に足を踏み入れると、まるで静かな波紋が広がるように周囲の学生たちの視線が一斉に彼に集まった。誰もがその噂を耳にしていた。昨日の夜、チャーチル家で起きた出来事が学校中に広まり、ムハマドがどれだけ強く、そして勇敢だったかが語られていた。

教室に入ると、数人の生徒たちがムハマドをじっと見つめ、さっと視線を逸らす。彼の勇気と戦いぶりについて話し合っている声が耳に入ってくる。

「あのムハマド、ついにやったんだって!」

「チャーチル家の連中を倒したって…本当にすごいな。」

「しかもあの踊りで。なんであんなに強いんだ?」

ムハマドはただ静かに、自分の席に向かうだけだった。周囲のざわめきが気にならないわけではなかったが、それでも今は自分の心に集中していた。ラクシュミとの関係が深まったこと、そしてこれから彼女と歩む未来が、何より大切だった。

ムハマドが席に着くと、後ろから声がかけられた。

「ムハマド、かっこよかったよ。」

振り返ると、ラクシュミが少し照れたように微笑んでいた。彼女はわざとらしくない自然な笑顔で言った。

「ありがとう、ムハマド。あなたが私を救ってくれて、本当に…」

彼女の言葉にムハマドは少しだけ顔を赤らめながらも、静かに答える。

「俺がやらなきゃ他に誰がやるんだ。君を守るために、俺は戦うよ。」

ラクシュミはその言葉を聞いて、思わずうっとりとした表情を浮かべた。周囲の生徒たちもその二人のやり取りを聞き、ますますムハマドに対する評価が高まった。

そして、教室の一角では、別のグループの生徒たちがひそひそと話している。

「ムハマド、あれでダンスが強いって…信じられるか?」

「でも、見た目じゃわからないよな。踊りがこんなに強いなんて。」

ムハマドは心の中で少しだけ笑った。誰もがその戦いを「踊り」として認識しているが、彼にとってそれは単なる戦いの手段であり、神々から授かった力を使うことだった。彼は自分の力を誇るつもりはない。ただ、ラクシュミを守るために全力を尽くすつもりだった。

その日の昼休み、ムハマドが外に出ると、さらに多くの学生たちが彼に声をかけてきた。

「ムハマド、ちょっと話してもいいか?」

「君、本当にすごいな。」

それは褒め言葉だけでなく、敬意の表れでもあった。ムハマドはそのすべてに応えることなく、ただ静かに微笑んで返すだけだった。

しかし、何も言わずともその背中は、確かに多くの学生たちに影響を与え、彼の存在はこの学校で確固たるものとなっていた。

学校での日常は、ムハマドにとって幸せそのものであった。ラクシュミとの関係も順調に進展し、彼女との時間はどれも大切で、日々が充実していた。お互いに言葉を交わすたびに、無言でも心が通じ合っているように感じていた。

そんなある日、ラクシュミが放課後にムハマドを呼び止めた。

「ムハマド、少しだけお願いがあるんだけど…」

ムハマドは少し驚きながらも彼女を見つめる。

「何かあったのか?」

ラクシュミはほんの少し恥ずかしそうに、けれど決意を込めて言った。

「私の家に来てほしいの。今日はちょっとしたお茶会を開こうと思って。」

「もちろん、行くよ。」 ムハマドは少しドキドキしながら答え、二人は並んでラクシュミの家へ向かうことになった。

しばらくして、ラクシュミの家に到着した。

「どうぞ、お入りください。」 ラクシュミは微笑みながらムハマドを家の中へ招き入れた。

ムハマドは、少し緊張しながらも、彼女に導かれて家の中に入った。高級感あふれる家具や装飾に圧倒される一方、ラクシュミの家族の存在を感じながらも、彼女との特別な時間に心を躍らせていた。

そのとき、給仕をしていたのはメイドのスンダリだった。ラクシュミが部屋に戻ると、スンダリはすでにお茶を準備していた。

「お待ちしておりました。」 スンダリは静かにお茶を運び、二人の前に差し出した。

ムハマドは礼儀正しく一礼し、スンダリに感謝の言葉を述べる。

「ありがとうございます。」

スンダリはただ静かに微笑み、礼儀正しく頭を下げる。その後、彼女は部屋を出て行き、二人だけの空間が広がった。

ラクシュミはお茶を取りながら、少し照れたように言った。

「お茶を飲みながら、いろいろ話せたら嬉しいな。」

ムハマドは頷き、しばし静かな時間を過ごした。ラクシュミが家庭の話をしてくれるその声が、ムハマドにはとても心地よく、彼女のすべてを知りたいと思うようになった。日々の些細な出来事が、どれだけ大切で、かけがえのないものなのかを感じさせてくれた。

