化け物になった女の子と、それを拾った男の話
水面あお
第1話
人がたった一人しか住んでいない街があるという。
そんな眉唾物の話を、シャドは酒場で耳にした。
赤茶色の頭髪にくたびれたシャツ。ベルトで締められたズボン。腰に佩くのは一振りの剣。
魔術至上主義が蔓延るこの世で、魔術の使えぬ者は蔑まれる。シャドもその一人だ。
価値のない者の生き方は、日銭を稼いで安酒に浸り、夢心地になることくらいしかない。
アルコールと煙草の臭いが充満するここは酷く空気が悪い。シャドは喉元がひりひりと痛み出す錯覚をした。
噂話はまだ続く。
シャドは耳を立てる。
そいつは化け物と呼ばれるほど強大な力を持っているらしい。
年齢は十代前半で、透き通るような真っ白な髪だそう。
その少女が力を持つに至った経緯は、魔術兵器によるものだそうだ。
魔術兵器とは、この世における最凶最悪の兵器のことだ。
あらゆる高度な技術を結集させ生み出された、いわば奈落の産物。
一つで国を落とせるほどの威力を持つと言われている。
各国がそれを持ち寄り、互いに不干渉を決め込んでいたが、数年前の戦争で使用されてしまった。
その結果、ある国が地図上から消えた。
数え切れないほどの命とともに。
魔術兵器が使われた影響は、今もなお色濃く残っている。
草すら生えない枯れ果てた土地。
頭上を覆う、土色の空。
ある時、そんな土地へ偵察に向かうと、一人の生きた少女がいたという。
調査隊員は驚愕した。
あれほどの災厄を生き延びた人間がいたのだと。
だが、少女は人間と呼ぶにはかけ離れた存在であった。
化け物。
そう呼ぶのが相応しい。
生命を愚弄するほどの膨大な魔力量。
近づくほどに畏怖を覚える存在感。
水も食料もないこの土地で生きるほどの驚異的な生命力。
恐るべき存在に、調査隊は撤収を余儀なくされた。
やがて、この情報は闇に葬り去られることとなった。
だが、どこからともなく情報は流出したのだろう。
噂という形で広がり、この辺鄙な酒場にすら届いてくる始末。
皆、この話を酒のネタ程度にしか思っていない。
誰も行こうとは思わないのだ。
死ぬ可能性しかない場所になど。
命は惜しいということだ。
シャドはビールを飲み終え、一人席を立つ。
勘定をテーブルの上に置いて、酒場を出た。
夜風が服の裾から入り込む。
酒で火照った身体には丁度いいくらいの冷たさ。
一つ息を吐けば、頭が冴えてくる。
次の目的地が決まった。
シャドはその少女に会いに行くことにした。
自分と近しい存在だと直感して。
* * *
魔術兵器が用いられた国は、規制されていると言っても非常に緩いものであったため、難なく突破できた。
荒れ果てた大地が広がるのみの荒野をひたすらに進む。
随分な距離を歩いた。
そして、ようやく都市が崩れ去ったような街に辿り着いた。
崩壊した建物。ガラスの破片。人の骸。
目に映るのは、どれも荒れた光景であった。
散策していると、白く
後を追うと、そこには少女がいた。
透明感のある白い長髪。
風を纏って揺れるワンピース。
地を踏みしめる素足。
双眸がこちらへ向けられる。
酷く怯えた紅い目をしていた。
調査隊員を脅かしたのを根に持っているのか、それとも人間が怖いのか。
シャドが近付こうとしても、離れるばかりだ。
観念したようにシャドは言う。
「大丈夫だ。俺は死なない」
少女は驚いたように目を見開いた。
そして、ゆっくりと足をこちらへ向ける。
「おじさん、わたしとおんなじなんだ」
その声は、外見よりだいぶ幼く聞こえた。
「おじさんではない」
見た目の若さが唯一の取り柄なので、否定したくなった。
「おにいさん」
「……それでいい」
兄と慕われるのもむず痒いが、先程よりは幾分良いだろう。
「おにいさんも、ひとり?」
「ああ。ずっと……ずっと、一人だ」
少女と似たように、ある被害を受けたことで、この身は滅ぶことがなくなった。
永い時を生きてきた。
気の遠くなるほどの時を。
愛した人も、気のおける友人も、誰も彼も亡くなった。
自分は永遠の孤独に苦しめられてきた。
「一緒に来ないか」
「でも、わたしがいるとみんなこわがるよ?」
「人のいない地ならここ以外にもある」
ここは何もないのだ。
楽しみも。喜びも。
無なのだ。
ただただ、何もない日々が続くだけの。
「おにいさん、ものしりなの?」
「君よりずっとな。……この世界には様々なものがある。君はそれを知らずに生きてきたのだろう。そんな人生でいいのなら、このままここにいればいい。だが、知りたいというのなら……」
シャドは一つ息を吸って続ける。
「この手を取ってはくれないか?」
少女はシャドとその手を交互に見やる。
やがて、おそるおそるその手を取った。
「名は何て言うんだ」
「なまえ……? ない」
シャドはしばし考え、少女に告げる。
「なら、リアと名乗るがいい」
「リア……リア!」
嬉しそうに名前を繰り返す少女、リア。
この旅路がどこへ向かうのかはわからない。
遠く遠く、終わりのない旅。
それでも、孤独から解放された二人は、一人だった時よりも晴々とした表情を浮かべていた。
化け物になった女の子と、それを拾った男の話 水面あお @axtuoi
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