その夜、ムハマドは帰り道で心に誓った。ラクシュミと共に、これからもずっと支え合い、歩んでいきたい。その思いが、どんどん強くなるのを感じていた。


次の日の夜、ラクシュミの家で過ごしたムハマドは、そろそろ帰る時間になったことに気づいた。帰ろうとしたその時、スンダリが静かにやって来た。

「ムハマド様、遅くなりましたね。実は、今夜お泊まりいただけるお部屋がないんです。」

ムハマドは驚き、何かの間違いだと思ったが、スンダリは冷静に続けた。

「お客様用のお部屋はすでに埋まっておりまして、ただ今お使いになれる部屋が…。」

ラクシュミも何も言わずに黙っていたが、ムハマドは気まずさを感じつつも状況を理解した。実は、このまま帰るのもどうかと思っていたのだ。

「それなら、僕は帰ろうと思うんだけど…。」 ムハマドは少し戸惑いながら言ったが、ラクシュミは笑顔で言った。

「今夜だけでも、ここで休んでいってください。あなたが帰るまで、私は一人で待つわけにもいかないから。」

その言葉に、ムハマドは心が温かくなった。彼女の気配りに感謝しながら、どうしても一人で帰る気持ちにはなれなかった。しばらく考えた後、彼は頷いた。

「それなら、ありがたくお借りします。」

スンダリは部屋の準備をして、二人を案内した。ムハマドとラクシュミは、静かに部屋に向かった。心の中で少し戸惑いながらも、二人の間には何か自然な安心感が漂っていた。

部屋に入ると、二つのベッドが並んでいた。ラクシュミは照れくさそうに微笑んで、言った。

「今日は一緒に寝るわけじゃないから、緊張しないで。少し休んで、明日またお話ししよう。」

ムハマドは頷き、少しほっとした表情でベッドに横になった。お互いの存在が近くに感じられ、緊張することもなく、ただ静かな時間が流れていった。

夜が更けるにつれ、ムハマドは静かに横たわりながら、眠りにつくことができずにいた。隣のベッドからは、ラクシュミのささやかな寝息が聞こえる。彼女がすぐそばにいることに、ムハマドは何とも言えない安心感を覚えていたが、それと同時に心の中で彼女への思いがますます大きくなっているのを感じていた。

ふと、ラクシュミが小さな声で話しかけてきた。

「ムハマド、まだ起きてるの?」

驚きながらも、ムハマドは返事をした。

「ああ、少し考え事をしてた。君は?」

ラクシュミはベッドの上で身を起こし、小さなランプの明かりが彼女の顔をやわらかく照らしていた。

「私も…ちょっと眠れなくて。」

その言葉に、ムハマドは胸の高鳴りを感じながらも、彼女に向き直った。ラクシュミは目を伏せながら、何かを言いたそうにしている。

「ムハマド、あなたには本当に感謝してるわ。この間も、私を助けてくれて…。だけど、それだけじゃなくて、あなたがいるだけで、私の世界が変わるの。」

彼女の言葉にムハマドは心が揺れた。しばらくの沈黙の後、彼も小さな声で答えた。

「僕だってそうだよ、ラクシュミ。君がいてくれるだけで、どんな困難も乗り越えられる気がする。」

二人の間に流れる静けさは、言葉よりも多くのことを語っていた。ラクシュミはゆっくりとムハマドの隣に座り、互いの顔を見つめ合った。

「ムハマド…」

彼女がそっと名前を呼ぶと、ムハマドは軽く笑いながら言った。

「こんな時間に話すなんて、少し不思議だね。でも、君とこうしていられるだけで、僕は幸せだよ。」

ラクシュミは静かに微笑みながら、少しだけ彼に寄り添った。そして、そのまま安心したように目を閉じた。

ムハマドもそっと彼女を見守りながら、隣で眠りにつく彼女の姿を眺めた。夜は静かに更けていき、二人の間には言葉では表せない深い絆が刻まれていった。

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カースト最下位に生まれた俺がバラモンの通う学校に転入して成り上がる @mimiorange

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